日本翻訳連盟(JTF)

2-1 グローバルな特許出願に求められる翻訳の高品質化について~クライアント、翻訳家に向けた特許翻訳の品質評価、品質管理のノウハウ~

久保田 真司 Shinji Kubota

1984年に松下電器産業に入社、中央研究所で書き換え型光ディスクの開発業務に従事した。約20年前に本社知財部門に異動し、グローバルの権利取得に携るようになった。2001年頃から中国語翻訳の品質評価と対策を担当し、翻訳品質評価や品質管理の難しさを実感していた。また、標準規格特許の激しい競争の中、英文翻訳の品質管理や強化、特許事務所の評価・選別、翻訳ルート開拓などにも注力された。現職パナソニックIPマネージメント株式会社グローバル出願部 品質強化担当参事。 
 

報告者:李じゅん(中成国際特許事務所)
 



本セッションでは、パナソニック社の事業及び知財状況の概要、翻訳品質の定義、特許翻訳の品質評価における三つの方法、特許翻訳の品質管理における三つの方法、特許翻訳の品質評価・管理で感じることについて紹介された。

1. パナソニック社の事業及び知財状況の概要

パナソニックの事業領域は近年、消費者向け製品からBtoB領域へシフトしている。日本及び海外での売上高は約各5割を占める。地域の販売や製造に応じたグローバルな特許出願戦略を必要としている。2014年の特許査定件数は日本4267件、米国2095件、ヨーロッパ447件、中国1192件であった。2014年から新規外国出願は社内で処理するようになり、英文明細書についても翻訳ルートを開拓して社内で完成させるようになったため、従来よりも翻訳の品質担保がますます重要になってきている。

2. 翻訳の品質とは

翻訳の品質については、翻訳精度に加えて費用、納期、容量なども総合的に評価しているが、本日の説明では翻訳精度を中心に紹介する。品質評価の課題として、「属人性」が高く、ITによる効率が困難で、翻訳品質・評価の定義、基準、手法に業界基準がなく、また、品質評価は「継続的に」しないと、自動的に品質が低下してしまうという側面もある。
特許明細書の翻訳家として求められる能力として、日本語への理解力、技術理解力、英語への変換能力、法律・手続きに関する手続きへの理解、明細書を読む人への配慮が挙げられる。すべてを満たすことは難しいが、言語変換能力以外の知識、能力開発をすることが望ましい。

3. 特許翻訳の品質評価における三つの方法

方法1:シングル評価

全件チェックを行い、案件毎に翻訳品質を確保することを目的とする。

ステップ①
英文クレームレビュー
ステップ②
和文クレーム及び実施例を参照し、誤訳判断基準に基づいて英文クレームをチェックする
ステップ③
誤訳箇所をカテゴリー毎に分類し、評価シートに記入する
ステップ④
WORDに訂正案を履歴付きで作成する
ステップ⑤
誤訳箇所を、カテゴリー毎に、翻訳家毎に定量評価する

上記ステップに従い、翻訳評価シート、誤訳評価シートに記入しながら評価を進める。

翻訳家として納品する際には、本質的な論点を簡潔に記述、実施例も確認した上での対応案の提案を記載したコメントを付けることが喜ばれる。また、クライアントの翻訳スタイルを尊重し、フィードバック内容に対して感情的にならないなどの心がけが必要である。

方法2:翻訳品質のマルチ評価

ランダムに抽出した案件を総合的に複数の(マルチ)評価者により翻訳評価する。抽出事象をまとめ、翻訳家、翻訳会社と情報共有することで翻訳品質を向上させることを目的とする。

マルチ評価では最初の誤訳判断基準の共有が重要である。

一次、二次の評価者は翻訳の観点、三次評価者は米国実務、権利活用の観点から評価を行う。一次、二次、三次の評価プロセスは、パラレル処理する。一次、二次の評価者は同一案件を評価するので、異なるコメントを入手でき、両者の特徴を比較可能である。

方法3:米国112(b)による翻訳品質評価

OAに含まれる112(b)は、米国特許庁の審査官が判断したものであり、直接、間接的な翻訳品質に関係する実務的な指標である。

米国のITツールを活用して、審査案件で112(b)の拒絶理由を受けた案件を抽出して、拒絶理由のパターンを大きく分類する。特に、日本語原文が不明確、米国実務に不適切、誤訳などで対応案を検討。

米国112(b)の分類指標を以下とする:1、誤訳、2、文法と誤記、3、冠詞、4、単数と複数、5、米国実務として不適切な記載、6日本語の原文が不明確。分析の結果、6の事例が比較的多く、また日本語は適切でも、そのまま正しく訳した英語は米国で特許実務上不適切となるものは要注意である。

4. 特許翻訳の品質管理における三つの方法

方法1

  • 評価データを継続的に定量化し、翻訳家・翻訳会社を評価し、フィードバックする。
  • 翻訳会社に登録された多くの翻訳家から、優秀な翻訳家を集約して自社専任へ。個人翻訳家も、優秀な翻訳家に集約する。

方法2

  • 所定のカテゴリー毎に誤訳事例集をまとめ、関係者で情報共有し、品質向上の動機付けにする。
  • 本セクションでは、誤訳事例として、意味がシフトした事例、単語の選択ミス事例、係り受け事例など、多くの事例が説明された。

方法3

  • 評価データを分析して、誤訳の発生パターン、発生頻度の見える化を行う。
  • データの優先度に基づき、「品質対策」を実行する。
  • パナソニック社における用語集作成の取り組み、得られた知見、大切で難しい点等が紹介された。
  • 冠詞を使う際の原則や例外など、多くの事例が紹介された。
     

5. 翻訳の品質評価・管理で感じること

  • 技術、言語、法律は常に進化するため、最新情報へのフォローが必要である。
  • 日本語に基づく「英文明細書」は、日本語の難易度、翻訳品質の要求レベルが高く、機械、ITツールの参入が困難と考えられる。
  • 翻訳、評価の属人性を少しでも無くせるよう今後の機械翻訳、AIを活用したITツールの進化に期待したい。

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