日本翻訳連盟(JTF)

1-4 実況、翻訳会社のトライアル採点

パネリスト:

石川 正志 Ishikawa Masashi

株式会社ワードトラスト 代表取締役。翻訳会社に翻訳コーディネーターとして勤務した後、英国に留学。帰国後、外資系証券会社、外資系運用機関にて金融翻訳、ライティング業務に従事。2002年に独立し、2004年に金融専門の翻訳会社を設立、現在に至る。

仲山 裕子 Nakayama Yuko

株式会社 川村インターナショナル管理グループマネージャ。2001年入社。主としてマーケティング文書の品質管理、コーディネーション、社内翻訳を担当。品質管理担当として翻訳トライアル作成に携わる。2013年からは登録翻訳者の採用業務の全社統轄を担当。現在は、登録翻訳者/チェッカーのほか、社内翻訳者、通訳者の採用を含め、人材に関連する業務を担当。

吉田雅弘 Yoshida Masahiro

C社翻訳部 専任主任。大手精密メーカーで製品設計に長年従事し10製品以上の開発に携わる。その経験を活かして米国に赴任し、現地技術サポート・交渉及び日本側との連絡役を務める。2012年から翻訳部に所属し、コーディネーター及びチェッカーを担当。主に日英翻訳で、製品マニュアル、仕様書、論文などの技術系から、報告書、規定書、教育資料などの事務系までを幅広く担当。2013年からは翻訳品質向上の活動にも関わり、翻訳者採用業務も兼務している。

モデレーター:

矢能千秋 Yano Chiaki

日英・英日翻訳者(専門:鉄道)。レッドランズ大学社会人類学部卒業。サイマル・アカデミー翻訳者養成コース本科(日英)修了。NPOえむ・えむ国際交流協会(代表:村松増美)事務局を経て、2001年よりフリーランス。日本翻訳者協会会員。英語ネイティブ校正者とペアを組み、スピーチ、ウェブコンテンツ、印刷物、鉄道、環境分野における日英・英日翻訳に従事。2012年よりサン・フレアアカデミーにてオープンスクール講師も務める。「日本翻訳ジャーナル」では連載コラム「翻訳と私」を担当。共訳書『世界のミツバチ・ハナバチ百科図鑑』河出書房新社。
 

報告者:玉川 千絵子(フリーランス翻訳者)
 



このセッションでは、翻訳会社で実際に翻訳者採用に携わる3人のパネリストを迎え、3パターンの訳例と各社の採点結果を使い、翻訳会社ではどのような点に注目して合否を判断しているのか、またどのような翻訳者を採用したいと考えているのかなどについてのディスカッションが行われた。

まずは、各社の募集要領を比較。各社とも、必要なスキルとして翻訳分野の専門知識や翻訳経験が募集要領にあげられているが、実際は経験年数ではなく、トライアルの結果を見てそれと同等の実力がある人を採用しているそうだ。CATツールについては、仲山氏が挙げた募集要領例には歓迎スキルとして、使用経験または導入予定や学習意欲などがあげられていた。さらに、石川氏の会社の募集要領には、翻訳者としては当然の前提である日本語能力とリサーチ力がきちんと明記されていた。

次に、環境問題についての英文記事を題材に、3パターンの訳例を使い各社の採点ポイントを説明してもらった。最初は訳例Aから。吉田氏の会社の採点基準は、1.正確性(意味等価の訳出)、2.読み手を理解させる工夫(簡潔、配慮)、3.仕上がり(仕様の遵守、凡ミス)だ。そして、合否のポイントは、すぐに翻訳を案内できる水準か、つまりこの会社では、既存の担当翻訳者以上のレベルが求められている。訳例Aは、訳語選択や凡ミス等があるが、全体として読みやすくリサーチなどの配慮がなされている点が加味され、合格との評価だった。仲山氏の会社では、ISO17100に規定されている翻訳者の力量要件に準じた15から20の項目について減点方式で採点し、基準点に達したものを合格としている。それらの採点項目の中には、日本語の流暢さはもちろん、原文理解や文章の目的を考えて読み手へ伝わるような訳文になっているかをチェックする項目もある。訳例Aは、多少の誤訳で減点されているが、基準点は満たしているので合格と評価された。石川氏の会社では、1.原文の理解、2.リサーチ、3.読み手への配慮、4.文章の処理やロジックが通っているかなどを採点ポイントとしている。訳例Aは、文章にリズムがあり、原文の意味を理解して翻訳しており、読み手に配慮した文章処理をしていることから合格との評価になった。

その後、同じ評価基準で各社から不合格の判定を出されてしまった訳例Bについて、各社の採点原稿をもとに説明がなされた。不合格の理由として各社ともあげていたのは、誤訳や原文の理解不足などから、全体的に読みにくく、読者に伝わらない訳文になっているという点だった。また、訳例Cについては、日本語として読みやすくする工夫はされているが、大きな誤訳があり、吉田氏と仲山氏の2社が不合格、石川氏の1社が一応合格との判定だった。

それでは、各社にはどのくらいの翻訳者が登録しており、実際に稼働している人数はどれぐらいなのだろうか。また、トライアルの頻度と合格率はどうなっているのだろうか。吉田氏の会社では、登録者は30人ほどで、稼働しているのは5、6人。トライアルは年に2、3回行っており、40から60人が応募してくるが、合格者はそのうち1、2人とのことだ。仲山氏の会社は、登録者約1000人で、稼働しているのは200人程度。トライアルはほぼ常時実施されているが、100人の応募者中20人ほどが合格する。石川氏の会社は金融翻訳を専門としており規模も小さいので、登録翻訳者は英日で5人(稼働3人)、日英で10人(稼働4人)ほど。有償でのトライアルを行っており、だいたい応募者10人中1人の合格率になっている。しかし、現実にはトライアルに合格しても仕事が来ない翻訳者もたくさんいる。こうした翻訳者はどうすればいいのだろうか。この質問に対し吉田氏は、「翻訳会社としては、分量が多くても高い品質でこなしてくれる翻訳者に依頼する。初めての依頼には、分量がそれほど多くなく、その翻訳者の専門に適した案件を案内したいが、そうした適当なものがなかなか見当たらない」と答えた。さらに、トライアル合格後も努力をして実績をつくり、それを積極的にアピールすることや、翻訳会社を訪問することも有効と語った。また、困った翻訳者の例としては、以前に同じ会社のトライアルを受けたことを忘れている、PCの基本操作ができない、トライアル合格後に非常にミスの多い訳文を出されたなどの意見があった。

翻訳会社では、どのような翻訳者を求めているのだろうか。石川氏は、先ほどのトライアル採点基準をあげ、翻訳者には専門性とプロ意識、そして相手への配慮が必要だと言う。仲山氏は、翻訳者は翻訳によって対価をもらっているという意識を持ち、知識を高める努力をしている人を採用したいと述べた。吉田氏は、品質に安定感のある人を優先したい。分野が異なってできないのなら断るべきだし、一度引き受けたのなら最後まで責任を持ってやって欲しいとのことだった。

ここで、会場からの質問を受け付けた。最初の質問者はトライアル要領に書かれている経験年数に満たなくても応募できるのかというもの。この点について仲山氏は、経験年数を問わず応募は可能で、基本的には訳文を見て合否を判断しているが、翻訳を始めてからの年月が浅い人は自分の実力を見極めて応募するのが大切と答えた。つぎに、トライアルではなく実際の案件で締切を30分遅れて提出したが、この場合の評価はどうなるかとの翻訳者からの質問があった。吉田氏は早い段階で連絡するなどの対処があれば認められると答えたが、その後の翻訳会社でのさまざまな工程を考えると、こうした行為はできれば避けたいとも。3人目の質問は、単価の設定について、トライアルの際に提示している会社とトライアル後に提示される会社があるが、実際にはどうしているのかというものだった。吉田氏の会社では、まず希望レートを聞き、希望レートが想定より高い場合はこちらからレートの幅を提示してトライアルを受けるかどうかを決めてもらっているそうだ。レートは、トライアルの結果を現状登録している翻訳者の実力と照らし合わせて決めるので、希望レートより高い場合も低い場合もあると言う。石川氏の会社でも、トライアルを受ける前に希望レートを聞いているそうだ。また石川氏個人としては、レートを表示していない翻訳会社には翻訳者の側から聞いてもいいのではないかという意見のようだ。

最後に、トライアルを受けようとしている翻訳者へのメッセージとして、各登壇者に翻訳会社にとって翻訳者とはどのような存在なのかということについて話してもらった。吉田氏は、翻訳会社は翻訳を売る商売をしている。その翻訳をするのが翻訳者である。また、ソースクライアントもビジネスを推進するためにそれなりの金額を支払って発注している。どちらにとっても翻訳者の存在は不可欠でビジネス上の対等のパートナーであると語った。その上で、トライアルを受けようとする翻訳者は、この立場をしっかりと認識し、自分の訳文が商品になるかどうかを確認して欲しいと付け加えた。仲山氏も、翻訳者は翻訳会社にとってなくてはならないビジネスパートナーと位置付けているようだ。石川氏は自身が翻訳者であった経験も踏まえて、翻訳者とはビジネスパートナーであると同時に、翻訳者からのリサーチや提案などを通じて一緒に翻訳に付加価値をつけられる関係を築いていると語った。

今回のセッションには、翻訳会社のトライアル採点についての実態を語ってもらうということで、日ごろトライアルを受ける立場の翻訳者が多数参加していた。そしてこのディスカッションは、登壇者には言いにくい話をしてもらい、翻訳者が普段思っているトライアルについての疑問を解消してもらうとてもよい機会になった。各社に共通しているのは、翻訳のプロとして読者に伝わる商品としての訳文を完成させる実力があることがトライアル合格のポイントになっているということだ。また翻訳会社は、一人の社会人として責任を持って仕事ができる翻訳者を求めており、翻訳者にはトライアル合格後は翻訳会社にとって対等なビジネスパートナーとなる自覚も必要である。

 

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