メディカル翻訳:クライアントの要求にどうこたえるか~翻訳会社・翻訳者に求められる対応と、翻訳会社から翻訳者へ向けてのメッセージ~

2013年度第7回JTF翻訳セミナー報告
メディカル翻訳:クライアントの要求にどうこたえるか~翻訳会社・翻訳者に求められる対応と、翻訳会社から翻訳者へ向けてのメッセージ~

 

川原 早霧(かわはら・さぎり)

株式会社ウィズウィグ メディカルドキュメント事業本部 翻訳部 部長
ペンシルバニア州立ミラーズビル大学心理学部卒。前職において通訳会社に通訳の手配を依頼した際に、はじめてコーディネータという職種に触れ、興味をひかれる。その後、株式会社ウィズウィグに入社。現在は同社において翻訳コーディネータとして勤務。

 



2013年度第7回JTF翻訳セミナー
2014年2月13日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●「メディカル翻訳:クライアントの要求にどうこたえるか~翻訳会社・翻訳者に求められる対応と、翻訳会社から翻訳者へ向けてのメッセージ~」 
講師●川原 早霧(かわはら・さぎり)氏 (株)ウィズウィグ メディカルドキュメント事業本部 翻訳部 部長
報告者●津田 美貴 個人翻訳者

 



今回のセミナー講師は翻訳会社でメディカル翻訳のコーディネーターとしてご活躍中の川原早霧氏。本セミナーでは、コーディネーターの立場から見てきたメディカル翻訳の移り変わりと、トライアルに合格できる翻訳者と合格できない翻訳者では何が違うのかなどについてお話し下さった。

メディカル翻訳について

メディカル翻訳と聞くと、基礎研究→非臨床試験→臨床試験→承認申請と審査→承認といういわゆる治験で必要となる翻訳を想像されるかもしれない。しかし、メディカル翻訳のなかには医薬品が販売された後の安全性情報に関する翻訳や、意外にも医薬薬とはあまり関係のない社内文書などの翻訳も含まれる。これからメディカル翻訳を始めようという方は、まず社内文書などから挑戦してみるのもメディカル翻訳に触れるひとつの方法かもしれない。社内文書の内容は、他の業種にもみられるような、一般的な文書やメールも含まれる。ただし、このような文書は行間を読んで翻訳する必要があるため、ある程度想像力を働かせ「書き手がなにをいいたいのか」を行間から読み取らなくてはならない。英語力には自信があるが、治験関連の翻訳を始めるにはいまひとつ自信がないような初心者の方には、こういった社内文書の翻訳をメディカル翻訳の取り掛かりとして始めることをお勧めしたい(ただし、メディカル翻訳には治験に関する知識は必須)。

求められる翻訳の変化

ここ数年、求められる翻訳が変化してきたと感じている。約10年位前は翻訳の質が重視されていた。翻訳者重視で、その翻訳者が空くまで待つ会社も多かった。ところが、3~8年位前から、翻訳の質が重視されると同時に価格が重視されるようになった。加えて、約2~3年位前頃からは納期の短縮を求められるようになった。一般的なプロトコルの納期は1ヶ月程度から2~3週間程度へと短縮され、翻訳途中でスケジュールが変更されることもしばしば。予約案件や当局対応の翻訳予定について、確実に翻訳を終わらせるためにクライアントとの事前の打ち合わせが多くなったのもこの頃からだ。ここ1~2年は納期がさらに厳しくなり、翻訳が完成した部分から納品していく「分納対応」を求められるようになっている。原稿が作成される前に翻訳のスケジュールが確定していることもあり、原稿の最終版の完成を待たず、ドラフト版での翻訳の開始も多くなった。原稿作成の遅れによるスケジュール変更も珍しくなく、翻訳会社はスケジュール調整に四苦八苦し、翻訳者にとっては、直前のスケジュール変更により引き受けられるはずの案件を断ってしまった等の物理的な問題に直面することにもなってしまっている。

クライアントが求めるニーズの変更のなか、翻訳者には以前に比べてかなりの負担がかかるようになっている。その一例として、「治験薬概要書(IB)、治験実施計画書、総括報告書」がほぼ同時期に発注されることが挙げられる。この3つの文書は重複する箇所が多く、コストを下げるという点でクライアントにはメリットがある。一方で翻訳者にとっては、文書間の重複する箇所は翻訳をしない、ということになるため、全体の翻訳が分かりづらい。

治験関連文書翻訳の際に注意をお願いしたいことは、翻訳の参考資料として渡される資料は必須資料と思って参照して欲しいということである。クライアントから翻訳会社へは翻訳会社が翻訳者へ渡すよりも多くの資料が提供されていることが多いが、そのすべてを限られた時間で翻訳者が参照することはほぼ不可能である。そのため、翻訳会社のコーディネーターは、どうしても翻訳の際に必要だと思われる資料だけを厳選して翻訳者に提供しているはずで、そういった参考資料は極力参照してほしい。参考資料にある用語や文章を用いて翻訳を行うことが、現状ではベストだと思われるからである。もちろん、使用にあたって注意すべき参考資料もある。例えば、①日英対訳でない場合、②日英対訳といえないこともないが内容としては間違っていないが対訳とは言い難い場合、③文書内で用語や表記の齟齬がある場合、④複数の参考資料がある場合である。このような場合には、クライアントの指示がケースバイケースであることも多いため、翻訳を開始する前や気づいた時点で翻訳会社のコーディネーターに参考資料の使い方や優先順位を質問されることをお勧めする。

当局対応に関連する照会事項や回答の翻訳は、分量としてはA4半ページや数行が多く、長いと20ページになることもある。事前に予約が入ることが多いが、発注予定日に必ず入稿するかどうかは未定であることが多い。ただし、納品スケジュールはあまり変動しない(特に照会事項の回答の場合)。クライアントからは原稿はできていない(もしくは無い)が、スケジュールの都合上翻訳者を押さえてほしいという依頼がある。なぜなら、当局対応に関連する翻訳の場合には翻訳の開始からの納品まで数時間~最高でも48時間程度しかないからだ。翻訳を開始してからもクライアントからは「出来ているところまで送って欲しい」とか、「スケジュールを前倒しできないか」という連絡が来ることが多い。他にも、「他の翻訳会社が受けられないと言ってきたので、その分も対応できないか」や、「一部自分たちでやるから見直しをしてもらいたい」などの相談もある。

トライアルに合格できる翻訳とできない翻訳

トライアル翻訳は、エンドユーザーである製薬会社が求める翻訳に達しているか或いは達する可能性があるかどうかを確認するためのものである。「トライアルに合格できる翻訳」とは、①翻訳ができる(その人の知識レベルを知りたいわけではく、「翻訳ができるか」ということ)、②誤訳が無い、③訳抜けがない、④数値に誤りが無い、⑤文章の種類に応じた適切な翻訳ができている、⑥内容が理解できている、⑦参考資料が適切に使用されている、⑧原文の誤りに気づいてコメントが出せる、である。

反対に「トライアルに合格できない翻訳」とはこの逆で、翻訳ではなく文書の要約になってしまっている、誤訳がある、訳抜けがある、数値に誤りがある、用語など文章の種類に応じた適切な翻訳ができていない、内容が理解できていない、参考資料が適切に使用されていないということである。特に「誤訳がある、訳抜けがある、数値に誤りがある」は致命的である。トライアルで起こるミスは、その人が実際の翻訳で起こす傾向が高いミスだと考えられるからだ。その他に、意外と多いのが「取引希望価格が高い」こと。最初に「この価格でやりたい」と伝えた方がお互いに時間を無駄にしないで済むことが多いため、これからトライアルを受ける方にはその点を明確にしておくことをお勧めしたい。現状、翻訳の仕事が減っている翻訳者には、取引希望価格を下げれば仕事がくることもあるかもしれないが必ずしもそうとは言えない。取引希望価格を下げても案件が来ないのならば、そもそもの翻訳の質に不満がある(質の問題)と思った方がよい。

トライアル翻訳以外での評価ポイントとしては、「ファイルを受け取りました」などのレスポンスがある、原文に上書きできるか(スタイル設定で原文に上書きできる)、実務経験がある、などがある。

問題外なのは、インターネット上にトライアルの内容や過去に担当した翻訳についての質問をしている場合。文章の内容を人に話すのはNGで、機密保持違反である。

最後に

以上のようにクライアントが求める翻訳の質とスピードが変化し、納期の短縮、コストの削減、クオリティの保証は翻訳者の協力がなければ実現できない。もちろん、翻訳会社、コーディネーター側も翻訳者が翻訳に集中できるように協力していくが、翻訳者の皆さんにも、取引価格の変更、体調管理、常に一定レベルで翻訳できるようにしていただけるようにお願いしたい。

また、翻訳者やチェッカーの方もコーディネーターを上手く利用していただきたい。例えば、依頼された際に「無理です」ではなく、「いつからならできる」や「どの位の分量ならできる」と逆に提案していただけると、分量を加減して依頼したり他の案件をお願いしたりといったことが可能だ。例えばAM3時から作業を開始できる方ならば、前日の22時に原稿をお渡ししてAM9時に納品してもらうような案件を依頼することができる。

選ばれる翻訳者、翻訳会社であるためにはこれまでと同じことをやっていてもニーズに追いつけない。多少高くても買いたいと思ってもらえるような翻訳者、翻訳会社になるためにもお互いに協力できるところは協力しあって、お互いの付加価値を高めていければと思っている。
 


共有