日本翻訳連盟(JTF)

日本通訳翻訳学会第16回大会

日本通訳翻訳学会第16回大会

開催日:2015年9月12日~13日

会場:青山学院大学               

報告者:(株)翻訳センター 三宅理恵

 
日本通訳翻訳学会の今年の大会は東京の青山学院大学で開催されました。
本報告では、大会の最初のシンポジウムの内容、および多種多様な研究発表から、翻訳業界の皆様に特にご関心をお持ちいただけると思われる(河野編集長のチョイスによる)2つの発表についてまとめた報告を掲載致しますので、以下のリンクからご覧いただけましたら幸いです。 

シンポジウム
「歴代会長に聞く日本通訳翻訳学会の過去・現在・未来」:

初代会長 近藤正臣先生のご講演

第二代会長 鳥飼玖美子先生のご講演

第三代会長 船山仲他先生のご講演

研究発表からのピックアップ:

1.翻訳テクノロジーのeラーニング化の提案

発表者:山田優先生(関西大学)、立見みどり先生(立教大学)

2.エラーカテゴリーに基づく翻訳学習者の学習過程における習熟度の分析

発表者:山本真佑花氏(神戸女学院大学大学院 博士前期課程2年)、田辺希久子氏(神戸女学院大学)、藤田篤氏(情報通信研究機構)
 
以下、大会全体について、報告者による個人的な感想を交えながらレポートさせていただきます。大会の雰囲気や、研究発表の多様さが皆様に伝わりましたら幸いです。
 
報告者にとって、日本通訳翻訳学会に参加するのははじめてでした。
翻訳のお話も通訳のお話も聴けるということは大変な魅力であり、もともと個人的に興味があったこともあり、とても有意義な二日間でした。

シンポジウムについて

シンポジウムは、非常に印象的な内容でした。
日本通訳翻訳学会の歴代の会長の方々による、学会の歴史についてのお話では、かつて日本における通訳の位置づけがどのようなものであったか、そしてどのような形で通訳研究を発展させ、学会を立ち上げたか、そしてどのように学会を運営して発展させてきたか、という詳細な流れを知るとともに、通訳研究の入門となるお話を伺うことができました。

初代会長 近藤正臣先生

近藤先生が、何も形がないところから、研究会をスタートさせ、それを継続し、正式に学会として発足させるためになさった努力は、並大抵のものではないと思います。重大なご病気を経験されながらもそれを克服し、お元気にご活躍になりながら、私どもに発足の経緯をお話くださいました。大変貴重な機会で、会場にいられるだけでも光栄なことでした。少々驚いたのは、国内外の様々な通訳のエキスパートのお名前も出てきたことです。ご自身が様々なことを成し遂げられても、教えてくれた人々、貢献してくれた人々のことを忘れずにいらっしゃるということはとても素晴らしいことです。また、多くの人たちとのネットワークがあってこそ、近藤先生は多くのことを成し遂げることがおできになったということなのかもしれません。
近藤先生は、報告記事の素案へも大変熱心に手を入れてくださり、ほぼ、近藤先生ご自身がお書きになった内容となっておりますので、そのまま掲載させていただきます。当日ご講演をお聴きになれなかった皆様にも、講演の様子が目に浮かぶような、臨場感のある素晴らしい文章です。

第二代会長 鳥飼玖美子先生

多くの取組みをなさってきた鳥飼先生ですが、翻訳に関する仕事に従事している者たちにとっては、翻訳研究を日本通訳学会に採り入れ日本通訳翻訳学会として発展させて下さったことが、決定的に重要であり、感謝しなければならないと感じます。プロとしての通訳者・翻訳者の地位について懸念しておられるのは同感で、ボランティアが増えるのはよいことであると同時に難しいジレンマでもあります。多くの若い人たちに英語を学んでもらい、ボランティアを含めて様々な形で英語を駆使して活躍してもらいたいのは本音ですが、一方で、どうしたら専門家を教育したり現在の専門家を尊重したりすることができるでしょうか。2020年は一つの節目になると思いますが、先が読めないだけにとても気になるところです。
鳥飼先生は、報告記事の作成にあたり、報告者の言い回しを細かく丁寧に直してくださり、「話し言葉と書き言葉は違う」ということを教えてくださったように思います。「こういう言葉で話したが、記事としてきちんと書くとこの言葉のほうがよい」という先生のこだわり、信念のようなものがみえました。
鳥飼先生は、ご自身のお話になった内容にとても責任を感じられ、忠実な再現をお許しくださいました。日本の将来、とくに若者への教育や職業選択についてお考えになり、それを発信され、多方面でご活躍になっている鳥飼先生ですが、小さなことを丁寧になさっている方なのだと実感しました。

第三代会長 船山仲他先生

船山先生は、通訳研究についての基本的な事柄を、分かりやすく面白い例文をあげながらご説明くださいました。通訳の仕事をするだけではなく、理論を研究なさっているのは素晴らしいことだと思います。鳥飼先生が通訳理論の研究を発展させてほしいとおっしゃいましたが、実際に船山先生のお話を伺うと、通訳は英語ができるだけでは不可能なものなのだ、ということを実感させられます。このように様々な意識をもってなされているのは驚きです。
船山先生が英語の例文をあげながら大変分かりやすくお話くださったことは、とても有難く感じられました。“概念”という言い方は初心者には難しく感じられますが、取り上げられた例文のおかげですんなり理解ができます。その面白いこと、報告者は例文そのものにすっかり魅了されました。イメージしやすく、ユーモアを感じる例文です。ご許可をいただいて報告記事でも引用しておりますので、ぜひ英語に少しでもご関心のある皆様にお読みいただきたいと思います。通訳研究のはじめの一歩に、船山先生の楽しく興味深いご講演を伺えて幸運でした。さらに、船山先生の発音はとてもきれいで、大学時代から通訳をなさっていたことが表れているように感じました。先生(講演者)が、聞いて楽しめるような英語の発音をすることも、(お手本というのみならず)生徒・受講者を惹きつけ学習意欲を高めるためにとても役立つのではないでしょうか。(自分も高校時代に英語の先生の音読を聴くことが好きでした)
船山先生は、報告者の知識不足を補うべく丁寧に原稿をご修正くださいました。分かりやすい内容なので、皆様もぜひご覧になりお勉強なさってください。

研究発表について

翻訳や通訳についての多くのセッションがあり、様々な発表を聴きました。

ピックアップする発表

今回ピックアップしてご報告します、(a)翻訳テクノロジーのeラーニングの教材についての発表、および(b)大学および大学院での翻訳学習者のエラーの類型についての発表は、翻訳や翻訳テクノロジーを学ぶ人々のサポートという視点からなされている研究と言ってもよいと思います。
(a)につきましては、発表者ご自身が一からご執筆くださいました。(b)につきましては、報告記事の作成にあたり、発表者の皆様の詳細なご校閲をいただきました。
詳細は、上記のリンクからぜひお読みください。実際に翻訳教育に携わっていらっしゃる方々のみならず、翻訳学習者やこれから学習しようとしていらっしゃる方々にとっても参考になる情報があると思います。
 
上記のピックアップした2つの発表に共通していたのは、「教育」という視点でした。
 
JTFジャーナルのMultiLingualの紹介ページでは、今回、スペイン語についての記事を取り上げますが、その中で筆者が述べていたとても印象的な言葉があります。
If today’s schoolchildren are the translators of tomorrow, then Spain’s translation industry could be at a crossroads.(今日の学校の生徒が明日の翻訳者であるとするなら、スペインの翻訳産業は岐路に立っている。)
creative and communications writerであるBen Whittacker-Cook氏の言葉です。さすがにライターの方で、全体的な英語の表現が素晴らしいのですが、特にこの一言が、ちょうど個人的な関心事項や通訳翻訳学会から受けた感想と一致しているように思われてならないので、日本語ではなくスペインで使用されているスペイン語についてではありますが、引用させていただきました。
 
個人的にも、翻訳や通訳の根幹には学校における英語教育があると考えています。
大会での英語の教育そのものについての発表といえば、広島大学大学院で英語教育について研究していらっしゃる守田智裕さんのご発表内容が素晴らしかったです。英語を教える際に英文の和訳をハンドアウトすることがありますが、どのような生徒に向けたものか、どのようなねらいのものかで、先生の訳し方が変わるというものです。先生らしく工夫のこらされたプレゼンで、猫についてのスライドもあったので、ご自身のご承諾をいただき、ここに掲載させていただきます。掲載のためにわざわざスライドに手直しをしてくださいました。スライドが示すのは、用いる言語によって認知のしかた(どこから見るか)が異なるというものです。このような面白い、親しみやすい工夫はとても大切で、この猫の描かれたスライドだけでも、読者の皆様にとって英語や英語教育、通訳、翻訳というものが身近に感じられたのではないでしょうか。

(スライド提供:広島大学大学院教育学研究科 博士課程前期2年 守田智裕さん)

まとめ 

翻訳と通訳、どちらの立場でも、言語方向にかかわらず、正しい情報を、正しい言葉で伝達するというのは共通することではないでしょうか。
書くこと、話すこと、似て非なるものですが、いずれも、とても大切なものを扱っていると思います。
異なる言語間で意志の伝達をするのは不可欠なことであり、異文化を結ぶことができるのもやはり言葉です。だから外国語を学ばねばならないとずっと思ってきましたが、最近、不思議な体験をしました。
親戚の幼児と接したとき、英語、日本語という観念がまだないのを感じたのです。まだ文字が読めないというのもあるのでしょうが、英語は外国語だから分からないという先入観のない小さい子どもにたいして、異質なもの、という感じを与えないことが大切だと思います。自分はバイリンガルでも児童心理の専門家でもありませんが、子どもと一緒に英語を目にしたときに大人がどのような反応や働きかけをしたらよいのか、ということを考えるきっかけとなりました。そしてまた、言葉以外にも、人と人との意思疎通を可能にする(または人に何かを伝え認識させる)ものがあるのではないかということを教えられました。それはひょっとしたら、子どもが認識しているような何かのイメージなのかもしれません。
 
 皆様の通訳研究・翻訳研究の積み重ねが、いつか、最近生まれたばかりの世代のみんなの役に立ち、さらに継承されていくことになるでしょう。
 翻訳に関連しつつも英語そのものの教育について研究をされている方による発表もみられたように、これから日本通訳翻訳学会で扱われていく内容は広がり、より総合的になっていくことも考えられますが、設立の趣旨と歴代の会長の皆様が取り組んでこられた内容を忘れずに、皆様の知恵と創意工夫を合わせて、ますます発展していかれることを心から願っています。

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