日本翻訳連盟(JTF)

2-2 知的財産翻訳の現状と未来~特許翻訳のリーディングカンパニーが語る業界の最新動向~

冨田 修一 Shuichi Tomita

株式会社知財コーポレーション代表取締役社長。空に魅せられ東京都立航空短期大学で航空エンジンを学んだ後、1971年リコーに入社しアナログ事務機器がデジタル化する創造の時代を経験。1995年知財部門へ異動し、傍ら、電気通信大学と名古屋学院大学大学院とで物理学と英語学を再勉強。その後、2007年株式会社知財コーポレーション入社、品質管理を含む特許翻訳事業に携わる。2016年代表取締役社長に就任。社団法人日本工業英語協会理事、一般財団法人日本特許情報機構産業日本語委員会委員。 

阿部 鉄生 Tessan Abe

知財アカデミー講師 理学博士 特許翻訳者。ミネソタ大学大学院卒(宇宙プラズマ物理学専攻)。湘洋内外特許事務所、ソニー知的財産ソリューション(株)、ソニー知的財産センターにて約20年間、和文・英文明細書の作成、国内外中間処理、特許翻訳等に従事する一方、翻訳品質の評価、翻訳ガイドラインの作成、翻訳会社および海外代理人の業務管理等を担当。2009年にフリーランス翻訳者として独立後は、特許翻訳業に加えて、企業知財担当者向けの英文明細書チェック講座、特許翻訳者向けの翻訳講座等の講師を務める。翻訳専門分野は主に電気・電子工学。

大石 裕司 Yuji Oishi

株式会社知財コーポレーション海外出願事務グループ 弁理士。早稲田大学理工学部機械工学科卒。2004年弁理士試験登録。国際特許事務所にて15年間、国内、内外、外内の特許・実用新案・意匠・商標等の業務に従事した後、日英、英日、中日の特許翻訳の特許翻訳、校閲を行う。
 

報告者:李じゅん(中成国際特許事務所)



冨田 修一氏

1976年12月に創立された株式会社知財コーポレーションは現在従業員85名、年商15億円に発展している。旧社名は知財翻訳研究所。知財翻訳セミナー運営の先駆け企業でもある。

事業構造としては和英翻訳が8~9割。翻訳の対象は特許出願明細書が7割前後、顧客との取引件数では5年以上継続する取引先が7割以上を超える。顧客の9割以上は出願人企業である。

2005年~2016年の国内外出願件数の推移として、国内出願は年々減少傾向にあり、2015年は32.5万件となっている。企業の国内出願を削減して、海外出願を強化する動きが見られる。日本から米国への年間出願数は8.5万件、ヨーロッパへの年間出願件数は2万件前後、中国への年間出願件数は4万件程度である。翻訳市場は売り手市場から買い手市場へと大きく変化している。

特許翻訳業界の市場規模は、産業翻訳全体(推定2000億)のうちの約3割である。特許翻訳業の特性はIT化から取り残された労働密集型の職業であると言える。リーマンショック以後、大手企業の内製化傾向が見られ、現状顧客の品質に対する要求は多面化、高度化し、翻訳に対しては高品質、低コスト、付加価値という三つが要求されている。

特許翻訳業界では価格の下落が見られ、2000年の30円台/wordから20円台/wordに下落している。関連サービスを含むパッケージサービス、多国語(複数の出願国向け)翻訳、日本語明細書の改良など、高付加価値による差別化が必要となってきている。

出願人、特許翻訳会社が求める特許翻訳者像としては技術理解、英語力、特許についての知識を有し、向上意欲があること、バラつきのない翻訳品質の提供、ケアレスミスの発生の防止、用語の正確性、自然な訳、日本語明細書の改良へのコメントの提供、コミュケーション能力を有することが求められる。

知財コーポレーションでは、3つのチャネルで翻訳者を発掘している。(1)経験のある優秀な特許翻訳者を対象とした、毎月行われる採用を目的とするトライアル、(2)将来の優秀な特許翻訳者に育つ人材としてポテンシャルの高い人を対象とするインターン制度、(3)基礎編から応用編まで対応する特許講座。また、特許翻訳者の特性をプロファイル管理する仕組みや、お客様とのコミュニケーションに積極的に参加してもらう仕組みも工夫している。

阿部 鉄生氏

「職業としてのフリーランス特許翻訳者」と題して、特許翻訳者の生活などについて紹介された。

特許翻訳者の平均像として、バックグランドは技術者、特許事務所勤務経験のある翻訳者が多く、語学力はTOEIC900点台が多く、和文英訳がメイン。技術分野は電気、電子、機械、化学が多い。トライアルには、ほとんど数回落ちた経験がある。収入はフルタイムでサラリーマンの平均年収程度が得られると思われる。

特許翻訳の魅力としては、一般的な産業翻訳に比べて単価が高く、仕事量が安定している、技術や特許の専門知識を生かすことができる、専門性が高い、場所や時間にとらわれず、自分のペースで仕事ができる、実力主義のため学歴や職歴に関わらず仕事を確保でき、定年なく働き続けることができるといった点が挙げられる。

特許翻訳の難しさとしては、技術知識が不足すると、技術内容を理解できず、技術用語、文中修飾語の係り、単数・複数の適切な判断が難しいことが言える。また、英語力が不十分であれば、不自然、不明瞭の英文となってしまう。特許知識が不足すると、権利範囲を非必要に限定してしまい、不利な解釈の原因となる用語や表現を使ってしまうという問題が起きる。

翻訳料金に関して、ここ十数年あまり変化がなかったが、近年、翻訳料金の幅が広くなってきている。その要因は、外国出願数の増加傾向、翻訳会社・大手企業の翻訳子会社の増加、翻訳者数の増加、クライアントが品質とコストをより重視するようになったこと、クライアントの評価能力アップが考えられる。翻訳会社やクライアントによって翻訳料金が大きく異なると考えた方が良い。

翻訳業務獲得には難しさを伴う。大手クライアントは、どの特許に価値があるか事前に把握しづらいため、多くの出願が必要であるが、大きなコスト削減圧力があること、また、代わりの翻訳会社を見つけるのは困難ではないため、案件数と引き換えに翻訳料金の削減を翻訳会社に求めることがある。一方で翻訳会社は、案件数が増えるものの、翻訳者への単価が低くなり、良い翻訳者が離れて行き、品質が下がると契約を打ち切られてしまうという場面に遭遇する。

知財担当者の苦労としては、翻訳者によって品質にバラつきが生じ、技術的・特許的に満足できる翻訳文が少ない、個別の翻訳文が適切か否かの判断が難しく、読んでいて違和感があるが、どのように修正すべきか考えるのが難しいなどの問題があるため、チェック・修正に多くの時間と手間がかかってしまう。

品質を向上させるには、クライアントの支持に素直に従うこと、誤記・誤訳・訳漏れをゼロにすること、読みやすい英文にすること、技術だけでなくニュアンスも伝えること、英文明細書の法的特徴に合致した翻訳という要素が重要である。

収入を増やすには、日々の研鑽が不可欠である。語学力の向上、技術・特許に関する勉強は必須となる。また、社長としての自覚を持ち、効率的に収入を得られるよう、より良い翻訳会社、クライアントを探す必要があり、ビジネスセンスも重要となる。また、翻訳単価は技術分野によって異なる。高収入を狙うなら、医薬等の高い翻訳料金が期待できる分野へのチャレンジも検討すると良い。

大石 裕司氏

弁理士の立場から、翻訳者、弁理士の考える良い日本語明細書というテーマについて紹介された。

良い明細書とは、短期間で翻訳でき、誤訳や不明瞭訳が発生しにくく、且つ、短期間で、低コストで、広くて強い権利が取れる明細書である。

日本語明細書の改良のポイントとしては、(1)誰が読んでもわかりやすい文章(短文で、係り受けが明確なもの)、(2)出願予定国の実務、判例などを考慮したもの、(3)支援ツールの活用が挙げられる。

日本語明細書が改良されると、その効果として(1)訳しやすい。チェックしやすい。審査しやすい。(2)権利化がスムーズ(低コストで)になり、強い特許が取れるが挙げられる。分かりやすい日本語は分かりやすい英語になるため、誤訳や不明瞭訳が減り、納期が短縮される。また、(1)、(2)についてツールで自動検出することが望ましい。また、数多くの具体例を挙げながら、短文化するには、または明確な係り受けにするためにはどうすればよいかについて説明された。

出願予定国の実務、判例などを考慮して、保護対象、クレーム数、クレームの従属形式、発明の単一性、クレーム構造、機能クレーム、プロダクトバイプロセス、補正の制限、技術分野の違い、審査、訴訟の傾向などに対する考慮が必要となる。

支援ツールの使用を勧める。支援ツールのできることは、例えば、120文字以上の文のピックアップ、36条違反になる文言のピックアップ、クレーム中の用語のうち明細書で使われていない用語のピックアップ、クレームの従属関係のツリー化、見直し、用語の揺れ、誤記のピックアップ、図面と明細書の不整合の検出などが挙げられる。
 

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