英文契約書:ここで差がつくワンポイント翻訳レッスン
2014年度第6回JTF翻訳セミナー報告
英文契約書:ここで差がつくワンポイント翻訳レッスン
講師: 野口 幸雄
東京大学法学部卒業と同時に、味の素(株)入社。米国、ドイツ、フランスの駐在員を延べ9年間勤務の後、本社法務部門の担当者・責任者(役員待遇)として約20年間、内外の合弁事業、M&A、輸出入等の各方面の国際契約業務等に携わった。会社退職後、1999年から6年間、翻訳学校バベル・ユニバーシティ専任講師として、英文契約書の読み方・書き方の講義を担当、一方、各地の日本貿易振興機構(JETRO)、商工会議所、海外取引企業等で、英文契約書のセミナー講師を勤め、また、海外取引企業の英文契約コンサルタントを勤める。著書に、「基礎からわかる英文契約書」(2006年 かんき出版)、「ひと目でわかる英文契約書」(2011年 かんき出版)がある。
2014年度 第6回JTF翻訳セミナー
日時●2015年3月12日(木)14:00~16:40
場所●剛堂会館
テーマ●「英文契約書:ここで差がつくワンポイント翻訳レッスン」
講師●英文契約書翻訳者、企業国際コンサルタント/赤坂ビジネスコンサルティング代表
野口 幸雄 Noguchi Yukio
報告者●西田 利弘(個人翻訳者)
はじめに
英文契約書は、長い歴史的伝統に基づいて形式化・様式化された「決まり文句の集積体」である。基本的に、前文、実質条項、一般条項、結語・調印欄で構成され、重要な用語には、複数の意味がある一般用語(General Terms)ではなく、意味が一つしかない法律用語(Legal Terms)が使われる。(例)action「行動」⇒「訴訟(コモン・ロー)」、avoid「避ける」⇒「無効にする」、damages「損害」⇒「損害賠償」
英文契約書では、このようなAuthentic Legal English(正統派法律英語)がやさしい法律英語の実現を目指すPlain English Movementにもかかわらず依然として使われている。
英日翻訳のポイント
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「義務・強制」を意味するshallは「せねばならない」、「するものとする」と訳す。mustは、推定の意味もあるので使用しない。shallに代えてis obligated to, is required toを使える。
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二重語(doublets)は、一語として訳す。例)made and entered into「作成された」、null and void「無効な」、any and all「すべての」。二重語はフレンチ・ノルマン民族による英国征服という歴史的背景(両民族の言語の違い)によるとされる。
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英文契約導入部のconsiderationは「約因」と訳す。英米法では、Agreementは売買契約や秘密保持契約など双務契約bilateral agreementと贈与契約など片務契約unilateral agreementを含むが、ContractはAgreementの内で双務契約のみを指し、相互に義務の負担(consideration「約因」)が存在する。約因がない片務契約では契約違反があっても、日本など大陸法系諸国の契約法理論と違い、裁判所でも契約上の義務を履行強制できない場合があるとされる。
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hereunderは、under this Agreement、under this lawなどを意味する。underを「の下で」よりも「の上で」と訳す方が日本語として自然である。
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英文契約でif clauseの時制は、現在形とするが、日本文では過去形にするのが原則である。
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licensed patentは「実施許諾特許」、licensed trademarkは「使用許諾商標」と訳す。日本の特許法では「実施許諾」、日本の商標法では「使用許諾」という用語が使われている。
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failは「試みたが失敗する」、「努力したができなかった」と訳す。不可抗力条項などでfail in performanceを「履行を怠る」と訳すことがあるが、「サボる」という語感が強すぎる。
- and、orの訳は「並びに」と「及び」、「又は」と「若しくは」を区別する。「と」、「そして」、「或いは」、「や」は使わない。
日英翻訳のポイント
- 「生じる」の訳には、預金利息などプラスに生じるaccrueと借入金利息などマイナスに生じるincurがある。
- 「直ちに」immediately、「速やかに」promptly、「遅滞なく」without delay
- 「保証」 製品の品質保証などは warranty、他人の金銭債務保証などはguaranty
- 「希望する」desire
- 「信義・誠実」とgood faithとは違う。in good faithは日本の民法で規定されている「信義・誠実の原則に従って」と一般に解釈されているが、英米法では、Parol Evidence Rule(口頭証拠排除の原則)に基づく概念であり、「契約に記載されている条項は誠実に守る」ことを意味すると考えられている。
英文契約の一般条項解釈・翻訳のポイント
一般条項には35、6種類の汎用例があるが、この翻訳が一番難しい。
契約解釈条項 Construction of Agreement Clause
欧米諸国では、契約の原案を自社で作成した方が有利というのが常識であり、欧米諸国の当事者間の契約書に次のような条項がよく使用される。紛争が生じた場合、「原案作成側の義務を厳しく、権利を弱く解釈し、作成しなかった側の義務を弱く、権利を強く解釈する」というのがその趣旨である。日本の会社が契約当事者の場合、英文契約書作成能力の問題から原案を自ら作成する努力をせず、相手方の作成した原案に基づいて交渉することで満足している。日本人には、この条項の存在を殆ど知らされておらず、この条項が日本の会社を一方当事者とする国際契約に殆ど採用されない。
This Agreement shall not be construed more strictly against one party than the other merely by reason of the fact that it may have been prepared by counsel for one of the parties, it being recognized that both Seller and Purchaser have contributed substantially and materially to the preparation of this Agreement. Each party acknowledges, and waives any claim contesting, the existence and the adequacy of the consideration given by the other in entering into this Agreement.
[講師訳例]
「売主」及び「買主」双方が、本契約の作成準備に多大な且つ実質的な貢献を行ったとの認識に基づき、この契約書が単に当事者の一方の弁護士によって準備されたかもしれないことのみを根拠として、一方の当事者に対する本契約の解釈が他方の当事者に対する解釈よりも、より厳しく解釈されることがあってはならない。各当事者は、本契約締結にあたって、相手方当事者が提供した対価の存在とその相当性を認識し、且つ、一切の紛争的な請求を放棄するものである。
当事者関係条項 Relationship of Parties Clause
契約書記載の当事者間の関係が現在・将来において新たな特定の契約関係を生じさせたり、その前提となったりしないことを確認するために記載する。
準拠法条項 Governing Law Clause
準拠法は、契約当事者間の交渉上の立場の強弱で決定されるが、不動産売買などで不動産の所在地の法律を適用せざるを得ない場合がある(属地法主義)。両当事者の交渉力が対等で互いに譲り合わなかった場合、第三国の法律を準拠法にすることがあるが、当該第三国の国内法である国際私法(Conflict of Laws)により当該第三国の裁判所がその国の法律の適用を拒否する場合がある。
仲裁条項 Arbitration Clause
仲裁は一審制非公開で行われる訴訟外紛争解決手段。仲裁裁定(award)は、判決のように強制執行力がないので、「ニューヨーク条約」(仲裁裁定を執行判決に切り替える手続きを認めた国際条約)に加盟していない国の契約相手当事者は、仲裁裁定を履行せずに逃げることがあり得る。仲裁は世界的に増加しているが、日本ではあまり利用されていない。