日本翻訳連盟(JTF)

あなたの翻訳は大丈夫?~翻訳者による品質保証を考える~

2014年度第4回JTF翻訳セミナー報告
あなたの翻訳は大丈夫?~翻訳者による品質保証を考える~

齊藤 貴昭(さいとう たかあき)

精密機器メーカーで設計から製造、市場に至るまでの品質保証業務に通算20年以上従事。その間、5年の米国赴任を経験後、6年間の社内翻訳・通訳の経験を経て、2007年より某翻訳会社で翻訳コーディネーター・社内翻訳者として従事している。製造業の品質保証経験を翻訳品質保証に生かす手法を日々模索している。また、自作ワードマクロ「WildLight」を使用した翻訳チェック術の普及に努めている。
・ブログ「翻訳横丁の裏路地」
・翻訳勉強会「十人十色」主宰メンバー
JTF日本翻訳ジャーナル編集委員

 



2014年度第4回JTF翻訳セミナー
日時●2014年12月18日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●あなたの翻訳は大丈夫?~翻訳者による品質保証を考える~
講師●齊藤 貴昭(Saito Takaaki)(翻訳コーディネーター・社内翻訳者)
報告者●松本 かおる(翻訳者)

 



今回のセミナーでは、製造メーカーで品質保証業務に15年以上携わった齊藤貴昭氏が、翻訳の品質保証についてお話しくださった。
 
セミナーの内容は、翻訳者は翻訳の「職人」であれ、翻訳会社は「商人」として翻訳のプロであれという基本的考えが元になっている。

品質とは?

翻訳の「品質」とは、翻訳物の「質」(特性・条件)と「よしあし」(基準)である。そして品質管理とは、特性と条件を洗い出し、それぞれの基準を決め、そのばらつきを抑える作業だと言える。そのアプローチはさまざまあるが、今回は、特性・条件・基準を5W2H(Who、When、Where、What、Why、How、How many)で捉え、具体的な項目に落とし込んでいく機能分解的アプローチを紹介された。たとえば、Who(誰が読む、誰が評価する)は、翻訳会社のチェッカーやクライアントの担当者、最終読者が想定される。以下、翻訳者を含めた4者をベースに話を進める。

翻訳物の品質保証上の問題

翻訳の品質保証とは、発注者の要求品質の保証である。ところが、最終読者が求めるものと翻訳の発注者が求めるものが違い、さまざまな問題が発生する。当然、このギャップは埋めなくてはならない。翻訳者は、1)誰が、どこで、何のために、どのような機会に使用する文書なのか、2)どのような項目をどのようなレベルで求められているかを発注者に確認する必要がある。同時に、発注者(翻訳会社/クライアント)は、これらの内容を的確に把握し翻訳者に伝達しなくてはならない。

翻訳物のチェック

翻訳物のチェック項目は、「翻訳文の質」と「作業チェック(ヒューマンエラー)」の2つに分類できる。まず、翻訳文の質とは、「訳文の読みやすさ、流暢さ、スタイル」である。しかし、主観的で基準を設定しにくいのが実状である。また、恣意的なものや好みも含まれるが、これは翻訳会社がリスクをとるべきであり、翻訳者に責任はない。
これに対してヒューマンエラーは、素人でも明確に指摘できる「翻訳不良」であり、罪は重い。職人である翻訳者は「不良ゼロ」が当たり前と考えるべきである。
本セミナーの前にSNSを使い、「翻訳物の品質を向上/保証するために何をしていますか」というアンケートを実施したが(回答者はほぼ翻訳者とチェッカー)、翻訳技術向上ほどヒューマンエラーは真剣に捉えられていないようである。しかし、多くの顧客はヒューマンエラーがあると「翻訳の品質が悪い」と判断するため、翻訳者は翻訳技術の研鑽と同様に、ヒューマンエラー撲滅にリソースを割く必要がある。

ヒューマンエラー対策

対策の基本は、「後でチェックして直せばよい」ではなく、「最初からミスしない」というアプローチである。具体的には、次の4段階で対策を考える。
 
1)翻訳環境:「発生しにくい工夫」 ミスが発生しにくい環境を整備(例:複数または大型のモニタ、品質の高いメガネ、タイピングしやすいキーボード、タイピングの訓練、運動記憶の利用など)
2)翻訳前:「発生させない工夫」 事前準備でミス発生を抑制(例:資料やスタイルガイドの確認、あいまいな点を翻訳会社に確認、事前調査、原稿の加工など)
3)翻訳中:「発生させない工夫」 ミスしない工夫と直ぐにミスに気付ける工夫(例:コピペ、校正機能、音読、数字キーの音声発声、専門用語や固有名詞の調査など)
4)翻訳後:「流出させない工夫」 ミスを検出しやすくする(例は後述)
 
ヒューマンエラー対策を以下の6つのアプローチで可能なだけ多くリストアップする。
1)無しで済ます
2)やり方/手順を変える
3)道具を変える
4)やり直し可能にする
5)致命傷を回避
6)問題を逆手に取る
 
そして具体的なアクションを考え、効果の高い順に並べる。次に例を示す。
1)気を付ける:必ず再発するので、これは対策ではない。
2)コピペと上書き:訳抜けや転記ミスの防止で有効である。
3)自己多重チェック:同じフィルタをかけているだけなのでミスは流出する。
4)Easy to Notice:チェックのポイントを絞り込み、集中的にチェックできるので効果が高い。
5)他者多重チェック:フィルタが変わるのでミス流出を抑制できる。
6)機械化:ミス流出防止の究極の方法であり、理想的。
 
翻訳後のチェックは、1)チェック対象を絞って精度を上げる、2)チェックポイントを絞る、3)人間の知覚(聴覚、運動記憶、色認識、パターン認識)を利用する、がポイントとなる。
翻訳者単独で行う場合、上記の4までが実行可能であり、特にEasy to Noticeが高い効果を期待できる。
 
では、具体例をアンケートから紹介する。
「チェックシート」:「チェックせずマークだけ付ける」という状況に陥らないように注意が必要だ。チェック項目リストとして位置付ける。
「自己多重チェック」:寝かせる、印刷する、気分転換、音読などがあるが、このタイプのチェックは、客観性を演出し自意識をチェックモードへ切り替えるとともに、五感の総動員、認知/認識能力の導入がポイントになる。
「Easy to Notice」「機械化」:市販、自作、エージェント支給などさまざまなツールが挙がった。「機械化」(自動検査)の注意点は、検出精度の検証が必須。また、翻訳者の能力伸長へマイナスに働くこともあるので、使い方をよく考える必要がある。

自分の品質保証フローを作る

自分の品質保証フローを作る上で大切なのは、顧客へ翻訳不良が流出しない確信が持てる基準で、全数検査を行うことである。
まず、翻訳物には幅広いチェック項目(訳文の読みやすさ、流暢さ、スタイル、専門用語・定型訳の統一と適用、文法、用語集の適用、訳抜け、転記ミス、コメント等の不要情報の除去、スペルミスやタイポ、スタイルガイド、環境依存文字の混在、スペーシング、全角文字の混入、フォント指定など)があるので、これに基づいて自分の品質フローを決める。
フロー決めでは、一石二鳥を目指す、自己鍛錬をうまく盛り込む、修正で触った部分は後でチェックする、がポイントとなる。
そして、チェックフローを決めたら、それを絶対に崩さないことが大切だ。納期短縮を目的にチェックを省いてはならない。品質が保証されないと、あっという間に信頼は失われてしまう。
 
品質保証の責任領域だが、純然たる翻訳における瑕疵となる部分と、合意された翻訳仕様に基づいた作業については翻訳者の責任である。ヒューマンエラーはすべて翻訳者が保証すべきだ。
対して翻訳会社の責任は、顧客へ流出した全ての問題と翻訳文の恣意的差異/好みの問題、そして原文が多様な解釈ができ、その解釈に基づいた顧客からの指摘問題である。

感想

ポカミスによって翻訳物の品質は瞬時に低下してしまう。ミス対策を体系的に把握し、より効果的な方法を模索していた私にとって、今回のセミナーは大いに役立った。チェック項目や方法についてかなり整理できたと思う。セミナーではWildLightの概要が紹介されたが、講習会にも是非参加してポカミス根絶を目指したい。
 

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