日本翻訳連盟(JTF)

機械翻訳と向き合うときが来た― MTをもっと身近に、現実的に考える 『医薬分野で機械翻訳は本当に使えないのか?』

2014年度第3回JTF関西セミナー報告
機械翻訳と向き合うときが来た― MTをもっと身近に、現実的に考える 『医薬分野で機械翻訳は本当に使えないのか?』

 

<パネリスト>

生田 明子

神戸大学教育学部卒業。武田薬品工業株式会社で最もグローバル化が進んでいる部署の一つであるワクチンビジネス部にて、この春まで日英・英日翻訳及びコーディネーター業務を担当。現在は同部門でグローバルビジネスオペレーションズのメンバーとして、グローバル共通に適用する部門規則の策定に取り組んでいる。
 

中岩 浩巳

1987年日本電信電話(株)(NTT)入社、英マンチェスター大学客員研究員(1995年~1996年)、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)研究室長(2002年~2004年)を経て、2014年NTT退職。現在、名古屋大学大学院情報科学研究科特任教授。
 

栄藤 稔

パナソニック就職と共にデジタルVCR試作。2000年ドコモに転じ、モバイルマルチメディア担当。当時Appleと組んで定めたファイル形式がMP4。自称iPodの外祖父。2002年末にシリコンバレーに異動となりモバイルインターネット。標準化活動でMPEGのエミー賞受賞に貢献。twitter IDはmickbean。

<モデレーター>

森口 功造

品質管理担当として株式会社川村インターナショナルに入社後、チェック、翻訳、プロジェクトマネジメントなどの制作業務を経験し、2011年からは営業グループを含めた業務全般の統括として社内の管理に携わっている。JTFのISO検討会では機械翻訳後のポストエディットの規格策定にも関わっている。TC37 SC5国内委員。
 



2014年度第3回JTF関西セミナー
日時●2015年1月30日(金)10:30~17:00
開催場所●大阪大学中之島センター
テーマ●機械翻訳と向き合うときが来た― MTをもっと身近に、現実的に考える ―
パネルディスカッション「医薬分野で機械翻訳は本当に使えないのか?」
パネリスト●生田 明子(Ikuta Akiko) 武田薬品工業株式会社 ワクチンビジネス部/中岩 浩巳(Nakaiwa Hiromi)アジア太平洋機械翻訳協会 会長名古屋大学大学院 情報科学研究科 特任教授/栄藤 稔(Eto Minoru)株式会社みらい翻訳 代表取締役社長
モデレーター●森口 功造(Moriguchi Kozo)株式会社川村インターナショナル 執行役員・ゼネラルマネージャ
報告者●辻 美帆子(株式会社 アスカコーポレーション)

 



機械翻訳(MT)の技術革新はめまぐるしく進み、関心や期待は高まっている。しかし、とりわけメディカル翻訳の現場においては、MTがどの程度活用できるレベルに達しているのか、メディカル翻訳に携わる者はどのようにMTを活用すればよいのかについて検証されていない。研究者、クライアント、翻訳会社から3名のパネリストをお招きし、MTの現状を伝え、ビジネスへの可能性を探るべく議論した。
 
生田氏からはクライアントである製薬会社の立場から、「MTへの期待」についてお話いただいた。
2013年度に発生した翻訳会社への外注費の推移をグラフで示し、ワクチンビジネス部を含む会社全体として翻訳発注費用は年々増加傾向にあり、今後も需要は増すばかりである。
生田氏は、文書の種類によってスピード、ボリューム、コスト、品質の4つの選択基準から翻訳会社を選択している。加えて重要視しているのが「情報漏洩の問題」である。上市前の開発情報を外部の者に知られないためにMTを使うことで情報が外に出ないなら使う意味は大きい、と。また社内で翻訳したい資料は膨大にあり、もしすぐに、そして安価で、またはその都度の費用が発生しないならMTへの期待は大きい、ともお話しいただいた。
 
中岩氏からは、アジア太平洋機械翻訳協会の活動および「機械翻訳の基礎と動向」について発表いただいた。
MTは、ある言語のテキストや音声を自動的に別の言語やテキストへ変換する技術のことだ。MTには「ルールベース機械翻訳」と「統計的機械翻訳」の2種類がある。「ルールベース機械翻訳」とは、原言語を解析して構文構造を決定し、人手作成の辞書や規則を用いてこれを目的言語の構文構造に変換し、目的言語を生成する技術。「統計的機械翻訳」は対訳データから統計モデルを学習しMTを実現する技術。そのためには、人手や大量のデータが必要であるが、今後は「統計的機械翻訳」が主流となるだろうと中岩氏は予測している。その理由には、商用利用が増加しており、GoogleやeBayなどがビッグデータやワークフロー最適化のためにMTを積極的に活用していることが挙げられる。大きく語順が異なる言語に対しては、まだまだ精度は低いが、技術進歩はめまぐるしいため、今後数年間で現在懸念されている問題は改善されるだろうと語った。
 
栄藤氏からは「みらい翻訳のビジョンと翻訳業界への取り組み」についてお話しいただいた。
みらい翻訳は、昨年10月に設立され、MT技術により世界中の誰もが国境を越えて自由に交流する社会を実現するとともにMTによる産業の活性化、および新たな産業(イノベーション)の創生に貢献するビジョンを持っている。
このビジョンを実現するために、カスタマイズ可能な書き言葉の機械翻訳や、話し言葉機械翻訳、またWEBサイトの翻訳ツール、安全でスケーラブルなクラウドソリューションを提供していきたいと語った。これらのサービスを提供するためには、他企業やユーザーと連携することで翻訳の精度を向上していきたいとお話しいただいた。
 
以上の3名のショートプレゼンテーションが行われたのち、実際にMTを使用したサンプル文書の精度と品質を検証した。
 
照会事項とCIOMSを題材に、MTのサンプル文書とすべて人力で翻訳した文書を比較した。確かに人力翻訳した文書のほうが、わかりやすいし文面も美しい。しかし、驚いたことにMTにおいても専門的な内容を正確に翻訳されていた。つまりMTの特徴である、専門的な用語や文構造がシンプルなものであれば、うまく翻訳が可能であるということだ。生田氏からも、社内でのみ閲覧する文書は何を書いているのか理解できれば十分なので、このサンプル文書の品質で十分役に立つケースもあると語った。MTを導入する場合、構文だけでなく情報の構造をシンプルにすれば、十分な品質の翻訳文を生成することは可能である。よってクライアント側とMTサービスプロバイダ側が協力して構文・情報の構造を工夫できれば、MTでより一層効果をあげられるということだ。
ただ、国に提出しなければならないような、原文が長くて解釈が難解な文書では工夫が難しく、スピードよりも品質が求められる文書の場合は、まだまだMTでは処理しきれない。また、MTした場合のポストエディットの質や人材確保も課題である。
 
MTは適さないと考えられていたメディカル分野の翻訳においても、使い方次第では十分活用できる可能性が見いだせたといえる。MTの課題に一つ一つ取り組むことで、今後ますますMTへの活用とメディカル翻訳への応用が進むのではないか。
ご多忙の中、貴重な時間を提供くださったパネリストの生田様、中岩様、栄藤様、そしてモデレーターの森口様に心よりお礼申し上げます。

 

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