日本翻訳連盟(JTF)

SVを鍛えて翻訳の『殻を破る』英文ライティング術

2014年度第3回JTF翻訳セミナー報告
SVを鍛えて翻訳の『殻を破る』英文ライティング術

遠田 和子(えんだ かずこ)


青山学院大学英米文学科卒。在学中米国パシフィック大学に留学。大手電機メーカにて翻訳業務に就いた後、フリーランスになる。現在、『通訳翻訳ジャーナル』(イカロス出版)にて「英訳ドリル」連載中。
著書には、『英語「なるほど!」ライティング』、『Google英文ライティング』、『eリーディング英語学習法』、『あいさつ・あいづち・あいきょうで3倍話せる英会話』(全て講談社、含む共著)がある。
訳書には、小川英子著『ピアニャン』英語版Little Keys and the Red Piano, 星野富弘著『愛、深き淵より』英語版Love from the Depths─The Story of Tomihiro Hoshino (共訳) がある。

 



2014年度第3回JTF翻訳セミナー
日時●2014年10月9日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●SVを鍛えて翻訳の「殻を破る」英文ライティング術
講師●遠田 和子(Enda Kazuko)(日英翻訳者、サン・フレア アカデミー講師)
報告者●冨永 陽(株式会社 ホンヤク出版社)

 



今回のセミナーでは、講師の遠田和子氏(日英翻訳者)に、英訳におけるSVの重要性と翻訳の殻を破るためのライティングの要諦をお話しいただいた。

いま翻訳に何が求められているか

昨年(2013年)のJTF業界調査アンケートで、「翻訳者に求めているもの」として最も多かった回答は「語学力と表現力」(47.6%)。これは翻訳の品質そのものと言っても良い。価格やスピードよりも翻訳の品質が重視されていることが調査結果から読み取れる。
翻訳の質を高めることで自分たちの市場価値も高まることが期待できそうだが、質を高めるには目指すゴールが明確でなくてはならない。「翻訳の質は定量化しにくい」との声も聞く。だが、高品質な翻訳が求められる中、クライアントから翻訳の品質について説明責任を求められる機会も少なくない。
今回は日英翻訳に的を絞り、現状を分析して目指すゴールを探りたい。

日英翻訳の現場と実情

日本人の英訳は、内容的には正確で文法的に正しくても、原文が透けて見える逐語訳や不自然で冗長な英文に陥りがちだ。その要因の一つに翻訳の質が正しく評価されない状況が挙げられる。翻訳者が原文の意味を汲んで訳した英文も、クライアントや上司から「ここが訳出されていない」「これは原文に書いていない」と字面や見た目だけで判断され、やり直しを指示される。海外駐在経験者(非母語話者)が書きかえた結果、英文の質が落ちてしまうケースもある。
日本語と語順を変えないと自然な英語にならない場合も多い。しかし、中には「チェックが大変だから原文と語順を変えずに訳してほしい」と指示される翻訳者もいて、不自然な英訳を渡さざるを得ないとの話を聞く。
「不自然な英訳でもネイティブチェックで自然な英語に仕上がる」と思っている人も案外多い。だが、直訳調の訳文はSV構造から全面的に書き直す必要があり、リライトを請け負うチェッカーでない限り単純な文法上の修正で終わることが多い。ネイティブチェックはどんな英訳も美しく仕上げる魔法の杖ではない。

殻を破る!!

このように英訳の現場にも様々な問題があるが、常にベストを尽くして質の高い英訳を目指してほしい。そこで、現状の殻を破るべく目指すべきゴールと私が考えるのが、正確さを前提としたclear and concise(明快で簡潔)な英語である。clear and conciseの手本としてPlain Englishを勧めたい。Plain Englishを参考に、わかりやすく質の高い英語を書く力を身につけ、英文の良し悪しも的確に説明できるようになってほしい。

Plain English(明快な英語)

Plain Englishは1960~70年代頃、英米で「政府関係の文書を誰にでもわかりやすく書く」(明確で簡潔であれば必要な情報は伝わる)との考えから生まれた。この考えは様々な分野の文書にも応用できる。Plain Englishの基本は「一般的な言葉(専門用語は除く)」「短い文」「能動態」の3点。この基本に絡めて文の長さとSVの重要性に着目してみたい。

文の長さの目安

一般的な英語の1文の長さは文書の種類や用途によって異なるが、およそ15~20語が平均とされており、20語未満が読み易い目安とされている。30語未満であれば許容範囲とされているので、産業翻訳ではこの程度の長さが目安になるだろう。中には1文の上限値を39語にすべきだと主張する人もいる。
時に冗長な訳文と遭うが、「原文が1文なら訳文も1文でなくてはならない」と思い込んではいないだろうか。日本語では1文に複数の話題を繋げても問題なく済む場合が多い。一方、英語では言葉を繋げていくと非常に読みづらい。英語はone sentence, one ideaが原則である。長い原文は意味のまとまりで区切って英訳することを勧める。

SV(主語と動詞)は英語の体幹

「SVは英語の体幹であり文のメインアイデアを担う」という点を意識する。SVを意識して文章を組立てれば、インパクトのある生き生きとした英文になる。逆にSVへの意識が薄く言葉の置換に終始する人の英文は「弱い」。体幹となる強いSVを生み出すコツは次の3点である。
 
1. Sを上手に選ぶ。
明快な英語を書くには何をSに決めるかが鍵を握る。日本語の主語を機械的に英文の主語にしないよう注意する。適切なSを決めれば文のメインポイントが明確になる。長文の場合は、文中の既出/新出情報の繋がりも意識しながらSを決める必要がある。
 
2. SVは文頭&SV間は近く。
文頭の5~6語に下線を引き、その中にSVが含まれているか確かめるとよい。SVが文頭にありSV間の距離が近ければ、それだけ文のメインアイデアが読者に早くダイレクトに伝わる。日本語の構造に引きずられて訳文中のSの位置が後退したり、長い修飾語でSとVが離れたりしないよう工夫する。
 
3. 意味の濃いVを使う。
基本は受動態より能動態。さらに1語でより多くの意味が伝わる「強いV」を使うと語数が少なく収まり文が引き締まる。強いVを使い分ければ表現の幅も広がる(Wordの類語検索が便利)。インパクトのある表現にしたい場合、動詞を名詞化した表現やIt構文の多用を避ける。構文上、動詞が弱くなり語数が膨らみやすい。
また、日本語に多い状況描写(ある、いる)は、be動詞ではなく動作動詞を使って英訳すると自然な表現に近づく。
では、上記の基準に照らしながら次の訳文AとBを評価してみたい。
 
原文: スキルレスで高精度研磨を全自動で行うため、XX技術を採用して高精度研磨器の開発が行われました。
A: To perform high-precision polishing work fully automatically without special skills, the development of a high-precision polishing machine has been done using the XX technology.
B: We have developed a high-precision polisher using XX technology. This machine is fully automatic and requires no special skills to operate.
Aは原文の語順どおりの訳であるが、冗長で文のポイントがぼやけている。2文に分けたBの方が明快で語数も少ない。SVが文頭にありSV間も近く、能動態の強い動詞でメインポイントが明確だ。

まとめ

今回、Plain Englishに基づいて明快で簡潔な英文の書き方を説明したが、英語の本質はEconomy of Words(「言葉の燃費」を高める)。言い換えれば、最小の語数で最大限の情報を効果的に伝えることだ。Economy of Wordsを意識すれば、日本語でも意味の濃い言葉を効果的に使って引き締まった文章が書ける。ぜひ実践してほしい。
定量化が難しいとされる翻訳の品質もWordの校閲機能などを使って、英文の長さや受動態の使用頻度などに基づいた定量化の余地がある。SVの位置やSV間の距離も読みやすさの客観的な評価指標として使える。翻訳の品質について説得力のある説明ができれば、翻訳者や翻訳会社の市場価値も高まるだろう。
最後に翻訳料金について一言。以前は訳文ベースで料金を算出している企業が多かったが、文を簡潔にするほど翻訳者の収入が減る方式であり、冗長な訳文や悪訳を助長する要因にもなる。原文ベースの適正な算出基準を採用してほしい。

感想

遠田氏は「原文の質や低単価などを理由に手を抜くのは翻訳者の甘えだ」と指摘された。この指摘はクライアントに対する翻訳会社の姿勢にも幾分当てはまるだろう。「クライアントや翻訳会社のチェッカーのためではなく、情報(訳文)の受け手である実際の読者のための翻訳」を極力心がけたい。読者を意識した高品質の訳文を提供し、翻訳の品質を的確に説明できれば、一般の人が翻訳を理解する一助となるだろう。

紹介された参考資料(一部)

• U.S. Securities and Exchange Commission A Plain English Handbook
• Bailey, Edward P. The Plain English Approach to Business Writing
• Cutts, Martin Oxford Guide to Plain English
• Morrissey, Kevin 『技術翻訳のチェックポイント
• Williams, Joseph M. Style Toward Clarity and Grace

 


 

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