日本翻訳連盟(JTF)

文系出身者は技術翻訳者になれるのか?~翻訳者に必要な資質と能力とは~

2015年度第1回JTF関西セミナー報告
文系出身者は技術翻訳者になれるのか?~翻訳者に必要な資質と能力とは~


田中 千鶴香



東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業。自動車会社、モンタナ州立大学ESLコース日本窓口、英語専門学校などを経て1996年よりフリーランス翻訳者。主にIT/ローカライズ、マーケティング分野を担当。ライフサイエンス分野も手がける。

フェロー・アカデミー カレッジコース講師(2015年9月~)

 著書(共著)『プロが教える技術翻訳のスキル』2013年講談社

日本翻訳連盟(JTF)理事・標準スタイルガイド委員長 

 



2015年度第1回JTF関西セミナー報告
日時●2015年7月11日(土)14:00 ~ 17:00
開催場所●AQUA 博多
テーマ●文系出身者は技術翻訳者になれるのか?~翻訳者に必要な資質と能力とは~
登壇者●田中 千鶴香 Tanaka Chizuka 技術翻訳者、JTF理事・標準スタイルガイド検討委員長 
報告者●重松 亜紀子(翻訳者)

 



 文系出身者でも技術翻訳者になれるのか。現在勉強中だが翻訳者になれるのか。今回のセミナーでは、技術翻訳に必要な能力や商品価値を高める工夫、翻訳者のキャリアパスなどについて、これから翻訳者を目指す人からベテランまでを対象に田中千鶴香氏がお話しくださった。JTFが九州でセミナーを開催するのは今回が初めてである。

産業翻訳者とは?~文芸翻訳者との違い

 文芸翻訳は書籍など出版物の翻訳である。出版不況で市場は縮小しているため、ベテラン翻訳家でも食べていくのは難しい。ベストセラーを訳せば大きな収入になるが、ベストセラーはなかなか出るものではない。一方、産業翻訳は企業、政府機関、団体などが発注元であり、分野はビジネス全般、技術IT、医薬、特許、金融、法務など多岐にわたる。仕事量は多く(文芸翻訳10%、産業翻訳90%)、市場は特に2020年に向け拡大している。また、映像翻訳も産業翻訳のひとつで、企業向けの需要が伸びている。
 文芸翻訳と産業翻訳の性質的な違いとして、文芸翻訳は「個人」で翻訳し「作品」として発表するものであるのに対し、産業翻訳は「チーム」で翻訳して「商品」として提供する点が挙げられる。「同じレベルのものを安定して提供」することが常に求められる。
 産業翻訳は技術革新を積極的に推進している。翻訳プロジェクトの工程管理や業務の効率化・改善に向け、新しい技術や各種ツールの導入が進んでいる。現在は機械翻訳の導入が盛んだが、生の出力をそのまま使えるレベルにはまだ到達していないため、「下訳→人間=後編集(ポストエディット)」の工程が必要である。開発にかかる投資とポストエディットの必要性から、実際のコスト削減効果については現在も確認できていない。ポストエディターが不足しており、専任者の育成が今後の課題である。

技術翻訳にかかわる人に必要な能力

1)外国語の能力:外国語で書かれた文章を正しく理解できる
2)母国語の能力:理解した内容を正確な日本語で書き表せる
3)専門分野の知識:基礎知識を持つ専門分野がある
4)調査力(好奇心):必要な情報を得るまで根気強く調査する

専門分野を選ぶときのポイント

 基礎知識があれば専門分野の知識はそれほど深くなくてもよい。実務経験はあったほうがよい。情報は日々更新されるので、自分の専門分野であっても知らないことがあるのは当たり前。翻訳者に一番必要なのは好奇心。好奇心をくすぐるような「萌え」ポイントのある分野の仕事を選ぶようにすると、知らないことを調べるときのわくわく感とそれが分かったときの充足感が原動力になって、力を伸ばせることが多い。
 
1)理解力:複雑な作業指示をすぐに理解できる
2)判断力:問題を切り分けて対処できる
3)コミュニケーション能力:必要な情報を簡潔に伝えられる
4)IT力:ツールやパソコンに強い

 複雑な指示を理解して適切に判断し、その判断の根拠を的確に伝えられるコミュニケーション能力が重要。ツールを使いこなす力も求められている。
 
 翻訳業界の変化として、国際規格ISO 17100認証サービスが日本でスタートする。この規格は翻訳会社における翻訳プロセスを規定したものであり、クライアント側が翻訳会社に求めるものである。第三者による客観的な評価であることから、取得のメリットとして、今後商品の差別化につながる可能性がある。国際規格ISO 17100が定める翻訳者の資格要件として、1)翻訳の学位取得、2)翻訳以外の学位取得と2年の翻訳経験、3)5年の翻訳経験、のいずれかを満たすことが求められるが、翻訳の学位を取れる大学や大学院が日本にはないのが現状である(海外にはある)。

商品としての翻訳

よい翻訳とは

・原文に忠実
・忠実であるべき相手を間違えない(英和辞典に忠実、ではなく原文に忠実)
・訳文が文法的・語法的に正しい
・原文と訳文の意味内容が同じ
・読み手に負担をかけない

 「高品質」以外にも、「納期」、「用語・スタイルガイド」、「お客様の好み」への対応が求められる。翻訳することだけにとらわれず、商品として何が求められているのかを理解することも必要。個人翻訳者の場合も同様で、単にスキルを売るのではなくお客様の求めるものを売ることが商売である。
 
 商品価値を高める工夫のひとつが、表記の統一である。和訳の場合、日本語スタイルガイドに沿って和訳文の表記を統一し、チェックツールを活用して効率よく確認すると品質の向上につながる。JTFでは『JTF日本語標準スタイルガイド(翻訳用)』と「JTF日本語スタイルチェッカー」を無償提供しているので、こちらの活用も検討するとよい。ISO/DIS 17100において、"style guide"への準拠は翻訳プロジェクトの要件のひとつである。

翻訳者として働く姿勢

新人翻訳者さんへのアドバイス

・実務の経験と知識は必ず役に立つ
・翻訳者はチームの一人
・だからといって「量産機」にはならない
・必要な能力を身に付ける
・好奇心を持つ
・情報を信じて、疑う
・調べ物は誠意と努力
・仲間内だけで自己完結しない
・知らない世界に目を向ける
・中長期のキャリアを考える

 経済界は取り替えのきく労働力を求め、私たちもその流れに洗脳されているのかもしれない。世は企業のブラック化が叫ばれているが、ひとりひとりが取り替えのきかない人材になることが何より重要。「量産機」型の翻訳者にならない、というのはそういう意味である。
 
・文系出身者が技術翻訳者になれますか
・定年退職後でも翻訳者になれますか
・育児中ですが、翻訳者になれますか
・勉強中ですが、翻訳者になれますか

 答えはすべて「YES!」。社内翻訳者、在宅フリーランス、派遣、オンサイト契約翻訳者など、翻訳者には百人百様の働き方がある。「翻訳」という枠にとらわれず、翻訳+ライティング、+技術開発(ツール開発など)、+教育、+コンサルなどの形で、さまざまな活躍が期待できる。優秀な人はひっぱりだこで、変化する市場に柔軟に対応できれば、チャンスはいろいろな形で訪れる。また、日本人は言葉へのこだわりが強く、本物志向であるため言語サービスは向いていると言える。細かい点に気づきやすいという点では、女性も翻訳に向いている。遅すぎる/早すぎるということはない。基礎知識をきちんと習得したら、あとは自ら学んでゆくことが大事である。組織内での勤務(翻訳会社、企業内翻訳など)と在宅勤務を状況によって切り替えながら働くことも可能で、長い目で自分のキャリアを考えるとよい。
 

 

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