翻訳ビジネスにおける取引上のトラブルと防止策について(2)

2013年度JTF定時社員総会基調講演
翻訳ビジネスにおける取引上のトラブルと防止策について(2)

 



2013年度JTF定時社員総会基調講演
2013年6月11日(火)16:30~17:40
開催場所●アルカディア市ヶ谷(私学会館)
テーマ●「翻訳ビジネスにおける取引上のトラブルと防止策について(2)」
講師●栄枝明典氏 (栄枝総合法律事務所 弁護士)
報告者●中村泰洋(リンゴプロ翻訳サービス)

 


法的観点から見た翻訳業務の性質

医師の業務は、患者の病気を治すための努力行為の対価として代金の支払を受けるものであり、病気を完治させる義務は負わない。それに対し、翻訳の業務は民法の言葉で請負契約と呼ばれ、仕事を「完成させて」相手方に「引き渡す」対価として代金の支払いを受けるという性質を持つ。したがって、納期に遅れるということは契約に違反する行為であり、損害賠償請求を受けるおそれがある。

相手を確認する意義と手段

インターネットの発達により、顔の見えない相手と取引する機会が増えているが、契約に際しては、できるだけ相手と直接面談して相手の素性を確認しておきたい。面談している相手が法人格を持っているか、法人の代表権限を持っているかといった点については、登記簿謄本を調べれば確認できる。相手方が契約者本人なのか仲介業者に過ぎないのかといった点は間違えやすい。海外の企業だと、直接会って話すことは困難だが、Google ストリートビューなどのサービスを利用すれば、少なくとも事務所の所在を確認することはできる。ただし悪徳業者の中には、バーチャルオフィス等を使ってあたかも事務所が実在するかのように偽装しているところもあるので、初めて取引する相手に対しては、受発注書を郵送する、記載されている会社の住所を実際に訪問するなどのアナログ的手法も有効である。

契約内容を証拠として残すことの重要性

仕事内容、受注金額、納期、支払い時期といった重要な情報については、双方の認識齟齬を避けるためにも、契約内容を証拠として残す必要がある。契約書を作成するのが最善策だが、簡易な書面であっても契約は成立するし、インターネット経由での受発注の場合には、メールのやり取りも契約の証拠になる。なお、ひとたび成立した契約には拘束力があり、一方的にキャンセルされたり、契約期間中に打ち切られたりした場合には、自らに責任がある場合を除き、損害賠償請求ができる。その一方で、たとえ契約書に記載されていても、著しく不当な内容の条項、例えば納期に15分遅れたという理由で一切の支払いを拒否するといった過大なペナルティは公序良俗に反するとされ、無効と判断される可能性がある。

債権回収の手法・工夫

債権の焦げ付きを防ぐための手段として、事前の信用調査が大切であることは言うまでもないが、事後的な対策として、大きなプロジェクトでは、分割納品によってその都度代金をもらうようにしたり、新しい仕事を受けるに当たっては、先の納品分の支払いを受けてから受注したりするなどの工夫が考えられる。下請法の下では、親事業者に対し、支払期日までに代金を支払わなかった場合に遅延利息を支払うことが義務付けられている。契約書に遅延利息の支払いについて明記しておくことは、親事業者に支払いを促す有効な手立てとなり得る。支払督促という司法手続きも1つの方法だが、相手が異議を申し立てた場合には通常訴訟に移行する上、管轄が相手先の住所地になるので注意が必要である。万が一、相手方が支払いを渋る場合や相手方の支払い能力が乏しい場合でも、内容証明郵便の送付や訴訟,支払督促によって債権者としての自身の優先順位を上げておくことにより、優先的に支払いが受けられる可能性が高まる。

下請法とその適用範囲

翻訳者に対する翻訳会社や翻訳会社に対するソースクライアントなどの親事業者に対しては、書面の交付や支払期日の設定、下請代金の減額禁止といった各種義務が下請法に定められているが、下請法は、資本金が1000万円以上の事業者にのみ適用される。

翻訳物の著作権と秘密保持

翻訳著作物の著作権は翻訳者に帰属するため、翻訳会社側は必要に応じて著作権譲渡に関する契約を翻訳者との間で結ぶべきである。また、翻訳文書は大切なものが多いため、翻訳者と翻訳会社、翻訳会社とソースクライアントとの間で守秘義務を課す契約を締結しておくことも不可欠である。守秘義務契約が締結されていれば、当然のことながら重大な秘密を管理する義務が生じるため、翻訳著作物を無断で公開したり漏洩したりすれば契約違反となる。漏洩によって特許権が取得できないなど事態が発生すれば、相手方に億単位の損害を与えることになるため、誤ってメールの送り先を間違えたり、添付するファイルを間違えたりすることのないよう注意されたい。

質疑応答

Q1: 同時期に複数の企業から依頼が殺到すると、見積書の有効期間内であっても一部の依頼を断らざるを得ない。このような状況で依頼を断ることは契約違反なのか。
A1: 契約は相手方からの発注書に承諾することによって正式に成立する。したがって、契約が成立していない限り、見積書の内容を履行できずに依頼を断ることになっても契約違反とはならない。
 
Q2: 翻訳会社がある日本企業から受注した英文契約書の翻訳に誤訳があり、その誤訳が原因で、その日本企業と相手先の海外企業との間で商談が成立しなかった場合、翻訳会社はその日本企業から損害賠償請求に応じる義務があるのか。
A2: 翻訳を発注した日本企業に対して翻訳会社がどこまで保証したかによる。契約書の文言には、法律の専門家でも見落としてしまうような爆弾が仕掛けられているので、翻訳における法的に厳密な正確性について翻訳会社が責任を負わされるのは酷であるという見方が妥当と思われるが、翻訳会社としては、受注契約の段階で契約書に責任回避条項を盛り込んでおくべきである。
 
Q3: ソフトウェアベンダーにとって、自社製品の翻訳品質は、納品物を受けた時点では判明せず、実際にそのソフトウェアが運用された後でようやく明らかになる。納品物を受け取る時点ではどのように対応すべきか。

A3: 納品物の受け取り時点における品質判断については、受け入れ側(発注側)が優先的に行えば良い。その場合,受入先が行った品質が悪いという判断が正しかったかどうかは,事後的に,客観的に行われ,る。翻訳に問題があってソフトウェアが正常に動作しないなど明らかな問題が事後的に発生した場合に、翻訳会社ないし翻訳者側(受注側)が品質の妥当性を主張することはできず、受注側には損害賠償義務又は修正義務が生じうる。

 



栄枝氏略歴
昭和57年            弁護士登録(第二東京弁護士会)
昭和63年            栄枝総合法律事務所設立
平成17年            早稲田大学法科大学院講師(民法)
平成20年            大阪大学臨床医工学融合教育センター翔平教授
平成21年            東京都労働委員会公益委員就任
 
著書
『六法全書を読みこなす』(総合法令)
『生き生き法務』(総合法令)
『新入社員自分を売り込む法律センス』(総合法令)
『労働法の基礎と実務が分かる本』(かんき出版)
『社長! それは「労働法」違反です!』(かんき出版)
『人生のルール』(共著:筑摩書房)

 

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