特許事務所の現場から ~中間処理から英文明細書を考える~

2013年度第1回JTF翻訳セミナー報告
特許事務所の現場から
~中間処理から英文明細書を考える~

宮城 三次氏
一色国際特許業務法人 弁理士


 



2013年度第1回JTF翻訳セミナー報告
2013年5月16日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●「特許事務所の現場から ~中間処理から英文明細書を考える~」
講師●宮城 三次氏 一色国際特許業務法人 弁理士
報告者●津田 美貴 個人翻訳者

 



 
今回のセミナー講師は弁理士の宮城三次氏。外国特許出願の経験が長いため、特許翻訳とは関わりが深い。特許と一言でいっても、どの国に提出するのかによってその内容は異なる。そのため、今回は特に米国(USPTO)と欧州(EPO)向けの特許翻訳についてお話し下さった。

特許翻訳とは

特許翻訳は少し特殊な翻訳である。というのも、特許は法律文書であると同時に技術文書でもあるからだ。翻訳は書かれている言語を他言語に置き換える作業のため、翻訳文が原文以上に良くなることはない。つまり、元の日本語で書かれた特許(明細書)の書き方が悪ければ、英訳された文章が元の文章以上に良くなることはない。したがって、日本語の時点で英訳しやすい特許文章にしておく工夫が必要でもあるといったことをお話していきたい。

外国特許出願の流れ

まず、米国または欧州で特許を取得する場合の流れを説明したい。一般的には国内で特許を申請する書類を英訳し、現地代理人を通してUSPTOまたはEPOに出願する。書類が受理された後、特許要件をクリアしているかがまず判定される。通常書類が1回でパスすることはまずない。拒絶理由通知が出されても、明細書の修正や、特許要件の不備に対する意見を述べる機会が与えられる。拒絶理由を解消するためには、補正書・意見書を提出し、それに基づいて最終的にOK、NGが判定される。OKすなわち許可通知の後、発行料を納付するという流れである。(特許発行料とは別に、審査料が必要)

米国では書類を提出した順番に審査されるが、欧州では審査開始を要求しないと審査されないので注意して欲しい。

外国特許出願の特許要件

特許を受けるためには、特許出願が特許の要件を満たしていることが必要である。特許の要件を満たしていなければ、特許出願が特許庁審査官によって拒絶される。特許の要件とは、発明の新規性、進歩性等である。

発明の新規性とは、出願された発明がこれまでにない新しいものであることをいう。新しいかどうかは、特許出願の時を基準にしてそれ以前にその発明と同じ発明が知られていたかどうかによって判断する。したがって、例えば、すでに出願され特許されていたり、刊行物に記載されていたり、公衆に利用可能となっていたりした場合、新規性は認められず特許を受けることはできない。

 発明の進歩性とは、発明が容易に考え出せないものであることをいう。容易に考え出せないものかどうかは、特許出願の時を基準にしてそれ以前に国内または外国で知られた発明などからその発明を考えつくことが、その発明の技術分野に関わる者(一般に「当業者」という)にとって容易であったかどうかで判断する。

 特許の要件の別の例としては、同じ発明について別々の日に二つ以上の特許出願があったときは、一番先の出願人であることが必要であり、遅れて出願した者は特許を受けることができない。日本と欧州を含む米国以外の国・地域は、先に出願した者に特許権を付与する先願主義を従来採用してきた。米国の制度は、最初に発明した人に特許を与える先発明主義であったが、改正特許法の2013年3月16日施行分により、原則として一番先に出願した者に特許が与えられる先願主義に変わった。ただし、2013年3月15日出願分までは以前の法が適用されるので注意してほしい。

他にも、国や地域ごとの法制度に基づいて、そもそも特許を取りたいとおもっている対象が特許として認められない場合がある。例えばプログラム。日本では特許を受けることができる発明として認められるが、米国、欧州では特許を受けられる発明としては認められない。そのため、プログラム自体が特許を受けることができない国等では、一般的には特許出願する際にプログラムそのものをクレームする(特許による保護を求める権利範囲として記載する)のではなく、別の形態、例えばハードウエアの仕組みや処理の仕組みとして申請する。もし、用意された日本語明細書がプログラムをクレームしていたならば、そのまま英訳すると米国や欧州ではそのクレームはNGとなってしまう。日本語明細書を米国や欧州といった外国向けに内容をアレンジすることは、本来翻訳を依頼する依頼元(日本語明細書の起草側)の仕事であろう。しかし、特許翻訳者サイドでも、各国特許制度の相違に基づいて、日本語明細書からの翻訳作業と同時にある程度出願先に適した内容の修正を提案することができれば、依頼元に対して効果的なアピールになると思う。 

特許翻訳の際に気をつけたいこと

もちろん翻訳者が本来の翻訳作業を行う際に気をつけなければならないことも多い。特に気をつけたいのは、最も重要な特許の権利範囲(クレーム)について、無用な限定解釈の根拠とされるような翻訳をしないことだ。単語の選択が悪いと、せっかくの権利の範囲を狭めてしまったり既知のものであると誤って解釈されたりする可能性がある。

例えば、米国で言うと、単純に手段=means と訳出して特許法112条第6パラグラフの適用を受けることでクレームの構成範囲が実施例相当に縮小されてしまうことがある。また、~を特徴とする=characterized in that ~ と訳出して権利範囲が不利に解釈される原因となったり、前出のように、クレームに記載されているプログラムをそのまま program と訳出して保護対象と認められなかったり、(プログラムや製造方法等の)処理=step と訳出し実施例に特定されている方法と解釈されてしまったり、などがある。

他にも、冠詞のaやtheの使い方にも注意が必要だ。原則、初出の要素には不定冠詞のaやanを用い、以降の同一要素には定冠詞のtheを使用するというルールである。

従属クレームの引用にも注意して欲しい。複数クレームを引用する従属クレームは、他の複数従属クレームの基礎とすることができない場合があるのだ。例えば、「3.上記1または2を含む~」という項目があったとする。これを「4.上記1~3を含む~」というように引用することはできない場合がある。

また、米国向けと欧州向けでは書き方が異なる部分があるので、注意する必要がある。米国は一般に構成要件列挙形式のクレームが有利であり、欧州は特許法の規定上、クレームをツーパートフォームで記載する必要がある。その他にも、欧州の場合図面に対応する参照符号がある場合、クレームにその参照符号を記載するが、日本や米国では記載しない方が一般的だ。

まとめ

以上のように、同じ英文の特許翻訳であっても、米国向け、欧州向けでそれぞれ細かな違いがあることがおわかりいただけたと思う。また、よい英文明細書を得るためには、日本語明細書の作成時点で英訳を意識した文章表現にしておく工夫も必要であることもご理解いただけたと思う。例えば、日本語明細書の起草者は、means や characterized in that と訳出されてしまいそうな「手段」や「~を特徴とする」などの表現を使わないようにするだけでも、無用な限定解釈の根拠とされるような危険な翻訳が行われるのを避けるようにすることができるのである。また、日本語明細書の起草者である翻訳依頼元からは、もし翻訳時点でそのような、そのまま英訳することに問題があると考えられるような記載を指摘していただけたり、修正の提案をしていただけたりすれば、たいへん助けになると考える。
 


 

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