日本翻訳連盟(JTF)

3-1 来たれ!訪日外国人観光客~インバウンド多言語翻訳への需要の波をどう乗り切る?~

古河 師武 Furukawa Osamu

YAMAGATA  INTECH株式会社 翻訳ビジネス部・部長。
1996年 に 渡 米 し、 Second BAを取得した後、米国に6年間勤務。2005年に カリフォルニア州立大学ロングビーチ校(UCL B)で MBAを取得し2008年に帰国。外資系翻訳会社を経て2013年4月より現職。従来の取説翻訳だ けでなく、マーケティング資料、カタログ、 SNS・ブログ、ウェブコンテンツ、UIなど 幅広い分野の翻訳に対して機械翻訳やスモール 翻訳を含めた様々なソリューションの提案を推進している。

 

報告者:川名 広治(一般財団法人 日本予防医学協会)
 



 外国人観光客が今年2000万人を突破し、「言語の壁」を克服するための対応が問われている昨今、去年11月下旬に開催された古河氏の講演「来たれ!訪日外国人観光客」では多数の参加者から様々な質問がよせられインバウンド多言語翻訳への関心の高さをうかがわせた。

 古河氏はまず氏が勤務するYAMAGATA INTECH社の社歴を紹介。1906年に横浜で印刷会社として設立。創業以来110年。現在は情報デザインのエキスパートとして、国内9拠点、海外18拠点に事業を展開中。事業内容として、制作部門が「小」はモーバイル機器、PC、カーナビから、「大」は自動車、電車、飛行機のマニュアル(取説)を制作している。人材サービス部門は外国人に特化し企業に派遣している。クリエイティブ部門はUIやUXに特化したデザインを開発している。

現在のトレンド

 中国、タイ、シンガポール、インド、マレイシア、などアジアに拠点が多くアジアの言語が主流だ。欧州ではベルギーに拠点があるが、それほど需要は多くない。2008年まではフランス、ドイツ、スペイン向けのオーナーズ・マニュアルなど技術文書の翻訳が多かったが、同年起きたリーマン・ショックで落ち込んだ。しかし、日本で2019年にはラグビー・ワールドカップや2020年にはオリンピックがあり、欧州言語の需要も増えてくると思われる。今後人材招致を含め多言語化を進める。

 最近はゲーム関連の翻訳が多い。アウトソーシングより社内に人材を入れ、小回りを利かせている。UIやUXなどは使いやすさを重点に、人間中心の設計を心掛け、資格を持つスタッフが担当している。顧客などとのコミュニケーションも「TM」(翻訳メモリー)など業界用語を互いに理解しているのでスムーズだ。最近は紙の取説が減っている。例えばガラ系の頃は部厚い取説が主流だったが、現在は取説がアプリ化しスマホ本体に組み込まれている。

2020年は訪日客4000万人に

 同社の多言語翻訳の変遷について説明。多言語翻訳は海外向け輸出製品のマニュアル(取説)などのアウトバウンドで始まり、2007年頃にピークを迎え、輸出製品に同梱する取説をメインに40言語以上に対応している。
 近年は時代の波がインバウンドに変わった。インバウンドの始まりは2012年の訪日ブームから。ビザの緩和と円安が訪日ブームの追い風となった。訪日客は3年連続で過去最高を更新。今年は10月の時点で訪日観光客がすでに2000万人を突破。東京五輪の2020年には今年の2倍の4000万人が訪日する。バロセロナの事例から判断すると五輪後も訪日客は増加すると予想している。最近、名古屋に出張したらオフィス街でもホテルの部屋がとりづらくなっているほど外国人観光客が多い。今後はレストランや交通機関など観光関連の翻訳が増えると考えている。

観光を促す魅力的な文章表現を!

 「Cool Japan」など国をあげての訪日客の誘致プロジェクトにもふれた。地方自治体も外国語のページを提供するなど積極的に観光客誘致に取り組んでいる。交通機関や観光地などで訪日客が滞在中に困った事例を紹介。切符の買い方、乗り方、乗り継ぎ、観光地での楽しみ方など、翻訳会社がお手伝いできるビジネス機会が増えているという。

 日本語表現の難しさを具体例をあげて解説。タイでは「露天風呂」に馴染みがないため、「オープン温泉」と翻訳し理解していただいている。擬態語や擬声語では、「ポカポカ」や「ペラペラ」について聴衆に何を連想するか質問。「ポカポカ」では「お風呂」や「お鍋」の答えが聴衆から返ってきたが、古河氏は「ポカポカ殴る」というのもあると指摘。「ペラペラ」では、「薄っぺら」とか「英語がペラペラ」という答えが返ってきたが、これも「背景で人々がおしゃべりしている時の擬声語にもなる」と日本語表現の難しさを説明した。  インバウンド翻訳の課題として、観光を促す魅力的な文章表現が必要だという。

 講演後半には質疑応答セッションが催され、古河氏および同社スタッフ2名が参加者の質問に答えた。

Q/ 同行通訳で、顧客からベジタリアンだったり、宗教の理由で、食材や調味料について尋ねられ答えられず困ったことがある。そのような事例は?
A/ 特にそのような事例はないが、文化的な啓もう活動に取り組んでゆくことも必要だと考えている。

Q/ 過去と比べ、貴社はアウトバウンドが減り、インバウンドが増えたということか?それとも両方とも増えているのか?
A/ アウトバウンドは減っている。「取説」の翻訳需要が減り、新たな需要としてインバウンドが増えている。アウトバウンドは製品も減っているし、コンテンツも簡素化している。例えば、過去デジカメ関連の需要が多かったが、スマホが普及したためデジカメのドキュメント量は減った。イケアの取説に文字がないように、文字からイラストやデザインに移行し文字説明が減っている。

Q/ タイ語では、調べるときに検索を使用するのか?また、例えば和菓子「萩の月」を翻訳しても伝わりにくい、そのような場合どのように対応しているか?
A(タイ人スタッフ)/ 日本語とタイ語間の翻訳は難しい。例えば、「だんご」だけでも4つもタイ語の訳がある。ネットや本で検索して一番多用されているものを選ぶ。
A/ (日本語スタッフ)/ 和菓子の例では、外国人だけでなく日本人にも伝わらなければならない。日本語の音表記に加え、説明文を添えている。

Q/ 地図は日本語と英語を併記しているのか?
A/ 顧客の希望もあるが、併記しないことが多い。日本に来たら駅名などは併記されてればわかり易いが、スペースがなければ英語だけになる。

Q/ マニュアル翻訳では、納期も間に合わず費用も合わない。機械翻訳ではどうか?
A/ 創作メニュー等は機械翻訳は難しいが、事前につぶせる部分は機械翻訳で対応できる。大量の翻訳に対し即時性が求められたときは機械翻訳が強みを発揮する。納期や費用が大いに関係することなので機械翻訳の活用に向け取り組んでいかなければならない。

Q/ インバウンドではアジアの需要が多いとのことだが、どんな言語の需要が多いのか?それ以外の言語の需要はどうか?
A/ 中国、タイ語、インドネシア、ベトナムなどの言語が増えている。欧州語もあるが多くはない。しかしラグビーのワールドカップやオリンピックが日本であるので今後は欧州言語の需要も増えると予想される。

Q/ 地図の表記だが、「市」の表示では「-Shi」とか「City」とか統一されていないが、どのような対応を?
A/ 地名などは表記の信憑性を確認しなければならない。2チャンネルやウィキペディアの記載も正しいとは限らない。郵政の表記など情報データも増えているし的確に対応してゆきたい。

Q/ 医療系の翻訳を始めるのでエクセルで用語集を作っているが、マクロの利点や使用法を教えてください!
A/ 日英用語集を作っておけば、翻訳前に用語集からどんどん訳語が入ってゆく。技術部門の担当者がやっても良いと思う。

Q/ 翻訳会社で勤務している。納期が短く間に合わないときもある。貴社には外国人翻訳スタッフがいて羨ましい。外国人スタッフ以外に納期短縮のためにしていることは?
A/ 日本語の雑誌を作る感覚でやっている。土曜日が出版なら、金曜日が納期とか。先日、夜の10時に変更されたこともある。
A(日本人女性スタッフ)/ 社内に外国人スタッフがいるとメリットがあるが直ぐに取り掛かれない案件はまずリサーチで埋める。後は頑張るしかない。
A(古河氏)/ 「根性で頑張っています」(笑)

Q/ 外国人で日本語を学ぶ人も増えている。顧客から日本語からやさしい日本語への翻訳を頼まれたことがある。貴社でもそんな案件は?
A/ 日本語から日本語へのリライトですね。弊社には日本語ライターや英語ライターが在籍しているので出来ますが、費用や納期の考えると顧客サイドでやれることも多いと思う。日本語のリライトは多くないが、客が迷わず目的地に行けることを念頭翻訳している。

Q/ 2014年以降、訪日客が増えているが、仕事量も増えているのか?
A/ インバウンドがらみの仕事は確実に増えている。

Q/ 貴社のインバウンドの売り上げ全体に占める割合は?
A/ 現在10%弱でまだ少ないが、数年前はゼロだったことを考えると急増しているといえる。

Q/ 貴社の人材派遣や通訳派遣の今後は?
A/ 人材派遣は2年前から。外国籍スタッフの派遣は長年わたって行ってきた。サミット通訳などはまだ難しいが一般通訳の派遣は多分野で行っている。これからは人材招致もふくめ多言語化を推進する。今後は益々訪日外国人が増える。日本が観光立国としてやっていく上で YAMAGATAグループもお手伝いしたい。

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