日本翻訳連盟(JTF)

論理的で翻訳しやすい日本語を書く

2017年度第3回JTF翻訳品質セミナー報告
論理的で翻訳しやすい日本語を書く


中村 哲三


株式会社エレクトロスイスジャパン、テクニカルコミュニケーター協会(TC協会)理事、tcworld TCTrainNet Certified Trainer
日本におけるテクニカルコミュニケーション(TC)活動の中核的存在であるTC協会で、英文ライティングのセミナーやパネルディスカッションなどを企画。著書に『英文テクニカルライティング70の鉄則』(日経BP社刊)がある。

 



2017年度第3回JTF翻訳品質セミナー報告
日時●2017年5月26日(金)10時~12時
開催場所●剛堂会館
テーマ●論理的で翻訳しやすい日本語を書く
登壇者●中村 哲三 Nakamura Tetsuzo  テクニカルコミュニケーター協会 理事、人材育成部会、tcworld TCTrainNet Certified Trainer
報告者●川月 現大(有限会社 風工舎)

 


 

 本年度のJTF翻訳品質セミナーの最終日は、日本語や英語など、多言語に詳しく、テクニカルライティングのエキスパートの中村哲三氏が登壇。「論理的で翻訳しやすい日本語を書く」というテーマで2時間休憩なしで講義された。ユーモアを交えた話と博学ぶりがあいまって、最後まで飽きさせなかった。
 講義内容は、TC協会が発行している『日本語スタイルガイド(第3版)』の第5編「翻訳しやすい日本語の要点」に沿ったもので、書籍よりも詳しい解説を聴くことができた。翻訳者のみならず、文章作成に関わるあらゆる人たちに有益な内容であった。以下では、セミナーの概要といくつかのトピックについて紹介する。
 

国際共通語としての日本語

 グローバルな商取引に携わる企業は、好むと好まざるとにかかわらず国際共通語として英語を使う能力(グローバルリテラシー)が求められている。日本企業に勤める外国人社員も増大しており、海外からの観光客(訪日外客数)も2016年には約2400万人と急増している。だが、これらの外国人すべてが英語ネイティブというわけではない。もはや英語一辺倒では対応できなくなっているのだ。今後は英語だけに頼るのではなく、非英語話者(Non-Native English Speaker:NNES)の外国人にもわかる「平易な日本語」が必要とされている。
 平易でわかりやすい日本語を書くのは、それほど難しいことではない。だが、日本人同士なら通用する表現も外国人にはわからないことがある。「忖度は究極の民主主義」などという発言は、ハイコンテキスト社会の日本だから通用するのであって、翻訳不可能な言葉だ。

わかりやすい用語を使う

 どんな国の人にもわかる、論理的で翻訳しやすい日本語を書くにはそれなりの訓練が必要となる。その第一歩が誰にでもわかる用語を使うことだ。これは読み手が理解できない用語を使わないということで、以下のものは避けるべきだ。

(a)古くなり、死語となったもの(例:十合[そごう])
(b)新しすぎて、普及していないもの(例:baggravation)
(c)専門的/学術的であったりして、難解なもの(例:忖度)
(d)特定の業種/団体/地域だけで通じるもの(例:airdash、お疲れさま)

日本語特有の概念・表現に注意する

 日本人同士なら問題にならない表現も、非日本語ネイティブには理解しづらいことがある。「会議机はコの字型に配置します。」というのはカタカナを知っているという前提の表現なのでよくない。「セーラー服に戻りたい」という比喩表現(メトニミー、換喩)であれば、「学生時代に戻りたい」と一般化(internationalization)した表現を使うべきだ。
 しばしば英日翻訳の要諦として「和語を使う」ことが挙げられている。しかし和語の動詞は多義語であることが多く、他言語への翻訳では障害になることがある。たとえば「とまる」という和語は「停止」「停車」「停船」「停電」「宿泊」「固定」のどの意なのかはっきりしない。具体的で一義的な「停止する」という漢語(漢字熟語)で表現するという工夫が必要になる。ほかにも「ストップする」というカタカナ語で表現可能であり、どの語を使うかは対象となる分野や読者によって使い分けるとよい。
 日本語の副詞は意味の範囲が広く、英語話者(Native English Speaker:NES)の翻訳者に誤訳させたりすることがある。以下のようなものだ。

(1)チューニング次第で軽く500PSに達するはずである。
(2)チューニングによっては、すぐに500PSに達するはずである。

 (1)の「軽く」の意味はちょっと考えただけでも「力を込めずに」「やすやすと」「軽々しく」などが思い浮かぶ。なるべく多義語の使用は避けて「1語1義」を心掛けたい。

文をどのように並べるとわかりやすいか

 1つの文で複数のことを説明すると構文が複雑になり、文意が読み取りにくくなる。それを避けるには、複数の情報を複数の文に分けていくことになる。文の中に文が入り込んでいるような入れ子構造になっている場合は、入れ子部分を外に出すようにする。最終的には「1文1義」になるまで分解していく。その後、論理展開が自然になるように文を構成していくことになる。その際に利用する要素は次の4つだ。

 ① パラレリズム + ② 展開順序
 ③ キーワード(一度決めた用語を使っていく)
 ④ 遷移語(接続語/句)

 「展開順序」とは、既存情報(旧情報)を提示してから新規情報(新情報)を登場させるという書き方のことだ。前文で示した新規情報を、新しい文では既存情報として取り上げ、新たに新規情報を示す。いわゆる「尻取り文」の構造になるようにする。
 遷移語(transitions)とは、論理を展開するための接続詞や副詞のこと。遷移語(接続語)の選択を誤ると、読者の論理的思考を妨げてしまい、文意を読み取れなくなってしまう。
 接続詞については、2017年JTF翻訳品質セミナー 第2回で石黒圭氏が登壇し、勘所を押さえた解説をされていたので別ページのレポートを参照していただきたい。

「はが」構文は、意味を明確にするために言い換える

 「はが」構文で一番有名なのは「象は鼻が長い」だろう。この文の意味は「象は」が主題で「鼻が」が主格ということになる。「はが」構文は二重主語構文という別名があるほどで、翻訳するときにはどちらを「主語」として立てればよいのか迷ってしまう。「象は鼻が長い」構文の場合は、鼻は象の身体の一部であることから、は「象の鼻は長い」と言い換えると明確だ。ハンドアウトでは以下の例文が挙がっていた。

(3)このマニュアル、イラストが効果的です。
(4)このマニュルのイラストは効果的です。(所有格にする)

 イラストはマニュアルの一部であるので、「象は鼻が長い」と同じ構造になっている。ハンドアウトには別の例文も挙がっていた。

(5)この機器のトラブル原因の特定難しいです。
(6)TC社は、この機器のトラブルの原因をなかなか特定できません。

 こちらは「象は鼻が長い」構文と異なり、もう少し複雑だ。翻訳しやすさを考えるならば、「機器のトラブル」という影響を受けている「主体」を明示するのがスマートだ。

最後に

 このほかにもさまざまなガイドラインについてのお話があったが紹介しきれない。詳細については、中村氏が執筆を担当された『日本語スタイルガイド(第3版)』の第5編をご参照いただきたい。
 当日配布された資料のひとつに「日本文をわかりやすくするためのPJLライティングルール77」(非公開。PLJ=Plain and Logical Japanese)があった。これは、文をわかりやすくするための「Controlled language=制限言語」のルールである。非常に興味深い内容なので、次回はこのルール集をもとにしたセミナーを期待したい。


 

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