翻訳テクノロジーのeラーニング化の提案

翻訳テクノロジーのeラーニング化の提案(1日目c-4)


発表者:山田優先生(関西大学)、立見みどり先生(立教大学)
 
発表概要:山田優先生による翻訳テクノロジー教育の背景説明、立見みどり先生による教材の紹介
 
サイトを使ってみてください!! 
http://www.apple-eye.com/ttedu

「翻訳を教える」とは何か?

 そもそも、『翻訳通訳教育』を大学・大学院で行う意義とは何でしょうか。
これまでの翻訳通訳教育は、民間のスクールで(現役ないし、かつて現役であった)実務者が教育に携わっていました。この状況は2015年現在でも続いていますが、他方でISO17100の発行により、正式な大学・大学院での教育に重きが置かれるようになってきているのも事実です。ISOが目指す翻訳通訳者とは標準化したスキルです。その意味でも、大学・大学院が目指すのは、翻訳の基礎を育てることであり、将来的に名翻訳者をめざせるような基礎体力づくりの教育です。この視座に立てば、大学教育機関(formal education, institution)と民間スクール等(vocational school)の教育組織は対立するものではなく、共存関係にあるといえるでしょう。

教育内容

 では、大学・大学院で、学生に何を教えるべきでしょうか?学生は何を学ぶのでしょうか?まず、大学(学部)と大学院(修士・博士課程)を一緒くたに議論できません。一般的に、大学院の修士レベル(博士前期課程)では「専門職教育」を行います。これに対し、学部(Undergraduate)での教育は、語学力身につけます。

大学院における専門家教育

欧州にはEMT(欧州翻訳修士号:European Master’s in Translation)という認証制度があり、プロとしての翻訳通訳者養成に必要な標準的カリキュラムのガイドラインを提供しています。この認証を受けた大学院は、欧州で一定の基準を満たしている専門家養成大学院として認知されます。EMTではプロ翻訳者に必要なスキルを「翻訳コンピテンス」として定義しています。

 学部における語学教育とTILT

 学部での語学教育はどうでしょうか。語学教育、とりわけ日本における英語教育は1990年代以降、概ねコミュニカティブアプローチ、CLT(Communicative Language Teaching)を中心としたモノリンガリズム(目標言語主義:英語は英語で学ぶ、日本語のような母語を介して学んではいけない、という考え方)が主流で、母語以外の言葉を教室内で使用することは積極的に奨励されてきませんでした。訳すことは、古典的な「文法訳読法(GT-M Grammar Translation Method)」を想起させる教授法として排除・軽蔑されてきました。
 ただ、ここ最近、このようなモノリンガリズムの語学教育状況に変化が現れています。外国語教育に訳の復権・復興を説く研究者が多く現れていて、TILT (Translation in Language Teaching) として、新たな外国語教育のアプローチの1つになってきています(Cook, 2010)。日本の英語教育でも広く使用されるCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)にも、これまでの語学の基礎能力に加えて、新たなに仲介能力(mediation)が追加されたことで、通訳翻訳能力が語学の能力の一つの側面であると認知されるに至っています(染谷, 河原, 山本, 2013)。1990年代から、欧州では、readingリーディング、writingライティング、listeningリスニング、speakingスピーキングの4つの言語能力に加え、translationトランスレーション(訳す)を5つ目のスキルとして捉え、翻訳を外国語教育に採用していた経緯があります(Witte, Harden, & Harden, 2009の論集など参照)。

なぜ翻訳テクノロジーを学ぶのか?

 ではなぜ、翻訳テクノロジーを学ぶ必要があるのでしょうか?現時点で考えられる理由は以下の通りです。

  • プロの翻訳者であれば、翻訳メモリなどのテクノロジーを使う機会が多い

    欧州では​8割以上の翻訳者、日本国内でも5割近いプロ翻訳者が翻訳メモリ等のツールを使って仕事をしています(日本翻訳連盟, 2009, Lagoudaki, 2006)。だから大学でもツールを学ぶべきだ、と結論付けるにはいささか短絡的過ぎるのは承知していますが、教育現場でのツールの認知度の低さを考えても必要だと考えます。

  • EMTでも「テクノロジー」は翻訳者のコア・コンピテンスとして挙げられている

    先述した欧州翻訳修士号(​European Master’s in Translation)という制度でも、専門家教育に「テクノロジー」が挙げられています。一般的に、翻訳者には語学能力以外に専門分野(例えば、医療やIT等)の知識が必要と言われるが、このような要素と同列にテクノロジー・コンピテンスが重要だと掲げられているのは見逃せない事実です。

  • 翻訳行為(translating process)とは何かを考える

    そもそも人間が翻訳を行う場合は、辞書をみたり資料を調べたりするはずです。訳語を考えたり、訳文を思いつくまでに至る作業・工程・プロセスは、「人⇔辞書・資料」との「相互作用 ​interaction」であることは自明です。この作業を主に支えているのはコンピュータのようなテクノロジーであるのが今であり、こう考えると翻訳の作業をいうのは「人⇔コンピュータ」の相互作用とも換言できます。実際に翻訳学の分野ではTranslation as HCI(human-computer interaction)と捉え、翻訳者の訳出プロセスの解明にあたる研究者もいます(O’Brien、2012等)。

なぜEラーニングなのか?

 翻訳テクノロジー教材をEラーニング化した目的・背景は、以下の通りです。

 1) 翻訳通訳の授業が大学で増えている一方で、教師不足という問題が深刻化している

 2) 翻訳通訳教育の効果に関するメタデータ収集が蓄積できること

 3) 目まぐるしく発展や変化を繰り返すテクノロジーの記述/説明に柔軟に対応できる

想定する利用者・利用方法

 本オンライン教材は、日本国内の大学教員が、大学・大学院のクラスの補足教材として使うことを想定していますが、業界の方にもお使いいただけます。

  • 対象学習者:学部生(3~4年生)、大学院1年生(M1)、業界初心者

  • 使用方法:大学の授業(完全なセルフラーニングは想定外)。教員の指導の下で、反転授業、クラス内ディスカッションができること。ただし、ある程度は自習できる資料や練習問題、理解度チェックシートを用意しているので、セルフラーニングも可能です。

教材構成

  • 各トピック(例:ポストエディット)は、6つの動画で構成されています。

  • 動画は各10分程度。

  • 1本の動画に、『講義目標 takeaway』を設けてあります。

  • 各動画には「確認問題」を用意してあるので、学習者は動画を見た後に、この確認問題に回答することで講義目標の確認・復習を行うことができます。

  • 動画で使用したスライドは、「パワーポイント」からダウンロードできます。

活用方法(基礎)

  • 動画は、1本10分程度なので、例えば、授業内で1本を全員で見たあとに、残りの2本を宿題とし、そのテーマの「確認問題」を課題として作業させ、次週の授業で回収するというパターンが理想的です。

  • つまり、1週間に3本程度の動画をカバーするのが目安です。

導入例:シラバスへの落とし込み(2ケース) 

 では実際の授業での導入例を紹介します。おおよそ2つのケースを想定しています。

ケース1:「翻訳テクノロジー演習」という名目の授業(15週間)が設置できる場合
ケース2:通常の翻訳の授業の中に数トピックを折り込む場合

ケース1:「翻訳テクノロジー演習」という名目の授業(15週間)が設置できる場合

 翻訳テクノロジー演習」という授業が設置できる場合は、1トピックを2~3週間割ければ、15週間の授業で4~5トピックをカバーできる計算になります。

授業運用

 1つのトピックに2~3週間割り振った場合の授業進行の例を、以下に記します。ここでは「ポストエディット」を例に挙げています。
授業運用例:
トピック:ポストエディット

授業範囲

レッスンプラン

Week1

動画:第1回~第3回

導入 10min
第1回の動画を教室内で見る 10min
そのあと「確認問題」を授業内で行う 20 min
グループ議論 40min
残りの第2回と第3回を宿題にする 10min

Week2

動画:第4回~第6回

第2回と第3回の宿題を回収 10min
その内容についてクラス内で議論 20min
第4回の動画を見る10min
確認問題を行う20min
グループ議論20min
残りの第5回と第6回を宿題にする 10min

Week3

強化演習

第4回と第5回の宿題を回収 10min
その内容についてクラス内で議論 20min
実際のポストエディットの演習を行う 30min
グループ議論20min
まとめ10min

ケース2:一般的な翻訳の授業の中に数トピックを折り込む

 実際問題として翻訳テクノロジー専門の授業を配置するのが難しい場合も、任意のトピック1つか2つを、授業で採用して頂ければ良いと思います。ポストエディットを例に挙げるならば、従来の翻訳の「エディットや修正」と比較してもいいでしょう。「下訳」として機械翻訳を使った場合の修正作業と、他の人間の翻訳の下訳を修正するのを比較するのも良いでしょう。「訳出速度」を計測してみてもよいです。1分間に何ワード訳せるのか(word per minute WPM)を計測します。普通に翻訳した時とポストエディットとでは、実際の訳出速度は変化するのか(速くなるのか)を比べるわけです。
 このように、一般的な翻訳の授業の一部として折り込むことで興味深い議論を行えると考えます。

使ってみてください

 とにかく今は多くの方にお使い頂いて、要望、質問、改善案などをご教示いただきたいです。

質疑応答

●完成時期は?
→来年の4月までには6つのコンテンツを完成させたい。来年の4月にはじめてできる状態にする予定です。
●翻訳メモリを活用とあるが、プラットフォームは何を?
→Memsourceを使用します。誰でも無料で使用できるパーソナル版があり、動作は遅いがウェブでも使えるという理由です。
●MTエンジンは何を使う?
→汎用のものです。「みんなの自動翻訳」の活用方法も含めます。
●このコンテンツはこれだけで完結ですか。
→英語の授業とeラーニングの組み合わせを前提としています。つまり、現状はブレンド型学習用です。完結型になるかどうかは未定です。
 
 
注:本稿は同サイト(http://www.apple-eye.com/ttedu)内の論考『翻訳通訳教育のオンライン教材化(e-learning化)に向けて ― 翻訳テクノロジー教育の意義とは ―』および第16回日本通訳翻訳学会での発表、質疑応答をベースに書き改めたものです。
 

 


著者紹介

山田 優(YAMADA Masaru)
E-mail: yamada@apple-eye.com
関西大学 外国語学部・外国語教育学研究科 准教授。日本通訳翻訳学会 翻訳通訳テクノロジー研究プロジェクト代表メンバー。主な研究分野は翻訳テクノロジー、訳出プロセス、翻訳通訳教育(TILT・TIリテラシー)など。
 
立見 みどり(TATSUMI Midori)
E-mail: tatsumi@rikkyo.ac.jp
立教大学大学院 異文化コミュニケーション研究科兼任講師。日本通訳翻訳学会 翻訳通訳テクノロジー研究プロジェクトメンバー。主な研究分野は翻訳テクノロジー、機械翻訳評価、ポストエディットなど。
 


参考文献

Cook, G. (2010). Translation in language teaching. Oxford: Oxford University Press.
[日本語訳:斉藤兆史・北和丈 (2012) 『英語教育と「訳」の効用』 研究社
Lagoudaki, E. (2006). Translation memories survey 2006: Users’ perceptions around TM use. [Online]
Retrieved October 10, 2010, from
 http://isg.urv.es/library/papers/TM_Survey_2006.pdf.
O'Brien, S. (2012). Translation as human-computer interaction. Translation spaces, 1 (1). 101-122.
Witte, A., Harden, T., & Harden, A. (2009). Translation in Second Language Learning and Teaching, Oxford: Peter Lang.
染谷泰正 (2010)「大学における翻訳教育の位置づけとその目標」『外国語教育研究』3, 73-102.
[Online] http://www.kansai-u.ac.jp/fl/publication/pdf_ department/03/04someya.pdf (2015年6月1日)
染谷泰正・河原清志・山本成代 (2013)「英語教育における翻訳(TILT: Translation and Interpreting in Language Teaching)の意義と位置づけ」 語学教育エクスポ 2013
[Online] http://someya-net.com/99-MiscPapers/TILT_Symposium 2013.pdf (2014 年 12 月 1 日)
 

 

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