日本翻訳連盟(JTF)

6-2 TOKYO 2020 に向けて~通訳需要の見通しとサイマルの取り組み~

藤井 ゆき子 (Yukiko Fujii)

株式会社サイマル・インターナショナル 代表取締役社長

東京都出身、大学卒業後、日本外国語専門学校(旧通訳ガイド養成所)広報室長を経て
1988年11月 (株)サイマル・インターナショナル入社、通訳部配属
1993年4月  通訳部部長

2011年6月  同社取締役

2012年11月 同社代表取締役社長

2014年6月   同社通訳機材子会社の(株)サイマル・テクニカルコミュニケーションズ
代表取締役社長(兼任)


 報告者:権 普美 (クォン・ボミ) 国際基督教大学(大学生)・株式会社QoLi(営業・ヒアリング)

 



序論

東京2020オリンピック・パラリンピックまで、あと残すところ3年と半年。東京が2020年の開催都市に決定した時点の高揚した気分から、リオ・オリンピックの日本選手の活躍を経て、日本政府も2013年から観光立国実現への取り組みを推進し、2020年にむけてさらに準備を強化している。日本企業も技術のショーケースとしてのオリンピックを意識し、様々なアクションをとっている。それに伴い、語学サービス業界においても、あらゆる言語間でのコミュニケーション需要が高まり、従来とは異なるコミュニケーションインフラ整備の需要が数年前から指摘され、すでにあらゆる取り組みがスタートしているように思える。登壇者の藤井は、そのなかで、今後想定される通訳の業界の可能性、また、そのサービス提供者(ボランティア・通訳者・翻訳者など)の人材要件などについてお話をしてくださった。

この講演の内容は、5つの大きな枠組みに細分化される。1)サイマル・グループの概要、2)2016年開催されたリオ・オリンピックの振り返り、3)東京オリンピックと語学の需要と日本の今後の取り組み、4)実際のサイマル・グループの取り組み、5)語学を使ってのお仕事の紹介である。対象としているオーディエンスは、東京2020オリンピック・パラリンピックに語学を利用して関わることに興味のある人、通訳翻訳学習者、仕事として既に多言語を扱っている通訳者・翻訳者、語学サービス会社の実務者、経営幹部などであった。

サイマル・グループの概要

同時通訳を意味する”Simultaneous Interpretation”の最初のアルファベット5文字から社名をとったSimul(サイマル)・グループは、 「言葉のプロとして国際コミュニケーションを支援する」使命を掲げている。より具体的に説明すると、コミュニケーション活動支援とグローバル人材育成支援の二つの軸で、通訳・翻訳に関わるあらゆる人材育成・派遣・紹介をしている。サイマルは、オリンピックを契機に国際社会での日本の役割強化、企業の進出など国際コミュニケーションのあらゆるニーズがあったため、日本生産性本部のミッションから帰国した日本に在住する通訳者有志で、組織化されたエージェンシーである。1965年に、そのような経緯で、株式会社サイマル・インターナショナルが設立され、徐々に事業を拡大させてきた。今現在、サイマル・グループは、グローバル化されてゆく環境に適応しつつ、傘下には、サイマル・ビジネスコミュニケーションズ、サイマル・テクニカルコミュニケーションズ、そしてリンクトランス・サイマルなどの子会社があり、それぞれ独自の役割を担っている。

リオ・オリンピック(2016)の振り返り

現地での様子を出張した社員・通訳者からのヒアリングを基に具体的に報告してくださった特徴は以下の通りである。 「リオの公共交通機関での英語表記の少なさ」、「会場内の道案内誘導スタッフの少なさ」、「開催地付近のレストランでの英語メニューの少なさ」、「一流の高級ホテルなど宿泊施設のフロントでのみ、英語で意思疎通が可能」と広範囲に細かく準備が施されてはいなかった部分を指摘されていた。また、「特定の病院には日本語対応が可」、「旅行会社が窓口になって様々な支援を実施」と工夫されている部分も述べてくださった。リオ現地での言語ニーズの答えに加え、リオ・オリンピックでの、日本人代表選手団の活躍ぶりを数値で振り返った。獲得メダル総数が、過去最多のロンドン五輪の結果を更新させ、41個(金12、銀8、銅21)と新記録を残したことが特に印象深く記憶に残った。

続いて、日本の今後の取り組みを「東京オリンピック(2020)と語学ニーズ」にかけて、説明していきたい。

2020年までに想定される語学サービス需要とその事業機会

オリンピックを開催するにあたって、開催前・開催中・開催後の三つの大きなキーモメントによって、必要とされる語学のニーズは、多少異なる。開催前だと、運営団体関連の準備会合、事前イベント、インバウンド観光客受け入れのための多言語化でのインフラ整備など。開催中は、 IOC委員会・総会関連、競技ニュースの多言語配信、公共機関・宿泊や食事施設における多言語表記、語学ボランティアによる関係者のサポートや記者会見・メディア対応などにおいて、語学を使える人材を切実に求める。この開催時期に限っては、非常に目まぐるしいほど多忙になるそうだが、代表選手団や運営委員会とともに、間近でオリンピックに関わることができる利点があり、人気がある。開催後は、施設インフラを活用したイベントの運営・実施を手伝う語学サポーターが必要となる。さらに、オリンピックと間接的に関係ある語学ニーズとして、「国際会議やイベントの前倒しもしくは後ろ倒し開催」への対応がある。定例の会議がオリンピック期間に開催することは、施設インフラ的に厳しいため、時期を若干ずらすことで、成り立たせる仕組みである。このように、上記のオリンピック期間の前後・その期間中には、あらゆる場面において、多言語のコネクター(通訳者や翻訳者)が必要とされることがわかった。詳しい例えを教えていただき、需要にマッチングするための最低限度の供給を満たさねばいけない現状をも、身にしみるほど伝わった。

2020年以降を見据えた語学サービス業界の取り組み

また、オリンピック開催という大きなゴールを成し遂げたあと、日本の認知度・魅力度を一層世界的に上げることを目指して、国内インバウンド観光客増加の対応もせねばならない。そのためにも、東京を始めとする日本全国各地で都市機能の質をあげようとする声もあるそうだ。観光の面では、観光ビジョン実現プログラム2016が提案され、オリンピックに向け、地方創生・観光産業の革新・全ての日本旅行者に対する快適な環境づくりなどが積極的に検討されつつある。視点1は、観光資源の魅力を極め、「地方創生」の礎に。2は、観光産業を革新し、国際競争力を高め、我が国の基幹産業に。3は、すべての旅行者が、ストレスなく快適に観光を満喫できる環境に。(平成28年5月 観光立国推進閣僚会議 http://www.mlit.go.jp/common/001131373.pdf )。世界的に話題になっている、医療ツーリズムや医療通訳分野に関わることで例えるならば、アジアからの訪日観光客が猛スピードで拡大している現状に適応した形で、外国語で診療・診察が可能な「訪日外国人旅行受け入れ医療機関」の制度を改正し、充実させることは必須である。また、他国と比較すれば、日本は公共交通機関での案内指標もすでに日中韓英の四言語が多様に使われているが、それをより多言語で普及することや、それらの実務をこなせるような言語能力を使える人材を多く育成・教育することなども業界の取り組みの一部である。

今後のサイマルの取り組み

サイマル・グループは、東京オリンピック2020を契機として、「通訳翻訳業界全体が、その後も持続的に発展できるよう尽力すること」、また東京オリンピック2020を通して、「日本が世界に存在感を示せるよう、語学サポートサービスを提供する形で貢献していくこと」の二つを大きな目標として、力を入れていこうとしている。

オリンピックでの語学のお仕事は、上記で述べたように、IOC関連会議や記者会見の通訳、イベントでの通訳・翻訳、公共サービス部門での通訳・翻訳、競技団体専属の語学スタッフ、ボランティアとしての運営サポート、スポンサー企業の語学サポートなどが挙げられる。

そこで、語学サービスを提供する人材に求められる要件やスキルとして、2カ国以上の語学力のみならず、他にもベースとして、好奇心や探究心、向上心などの心持ちや、精神的・身体的な体力、どんな人とでも自由に意思疎通できるコミュニケーション能力などが必要とされる。また、オリンピックという特別なキーモメントを利用して、通訳・翻訳というサービスをするには、スポーツの経験・知識があることは有利に働き、ホスピタリティー精神、臨機応変・対応力が求められる。サイマルは今後のニーズに対応できるプロ人材の育成においても語学だけでなく、サービス業であるという認識を持って仕事をこなせる優秀な人材育成に試みたいと思っている。

今後のスケジュールとしては、2018年に韓国で実施される冬季オリンピックやパラリンピック冬季競技大会、2019年に日本で実施されるラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、2021年に関西でワールドマスターズゲームズなどを見据えている。このような様々な国際的キーモメントを通して、語学に関わる翻訳・通訳の業界を発展することに寄与したいと願っている。こうして講義は、TOKYO2020に向けて通訳需要の見通しとサイマル・グループの取り組みについて説明すると同時に、ポテンシャルの溢れる翻訳・通訳業界について熱く語って下さった。
 

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