日本翻訳連盟(JTF)

第三代会長 船山仲他先生のご講演

シンポジウム
「歴代会長に聞く:日本通訳翻訳学会の過去・現在・未来―知の継承のために」


「通話プロセスの分析可能性」

第三部:第三代会長 船山仲他先生
 

 日本時事英語学会(現「日本メディア英語学会」)の関西支部同時通訳論研究分科会で活動していたが、2000年の日本通訳学会設立時に合流した。
 これまでの通訳プロセスの研究は、言語学、心理学、社会学、情報科学等の既存の学問分野で得られた知見をベースにするものが多いが、独自の視点から通訳プロセスを分析する可能性を考えたい。通訳理論としてしばしば言及されるセレスコビッチの「脱言語化」の概念についても、もっと具体的に説明したい。

 

(1)
 (a) A giant chicken marched angrily across the street.
 (b) There’s a KFC outlet right across the street.
 [Langacker (2006:22)]

(船山先生のご講演スライドより引用)
 
 (1a)の表現を聞いて“巨大なニワトリがぷりぷり怒りながら歩いている”状況を思い浮かべたら、“その動作”と“通り”の関係を示すacrossは“横切る”という概念で捉えるのが自然であろう。他方、(1b)の場合、KFCの店の存在が頭に浮かんだ段階でacross the streetという表現が入ってきたとすると、その表現がもたらす情報は自然に“道の向こう側”と解釈されるであろう。要するに、辞書に記載されているように、acrossの意味として、①「を横切って」、②「の向こう側に」があって、聞き手が文脈によってacrossの意味を選択する、というプロセスではなく、acrossという表現が現れる前に当該の状況が頭の中に浮かんでいて、それに照らしてacrossが表す概念が決まる、というのが実態ではないか。
 同じようなことは、主語と述語の関係など他の文法関係についても当てはまると考えられる。さらに一般化すると、世界についての常識に基づいて、表現が聞こえた個々の段階で次々と概念的な広がりが展開すると考えることもできる。そういう特徴は、次のような例にも現れる。

(2)
 (a) In the evening stores are open between 7 and 10.
 (b) ?* In the evening stores are open between 10 and 7.
 [Langacker (2008:502)]

(船山先生のご講演スライドより引用)
 
 一般的に、夜間の開店時間として“7時から10時”ならばすっと理解できるが、“10時から7時”と言われると、首をかしげる。その“7時”というのは朝の7時なのか、と考えることもできるが、深夜営業をしそうでない店なら理解しがたい。このような例は、聞き手がもつ常識も発話理解に関わっていることを示唆する。
 発話理解の実態がこのようにオンラインで展開するならば、同時通訳もそれほど特殊ではないと言えることになる。形式と意味の関係を基本単位として考える言語学的な発想を変えることによって、通訳研究にも新しい地平を切り開くことができるのではないか。

 


参考文献

Langacker (2006). Subjectification, Grammaticization, and Conceptual Archetypes. In: Subjectification: Various Paths to Subjectivity, (eds.) A. Athanasiadou, C. Canakis, B. Cornillie. Berlin: Walter de Gruyter.

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