日本翻訳連盟(JTF)

5-4 映像翻訳ライブレッスン ~吹替・字幕のセリフ作り、すべて観せます~

チオキ真理 Chiocchi Mari

映像翻訳者。翻訳の専門校フェロー・アカデミー講師。劇場公開作品、映画祭の字幕、DVDの字幕、吹替、特典映像やCS放送のドラマ、ドキュメンタリー、エンタメ番組、音楽、スポーツ関係など幅広いジャンルの翻訳を手がける。 主な作品:『はじまりはヒップホップ』『フィフス・ウェイブ』『アイリス・アプフェル!94歳のニューヨーカー』『パリ3区の遺産相続人』『WISH I WAS HERE/僕らのいる場所』『世界の果ての通学路』、TVシリーズ『コミ・カレ!!』『CSI』(字幕)、『キック・アス』『私だけのハッピー・エンディング』 『屋根裏のポムネンカ』『呪怨』(吹替)など多数。
フリーランスになり12年。合計で15年の映像翻訳経験。


報告者:渡辺 万葉

 



講演概要

劇場公開作品から人気TVドラマシリーズまで幅広い作品において、吹替と字幕の両方で活躍する映像翻訳者チオキ真理氏。第23回JTF翻訳祭で好評だったチオキ氏による映像翻訳のライブレッスンが、再び登場。 実際に翻訳学校で行っているような授業を体験してもらいながら、吹替版と字幕版それぞれの制作の全体の流れと、その中で映像翻訳者が果たす役割を紹介する。 さらに、プロの映像翻訳者がふだん行っている、吹替・字幕のセリフ作りを講師が実際に手がけた映画作品を題材にその場で実演。「吹替」では、翻訳者が自分で映像に合わせてセリフを読みながら確認していく過程を見せる。「字幕」では、プロが多用する字幕制作ソフトを使い、参加者が考えた字幕を実際の作品映像に投影。字幕翻訳者になった気分を味わっていただく。 映像翻訳の魅力をぎゅっと凝縮した90分。題材となる作品が異なるので、前回参加した方でもあらためて映像翻訳の魅力を体感いただける。他の分野の翻訳とはひと味もふた味も違う映像翻訳の世界に飛び込んでみよう! 

講演のポイント

  • 映像翻訳とは? 吹替と字幕の違い
  • 映像翻訳作品の日本語版制作の流れ
  • 映像翻訳者のワークスタイル
  • プロによる吹替・字幕翻訳の実演
  • 翻訳レッスン
  • 映像翻訳の魅力

映像翻訳とは?吹替と字幕の違い

映像翻訳業界の需要、近年の動向として、日本人にとっては字幕が一般的だと思われるが、現在は吹替の需要も高まっている。動画配信サービスの充実によりコンテンツが増えたため、映像翻訳は新人に門戸が開かれている時代となった。世界同時配信を目指す為に、アメリカの映像の世界については「仮編集された素材」で作業を開始し、行おうとしている。
吹替と字幕のごく基本的なルールとして例えば吹替の場合、「Hello」に対して「もしもし」はリップシンクにならないので避ける(「hello」と言う時は1回も唇が付かないのに「もしもし」だと2回も付くため)。
実演練習の注意点としては、吹替の場合は台詞と回想シーンを分ける。字幕は映像に載せてみるので映像と同時にオンタイムで字幕が現れる。吹替と字幕は手法が異なるので、どちらかを専門にする翻訳者が多い。
その他にも「1秒4文字ルール」がある。1秒の間にたくさん話せることに対して4文字に収める工夫がなされている。原文のまま言い切れない表現は工夫して翻訳されている。
2人以上で話していても、日本語字幕の場合には一度に出すのは話者1人分のみ。
それぞれの手法のアプローチの違いについて、「吹替」は耳から入る話し言葉はニュアンスに任せやすい。日常会話。それに対して「字幕」は誤解なく理解されるように作るものである。具体的な例として男性、女性のキャラクターを意識した役割語の力を活用している。

映像翻訳作品の日本語版制作の流れ

ワークと呼ばれる、TC(タイムコード・キャラクター)、すなわちタイムの入った作業用素材で翻訳を行う。1秒4文字で訳出しなくてはいけないところ、どう訳をしてどう伝えればよいか、考えることが映像翻訳である。吹替には吹替独特のフォーマットあり。
SST(字幕制作ソフト)を使い、スポッティングを取り、文字数に合わせて翻訳を行う。
字幕においては視聴者の思考が止まらないように工夫が必要だ。

プロによる吹替・字幕翻訳の実演、翻訳レッスン

SSTを使い、実践。英語の短い台詞に対して日本語の台詞が長いと視聴者が1秒につき3文字超過しただけでも長いと感じさせてしまうので工夫が必要だ。
映画”Motel Life”の“You’re not a loser, kid.”の台詞に対して文字数を減らすのに、「お前は負け犬じゃない」の台詞を「お前」を省略するのも、「お前は負け犬じゃ・・・」と省略するのも人生のアドバイスのシーンに対してしっくりこない。
では、どう訳すのはいいか?

  • “You’re not a loser, kid.”
    会場参加者の回答例:
    「卑屈にはなるな」
    「お前なら大丈夫だ」
    「お前はダメな人間じゃない」など、
    チオキ氏コメント:文章として完結していないといけないのが字幕である。

  • “Make decisions, thinking you’re a great man.”
    会場参加者の回答例:
    「自分に自信を持て」など
    チオキ氏コメント:「自」が一文で重なるので、「もっと自信を持って生きろ」など工夫の仕方がある。


チオキ氏コメント:
翻訳のとき、いかに発想を広げて限られた文字数の中でいかに言い換えを行うかは、
自分自身の中でブレインストーミングが必要。とにかくアイディアを出してみることが大事だ。少し違うと感じても自分の頭の中で浮かんだ言葉から良い言葉を選んでみる。

会場参加者の回答例からのチオキ氏コメント:
日本語の台詞の中で「奴」が連続で3回出てくると他の言葉に変えるなど工夫すべきである。台詞は登場人物の世界観の中で、作られなければならないので、世界観にあった言葉を選ぶこと。

会場参加者の回答例からのチオキ氏コメント:
大画面で見ると言葉が重なっていたり、パソコンで作業しているときと受ける印象が異なると感じることがある。

文字数ではオーバーしていなくても読みにくいと感じた場合には工夫が必要だ
言い換えができるところを変えていく。読み易いところで改行をする手法もある。

実践シーン訳例の解説:
自分は偉大な人間だと思って生きていけというメッセージを伝えるのに、
「胸を張って生きていけ」
「真っすぐに」
「人生から逃げるな」など
基本的には原文に極力近づける。そのうえで、ドラマを盛り上げるシーンは盛り上げる。

映像翻訳の魅力

総じて、映像翻訳者に求められるものは「映画を“読む”力」「作品に対する愛情」である。
皆に作品を楽しんでもらいたいと思って作品をつくることが大切である。

 


質疑応答

作業中に納得のいかない訳だと、仮に入れて先へ進むか、じっくり考えるか?
チオキ氏コメント:仮に入れて先へ進む。夜、寝る前に頭の中に考えをインプットしておくと、脳科学的に翌朝整理されていることがある。

表現力を高めるために仕事以外で行っていることは?
チオキ氏コメント:本が好きなのでたくさん読むようにしている。映画やドラマを見ていいと思った表現を書きとめている。インプットとアウトプットのバランスが大事。(家にこもっていては発想が沸いてこない)英語の掛け言葉がうまく訳せると嬉しいのでお笑いも見ている。

日英翻訳を行っているが、英語の場合は1秒に何WORDなど規則はあるか?
チオキ氏コメント:最近は読みきりを意識して制限はあると聞いている。

戸田奈津子さんのようなベテランな方で批判(誤訳)を受けたことがあると思うが、ご自身の中ではどう捉え、消化されているか?
チオキ氏コメント:今後批判されたなら、「自分もそこまで来たか」と思うようにしている。
 

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