日本翻訳連盟(JTF)

6-2 今、治験翻訳者が身につけるべき本当の力とは?

有馬 貫志氏

アルパ・リエゾン株式会社 代表取締役
東京医科歯科大学 非常勤講師

報告者●染矢 尚美(フリーランス翻訳チェッカー)



治験翻訳というと、医薬とは別の知識が必要なこともあり、専門用語を身につけることを重視しがちである。翻訳とは単語レベルの単純な置き換えではなく、イベントストラクチャーを他言語に移すことであるという観点から、治験翻訳者はどのように学んでいくべきかを提唱したい。

治験翻訳は専門分野なので難しいという声を耳にするが、むしろ専門知識や用語を身につけることは、努力に比例し能力をあげることが可能である。そこで今回は、治験翻訳者が身につけるべき力への具体的アプローチとして、1.言語の構造的理解、2.スタイルの問題、3.動詞の意味論的アプローチ、4.名詞(冠詞)の考え方、5.翻訳とは何をすることなのかについて順に述べていこう。

1.    言語の構造的理解

ネイティブスピーカーであるとはどういうことか。リスナーのほとんどが日本人であるため、日本語の「は」と「が」の用法について出題し、間違いの理由の説明を求めた。リスナーのほとんどは、感覚的におかしいことはわかるものの、理由を説明することは困難であった。第三者に説明をするなら、ネイティブスピーカーといえども構造的な理解が不可欠である。翻訳をする場合は言語の構造に分析的な目を向けることが望ましい。

2.    スタイルの問題

日本の英語教育において、基本的な文法を学ぶ機会はあるが、慣習であるpunctuationについて学ぶ機会は少ない。punctuationにはルールがあるが、比較的簡単なため、一度きちんと学んでおくと良い。

3.    動詞の意味論的アプローチ

「阻害する」はすべて同じ動詞で翻訳してよいのか。日本語ではすべて「阻害する」であっても、文意にふさわしい動詞「阻害」、「抑制」、「遮断」等に置き換え、和文和訳する必要性がある。基本動詞に対するアプローチとして、「似た者どうしを集めて、その違いを明確にしておく」、「英文作成の際には、最初に主語と動詞のペアを決める」ことを心がけたい。

4.    名詞(冠詞)の考え方

英語の名詞には、定冠詞、不定冠詞、冠詞なし、複数形の4つがあることはみなさんご存じであろう。英訳の際は常に、単数、複数、冠詞について考えて頂きたい。英語の名詞には4つの色が付いていると考えることができる。この4つの「名詞の色」を決めないまま、英訳してはならない。

5.    翻訳とは何をすることなのか

冒頭でも述べたが、翻訳の定義は「原文のイベントストラクチャーを他言語に移すこと」であり、単語レベルの単純な置き換え作業ではない。翻訳とはある言語で書かれた情報を正しく解釈し、別の言語を用いてその情報を再生する行為である。

翻訳の理想形としては、1. 移行された情報が等価であること、2. 表現された意味が明快であること、3. 意図された機能が発揮されること、4. 再生された表現が自然であることが肝要である。情報再生の方法として、STEP 1:文の必須要素のみで構成される文に単純化する、STEP 2:日本語の構文に従って命題文を作成する(英文和訳の場合)、STEP 3:STEP 2の命題文を基幹として自然な訳文を作る、STEP 4:論理展開に従って段落構造に整えるという4段階のプロセスを提案したい。

翻訳者は、日本語と英語の情報に心理的なバリアがあってはならない。今回お話ししたアプローチに加えて、インターネット等を利用して英語的な環境を意図的に組入れることも効果的であろう。

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