6-3 小説の新訳、絵本の翻訳 ~アメリカ文学と絵本翻訳の現場から~
青山南
翻訳家、早稲田大学文化構想学部教授
報告者●室屋里実 (株式会社プロシステムエルオーシー)
本講演では2つのトピックについて分けて話す。翻訳する中で結果的に話の内容がつながることがあるかもしれないが、この講演自体は2つの話を直接的につなげることは目的としていない。
新訳について
新訳と改訳の違い
- 新訳:既存の翻訳を別の翻訳者がなおす
- 改訳:既存の翻訳を同じ翻訳者がなおす
新訳ブームのきっかけ
近年、新訳ブームが盛んになっているが、きっかけはサン=テグジュベリの『星の王子さま』の著作権保護期間が満了した2005年1月頃からである。それまでは岩波書店が翻訳本を独占的に出版していたが、著作権保護期間の満了により他の出版社からも一斉に翻訳本が出始め、2008年までに20冊近くの新訳本が出版された。ここから「新訳」という言葉が台頭し、新訳本の持つ力が注目されることになった。
新訳ブームの経緯
- 2003年4月
村上春樹の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』が出版され、ベストセラーに。 - 2005年
『星の王子さま』の新訳本が出始める。 - 2006年9月
光文社が光文社古典新訳文庫をスタート。これまでに170点を超える作品が出版される。 - 2008年9月
古典新訳文庫に含まれていたドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』が100万部を超える予想外の売り上げを記録し、大きな話題に。これにより新訳ブームが加速。 - 2007~2011年
河出書房が2007年に世界文学全集を刊行し、2011年に完結するまでの間に全30巻を刊行する。新訳も9冊ほど刊行される。
こうした経緯を経て新訳ブームは日本の出版界に浸透していき、現在では普通に新訳本が出版されている。
新訳の必要性
以前は、古典は距離的に遠いものとして読まれ、翻訳されるものだった。しかし、現在では古典を対等に、つまり同時代に生きる人間として読むことが重要とされている。新訳は、古典を対等に読めるように距離を近くし、同時代感を取り戻すものとして必要である。
絵本について
絵本と音楽の関係について
絵本作家モーリス・センダックは絵本には音楽が欠かせないという考えを示している。この点について考えると「翻訳家とは演奏家である」いう表現が思い出される。この表現は、既にある楽譜(原典)をどのように演奏するかは翻訳者次第であることを表している。こうしたことから、絵本に対する音楽の重要性を改めて実感。
絵本の翻訳と編集
絵本の読み聞かせは子どもと並んで本を読んで聞かせることだが、子どもにとっては読んでいる人と一緒に過ごすという体験でもある。読み聞かせで子どもがおもしろく感じるのは、読み聞かせをする人が口に出す声(演奏している音)や触った感触といった文字以外の要素である。したがって絵本翻訳では声に出しながら訳し、口に出して読みやすいか、ある種の音楽性を持てるかを重要視する。この点は編集でも共通しており、編集者も文章を読み上げながらチェックし、違和感のある箇所を修正するという編集方法をとっている。
講演資料のダウンロードはこちら
*ダウンロードには、参加者のみに別途メールでお送りしておりますパスワードが必要になります。