日本翻訳連盟(JTF)

2-4 国内医療機器メーカーにおける日英・多言語機械翻訳活用事例 ~メーカーとMTコンサルが共同して機械翻訳実用化をどう進めたか~

柴田 裕輔 Yusuke Shibata

株式会社ニデック 薬事部技術文書課技師  

  • 2000年から、現在勤務の医療機器メーカーでマニュアルや技術文書の英訳に携わる。また、英語から多言語への翻訳のディレクションも行う。Global English、用語集、翻訳メモリ、マニュアル作成システムの導入により、翻訳プロセスの最適化も実施。
  • 2013年から機械翻訳の導入検討を開始。
  • 2014年に英語から多言語への翻訳に機械翻訳を導入。
  • 2015年から日英翻訳に機械翻訳を導入し、最適な用法などを検討

本多 秀樹 Hideki Honda

  • 株式会社ヒューマンサイエンス ローカリゼーション・スペシャリスト。ローカリゼーション・スペシャリストとして、ソフトウェアの UI やマニュアル、自動車修理書などの日英・多言語翻訳プロジェクトに従事
  • 翻訳者としてFA機器の英訳に従事
  • 日英・多言語翻訳における新たなパートナーの開拓を担当
  • 機械翻訳に関する調査・検証を通じ、技術翻訳における機械翻訳活用の可能性について研究
  • 2014年 TAUS (Translation Automation Users Society)にて “The Importance of Understanding the Strengths of Different MT Engines (with Pre-editing focus)”を発表
  • 2014年10月 TC シンポジウムにて「機械翻訳の導入とプロセス ~機械翻訳を使いこなすためのフローデザイン~」を発表
  • 昨今、欧州などを中心に機械翻訳の活用が翻訳業界全体で進んできているが、英日または日英翻訳については、検証や実用化が進められているとは言え、海外言語と比較すると遅れている。
     

報告者:中林 夕子(通訳者)
 



欧米企業を中心に、機械翻訳の活用が翻訳業界全体で進んできているが、日本国内においてはなかなか導入にまで至ることが出来ない企業が多いのも事実である。その一因として、クライアント企業と翻訳会社が、うまく協力関係を築くことが出来ていない、という点が挙げられる。クライアント側は積み上げてきた翻訳に関わる資産を外に出したくない、と考える傾向にあり、翻訳会側は今までの方法を変えたりむやみに価格を下げるようなことをしたくない、と考える傾向にあることがその理由である。しかし、機械翻訳をはじめとする新しい技術を有効に活用していくためには、クライアント企業と翻訳会社が協力して取り組んでいく必要があるとヒューマンサイエンス(以下HS)は考える。今回、翻訳会社として機械翻訳のコンサルティングを担当したHSと、クライアント企業である株式会社ニデック(以下ニデック)が協力して機械翻訳の導入に取り組み、翻訳の効率化とコスト削減、納期短縮を実現した2つの成功事例を紹介したい。

1つめは、英語から多言語(5言語)展開への機械翻訳導入事例である。ニデックが抱えていた多言語翻訳の課題として、年間100万ワードを超える翻訳に費用がかかり過ぎている点、製品リリースを早めるために取扱説明書の納期短縮が求められている点、文書改訂が多くスピーディな対応が求められている点があった。そこで、こうした課題を解決するために、機械翻訳の導入を検討することになり、HSで導入に向けてのコンサルティングを実施することになった。

機械翻訳を導入するにあたってまず重要となるのが、目標とする品質についてクライアント側の関係者と翻訳会社の間でしっかりと合意をとることである。ニデックでのマニュアル翻訳の場合、人手による翻訳と遜色のない品質が必要とされているため、その品質を実現しながら機械翻訳で効率化が図れるのかということが焦点となった。

そこで、HSではポストエディットのサンプルを、品質が異なる3つのエディットレベルで用意した。それらのサンプルについてニデックの各国販社に品質の評価をしていただいたところ、フルエディット(読みやすさ、分かりやすさという観点に加えて、用字・用語の統一やスタイルの統一も行ったもの)にさらにレビューを加えたエディットレベルのサンプルが、いずれの言語でも人手の翻訳と遜色ない品質に達している、という評価であった。フルエディットにレビューを加えても、従来の翻訳に比べてコスト削減や効率化が見込めるという試算結果も出たため、そのレベルでのポストエディットを実施して機械翻訳を導入することを決定した。

こうして、英語→多言語翻訳において、実際に機械翻訳を導入していくことになったが、導入にあたってポイントとなったのが、ニデックが自社で機械翻訳を購入・運用するのではなく、HSの所有するエンジンの一つを使用して機械翻訳を運用していくことにしたことである。エンジンをクライアント企業自らが持つか翻訳会社側が持つかについては、カスタマイズのしやすさ、メンテナンスや運用にかかるコストなどの面でそれぞれメリット、デメリットがある。今回は、こうしたメリット・デメリットを考慮して検討した結果、HS社で所有しているエンジンの中からニデックのワークフローに最適なエンジン(コーパスが活用でき、かつ使用している翻訳支援ツールとの親和性の高いもの)を選択した。機械翻訳導入にあたっては、エンジンの運用費用が課題となる場合も多いが、今回のように翻訳会社が保有しているエンジンが使用できる場合は、導入・運用に費用がかからないため、機械翻訳導入のハードルを下げることができる。また、機械翻訳処理のプロセスでは、機械翻訳と翻訳支援ツールを組み合わせて翻訳作業を実施することにより、翻訳メモリーから流用できる訳文は流用することで、機械翻訳だけを使用する場合よりも効率的に作業を進めることができた。ポストエディットは事前にサンプルで合意した通り、フルエディット+レビューの工程を実施した。この結果、人による翻訳と同じレベルを維持しながら、多言語翻訳に要する時間とコストともに、約20%の削減効果が得られた。

苦労した点は、用語集作成・管理フローの確立である。今回の機械翻訳導入にあたって、機械翻訳品質向上のために新製品の英語用語集を作成した。この用語集に対して、過去の多言語用語データベース(既存用語)に既存訳があればそれを採用し、なければ翻訳者に翻訳を依頼する、という方法で、多言語用語集を作成した。ただし、これまでは用語集がなかったため、蓄積していた多言語の翻訳メモリーでは用語の統一がほとんどされておらず、翻訳時に新しく作成した用語集との間に用語の不一致が発生するという問題があった。そこで、用語集を優先させるという方針を決定し、用語の統一を図っていくことにした。この用語集作成・管理フローの確立には苦労したが、用語集を使用して翻訳していくことによって、各種マニュアル全体での用語の統一が図れ、取扱説明書の翻訳品質の向上につなげることができた。

今後の課題として、「高品質な機械翻訳結果を出しやすい英文の作成と、わかりやすいシンプルな英文の両立の追及」「変わり続ける翻訳環境、マニュアル作成環境と機械翻訳の最適な形での連携」「用語の継続的な品質管理」が挙げられる。

2つ目は、日本語から英語展開への機械翻訳導入事例である。日英翻訳に機械翻訳の導入が検討された背景としては、社内で行っている技術資料の英語への翻訳ボリュームが年々増加していること、それに伴い納期の対応が困難になりつつあった点があげられる。ニデックでは以前にも日英翻訳の機械翻訳の導入を試みたが、ポストエディットに関しての認識が不足していたこと、対象文書を絞らなかったこと、用語集を運用しなかったことなどから思ったような成果を上げることができず、導入に至らなかった。今回はこれらのポイントの重要性を多言語への機械翻訳活用を通して認識したため、日英翻訳への導入を再度検討するに至った。

HSとニデックの役割として多言語への機械翻訳導入の際と大きく異なるのは、導入にあたっての検証作業をニデック自身で行った点である。HSは、品質評価の基準などのノウハウや、検証結果の考察に関して知見の提供を行った。ニデックでは、導入に向けてまずは機械翻訳エンジンの調査からスタートした。調査の結果、選定したエンジンでポストエディター1~2名により検証を実施した結果、日英翻訳でも機械翻訳導入でコスト削減効果が見込めることがわかった。続いて、品質基準の合意形成のために、暫定評価基準を設定し、それに基づいて実際に翻訳を使用する部署との間で品質基準の刷り合わせを実施した。翻訳を使用する部署でも設定した品質基準で問題ないという合意が取れたため、ポストエディター10人を配置し、導入を決定した。

HSからは、ガイドラインの作成基準、他エンジンを使用する可能性の検討、翻訳資産の作成・管理方法等について提案をおこなった。この提案内容も参考にして、ニデックでは導入にあたっての準備として、①ガイドラインやサンプルを使用したポストエディット方法の共有、②エンジンや用語集の運用ルール作成、③機械翻訳を実施する対象文書の選定、の3つを実施した。③については、文章が短く、文脈が複雑でない文章、という条件で対象文書を選定したが、結果として大部分の技術文書に活用することが出来た。こうして機械翻訳を導入した結果、約28%の翻訳工数の削減効果が得られた。今後、用語集を充実させたり、ポストエディターが習熟したりすることにより、さらに35%まで削減効果を上げることができると見込んでいる。

今回の事例の成功要因としては、外部の知見を効果的に利用したこと、関係者間での合意形成を的確に行ったこと、PDCAのサイクルをしっかりと回して継続的な改善に取り組まれていることがあげられる。今後もさらなる改善のために、ポストエディットのスキル向上、ポストエディター間での品質基準の浸透、用語集の活用推進を進めていく予定にされている。

今回紹介した事例のように、クライアントと翻訳会社が必要な情報や知見を共有することで、翻訳業界全体で機械翻訳のみならず、様々な新技術を推進していくことができる。それにより、クライアント側はコスト削減やリードタイム短縮といったメリットを享受でき、翻訳会社としても新たな需要の開拓や新しいソリューションの創出につなげていくことが出来る。クライアント側は、どこまでを自分たちでやれるのか、どこに外部の知見を入れるべきなのかをしっかりと見極めることが重要である。すべてを自分達で行うのは難しいことも多いので、外部の知見を積極的に有効活用していくべきである。一方で、翻訳会社としては、そのクライアントに対してどんなソリューションが最も有効なのか、どんな情報が必要とされているのかをしっかりと考慮し、必要とされる知見や情報を提供していくことが必要である。

今後もHSとニデックは、翻訳業務のさらなる効率化や品質向上のために積極的に新たな技術の導入や推進に努めていきたい。

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