翻訳の規格策定に向けたISO最新動向と翻訳会社・翻訳者への影響
2013年度第2回JTF翻訳セミナー報告
翻訳の規格策定に向けたISO最新動向と
翻訳会社・翻訳者への影響
田嶌 奈々 (株)翻訳センター 品質管理推進部 部長代理 |
市村 美樹子 同社 品質管理推進部 スーパーバイザー |
2013年度第2回JTF翻訳セミナー報告
2013年7月11日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●「翻訳の規格策定に向けたISO最新動向と翻訳会社・翻訳者への影響」
講師●田嶌 奈々(株)翻訳センター 品質管理推進部 部長代理/市村 美樹子 同社 品質管理推進部 スーパーバイザー
報告者●津田 美貴 個人翻訳者
今回のセミナー講師は、田嶌奈々氏、市村美樹子氏のお二人で、2012年の6月に開催されたマドリッド総会からISO規格策定に参加している。今回は、現在ISOで策定中の翻訳に関する国際規格についてお話くださった。
ISO規格策定の背景
ヨーロッパは移民が多いという背景から翻訳の需要が多く、そのため翻訳の質について一定基準を求める声が早くから上がり、欧州標準化委員会(CEN)で翻訳品質基準のEN15038が制定された。ヨーロッパ以外にも、中国、カナダ、アメリカなどで翻訳規格の策定が進んでおり、全世界共通で使用できる翻訳基準の策定を求める声が年々高まってきている。このような背景から2012年からISOでEN15038をベースにより多くの国に対応できるように翻訳規格の策定中である。EN15038はヨーロッパ圏では普及しているがアジアではほとんど普及していない。よって、今後ISOの規格が普及する可能性が高い。
ISOの組織と規格制定の流れ
ISOは1947年に設立された、電気電子以外の分野の標準化活動を促進する非政府組織である。ISOは285の専門委員会(TC)の下に分科委員会(SC)があり、さらにその下に作業グループ(WG)が置かれている。翻訳規格はTC37(専門用語、言語、内容の情報資源)のSC5で扱われており、SC5内のWG1で翻訳、WG2で通訳に関する規格を策定中である。日本はTC37に投票権があるPメンバーとして参加している。
規格が完成するまでには6段階あり、通常約3年かかる(3年を過ぎると廃案になる)。業界関係者に開示されるのは4段階目のDISであり、このDISを過ぎると大幅な修正が行えなくなる。困ったことに、今どの段階に移ったと特に宣伝されるわけではないため、自分たちで意識して情報を取りにいかないといけないので注意が必要である。
ISO最新動向と翻訳会社・翻訳者への影響
発行済みの翻訳ガイダンスとしてはTS11669がある。これは、将来的にISO規格として採用される可能性があるが、標準化の対象が開発途上であるなどISO規格としては直ちに発行できないため、技術仕様書(TS)として発行されている。
このTS11669は、翻訳に関わるあらゆる人(翻訳者・翻訳会社・クライアント)を対象としており、通訳は対象外である。
TS11669の中で、翻訳に関する言語はA-language(母国語または母国語に相当する言語)、B-language(A-languageに準ずる第二言語)、C-language(それ以外の言語)と規定されている。たとえば、中国系アメリカ人の場合で、家庭内では中国語、学校では英語で育った人の場合、英語がA-languageにあたる。C-language は複数持つことが可能だが、A-language、B-languageは通常は1つずつとされている。また、翻訳する方向として望ましいのはB→A、C→A、A→B、C→Bの順で、これでいくと日英翻訳はA→Bとなり、世界的にはあまり望ましくない方向と思われていることがわかる。今後、日英翻訳という翻訳方向に関しては問題になってくるかもしれない。
TS11669の中で、Translator(翻訳者)とReviser(校正者)については、①翻訳の学位(大卒資格)②翻訳の実務経験③公式な翻訳検定資格④前職からの推薦⑤翻訳サンプル、の5つのうちどれかを持っていることが望ましいとされている。また、校正者の方が翻訳者以上の経験年数を持つと書かれており、校正者の方が翻訳者よりもポジション的には上である。
この他にも、翻訳前から翻訳後のプロセスまでが書かれており、プロジェクト仕様書を作ることの重要性とその仕様書に基づいて各工程を行うことが規定されている。
TS11669は2015年に見直しが行われ、早ければIS(規格)になり最悪でも保留(TS)のままとなることが予想される。また、このTSの7章にはプロジェクト仕様書に盛り込むべき全21項目が記載されているので、ぜひ1度目を通しておいていただきたい。日本規格協会のWebから購入可能だ。
発行間近の翻訳規格としては、DIS17100があり、早ければ2014年にISとして発行される。DIS17100は翻訳サービスの用件を定義しており、機械翻訳と通訳は対象外である。特に重要なのは、翻訳者と校正者の要件の部分である。翻訳者(Translator)に要求されている要件は、①翻訳の学位(大卒資格)②翻訳以外の学位(大卒資格)+実務経験2年③実務経験5年④政府認定の資格を有する、の4つのうちのいずれかが必要である。現在の日本では①と④がないので他国に比べて不利である。よって、必ずしも翻訳学科でなくとも、翻訳のトレーニングを実施している他の名称の学科(言語学やコミュニケーション学科)も認めるような但し書きを追加することで調整している。
また、翻訳のプロセスについても書かれており、Translation(翻訳)→Check(翻訳者による自己点検)→Revision(第三者によるバイリンガルチェック)→Review(ターゲット言語のモノリンガルチェック)→Proofreading(最終校閲)→Final verification/release(プロジェクトマネージャーが行うもので仕様書に沿っているかの最終確認)の順で進める。ReviewとProofreadはクライアントの要望によって行う推奨要件で、それ以外は必須要件である。
その他に、検討が開始されたばかりの機械翻訳の品質に関するWD18587も気になる規格の1つだ。機械翻訳後のPost-editingの品質レベルについて書かれており、①Raw MT output(人が介在しない)②Good enough(多少おかしな部分を人が直した)③Similar or equal to human translation(人が翻訳したものと大差ない)の3レベルである。
通訳については
一方、通訳に関しては検討が開始されたばかりのNP18841と2014年発行予定のDIS13611がある。
NP18841は、TS11669の通訳版で、通訳会社・通訳者・クライアントを対象としており、ガイドラインの位置づけで認証規格ではない。
DIS13611はコミュニティー通訳に関するガイドラインで、通訳者の要件が書かれており、①通訳の学位(大卒資格)またはコミュニティー通訳に関する教育検定を認められている②その他の学位+実務経験2年または政府認定を取得している③5年以上の実務経験④政府の認定資格または政府公認の通訳分野に関する団体による通訳者資格を有する、の4つのうちのいずれかとなっている。このDIS13611は法廷通訳と医療通訳は対象外で、コミュニティー通訳のみ(会議通訳は対象外)である。また、通訳者のレベルとしては、逐次通訳と同時通訳が適宜できるレベルであることとされている。
残念ながら、通訳分野の専門家が本年度のISO総会には出席できなかったため、この位の情報しか入手できていない。というのも、ISOの総会は各会議が並行して行われるため2名だけでは翻訳分野と通訳分野のすべてに手がまわらないためだ。
まとめ
翻訳に関してはISOの規格のベースとなったEN15038と、ISOのTS11669、DIS17100、WD18587を、通訳はISOのNP18841とDIS13611の動向と内容を注視していただきたい。
今後も翻訳、通訳分野に関する新しい規格(法廷通訳など)が策定されることは間違いないので、引き続きISOの規格策定動向に注意していただきたいと思う。
ISO認証を取得しても、案件ごとにISOに準拠する/しないの選択ができる形になる可能性が高い。したがって、これから翻訳者を目指そうとしている新人の方はISOに準拠しない案件から始めて、実務経験を積んでいくという流れになるのではないかと思う。
このように、ISOでさまざまな規格ができることで、ISO準拠翻訳者や翻訳会社の地位が向上していき、結果的に翻訳業界全体の地位の向上に繋がっていくと私たちは考えている。また、今後求められる翻訳の質もさらに多様になり、概要がわかればよいという簡単な訳から、一言一句きちんと翻訳するまで幅広い質が存在するようになっていくのではないかと思う。