日本翻訳連盟(JTF)

翻訳コーディネータの今と未来を考える ~書を捨てよ、麹町に出よう~

2017年度JTF第1回翻訳セミナー報告
翻訳コーディネータの今と未来を考える ~書を捨てよ、麹町に出よう~


成田 崇宏


2005年に株式会社ホンヤク社に入社。コーディネータやプロジェクトマネージャーとして業務を経験し、その後、リソースのリクルーティング、ベンダーマネジメント、CAT/QAツール管理や業務管理システム導入などを担当。2015年より業務全般の管理者として、実案件にも携わりながら翻訳・制作対応力の向上やドキュメント管理・品質管理体制の強化に取り組んでいる。
 

澤村 雅以

1997年ITPにDTP Operatorとして入社、2000年にSDLへ合併後 DTP ManagerからProject Managementへコンバートされる。Multi-Language Service Division Directorを経て現在はAPACのProject Management オフィスのRegionalディレクションに従事。目下の努力目標はAPACのビジネス文化と特殊性をわかりやすくGlobalチームに伝えられるようになること。好きな言葉「餅は餅屋」
 

田中 美智子

大学在学中に株式会社翻訳センターにてコーディネータのアシスタントとして入社。2001年大学卒業後、DTPオペレータとして1年半業務を経験した後、工業分野の翻訳コーディネータに転身。以降様々なプロジェクトを担当してきた。現在ではマネージャとして制作スタッフの管理・教育等に従事している。
 

千葉 容子

1997年にローカリゼーション業界に足を踏み入れ、20年にわたり外資系、国内系のLSPにてプロジェクト・マネージャーとして従事。2006年株式会社十印入社。2016年同社取締役兼プロダクション本部本部長就任。「関わる方すべてがお客さま」をモットーに、「言葉」を使うすべての人々に利益と幸せがもたらされるような世界にしたいとの野望を掲げ日々奮闘中。



2017年度JTF第1回翻訳セミナー報告
日時●2017年6月28日(水)14:00 ~ 16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●翻訳コーディネータの今と未来を考える ~書を捨てよ、麹町に出よう~
登壇者●
成田 崇宏 Narita Takahiro(株式会社ホンヤク社 PM/QC/VM/TEセンター 統括部長)
澤村 雅以 Sawamura Mai(SDLジャパン株式会社 RVP PMO APAC)
田中 美智子 Tanaka Michiko(株式会社 翻訳センター 工業・ローカライゼーション営業部 名古屋オフィス マネージャ)
千葉 容子 Chiba Yoko(株式会社 十印 プロダクション本部 マネージャー)
報告者●野末 康晴(株式会社 翻訳センター)

 


 

 コーディネータ(PMも含むが以降はコーディネータで統一)の定義は翻訳会社によって様々であるが、プロジェクトの進行上、重要な職種である。しかし、個人で業務を遂行する職種の特性ゆえ、翻訳業界でコーディネータについて話し合われる機会はこれまであまりなかった。今回のセミナーでは4名の登壇者と入社間もない若手から経験豊富なベテランコーディネータ、営業職などを含めた参加者全員で変化著しい翻訳業界に於けるコーディネータの現在と未来について語り合った。

従来コーディネータに求められてきたもの

 コーディネータの業務範囲はプロジェクトの内容把握から始まり、データ解析、フロー策定、進行管理~QA、納品、TM/用語集のデータ管理など、非常に多岐にわたる。参加者からはリソースのリクルーティングも担当するという声もあるなど、翻訳会社により違いはあるが中核となる業務は概ね似たようなものであり、これまではこれらの業務をこなすために日英の語学力、品質管理力(QAやマルチタスク処理)、専門知識(MS Officeや印刷関連)、交渉/折衝/人間力(電話・メールなどがメインで主に受け身なコミュニケーション)、問題解決力などが求められてきた。また個々人で業務を遂行し隣にいても情報を共有しにくい仕事の性質上、問題解決力はコーディネータ各々の精神的タフさによるところが大きかった。

翻訳会社を取り巻く変化とコーディネータの仕事内容の変化

 しかし、近年翻訳会社を取り巻く状況は激しく変化している。デジタル化、効率化、価格の下落、翻訳+αのサービス(ワンストップサービス)、国際標準化、機械翻訳の進化、更には日英以外の言語の需要増など変化は枚挙にいとまがない。そのような状況の中、コーディネータを取り巻く環境も年々厳しさを増している。クライアントの要求レベルは高まりQCD(品質、価格、スピード)のバランスを保つことが困難な状況に直面する機会も増えている。本来スピードを求めれば、トレードオフで品質の低下は避けられないものであるが、どちらも譲れないというクライアントの要望が多いという点が現在の翻訳業界の抱える悩みであり実情である。

今後コーディネータに求められるもの

 このような激しい市場の変化にあわせてコーディネータに求められるものも変化してきている。多言語需要に応え得る言語知識、矢継ぎ早に登場する翻訳支援ツール・QAツールやドキュメントデータに対する専門知識、クライアントへのソリューション提供やコンサル的な視点、リソースの理解を引き出すための相談力、社内のチームマネジメント、人的/物的なリソースを駆使したプロジェクトに最適なフロー構築力など、従来コーディネータに求められてきた能力をより深くまで追求した形になってきている。更には新しい知識や技術を学び吸収できることも必要な能力の一つである。そして高まるクライアントの要望に答えるためには、その全ての知識やノウハウを駆使した問題解決力やプロジェクトに関係する作業者への指揮命令能力が重要になってくる。

「スペシャリスト」と「ジェネラリスト」

 上記であげた能力は、一人の人間で全て賄うことがもはや不可能なのではないかとも思える。求められる能力のひとつひとつに、各工程で実際にその作業をする「スペシャリスト」と専門的な話ができる水準が求められ、また、それらを駆使して最適なソリューションを提供するには「ジェネラリスト」的な視点と能力が必要になる。両方の側面が個人の能力では全て賄いきれないほど多岐にわたり複雑であれば、「チーム/組織」で補い合うことが考えられる。個人の得意分野を組み合わせ複数のコーディネータで協力してプロジェクト全体を進めていくのである。実際に参加者の所属する翻訳会社の中には複数の「スペシャリスト」を「ジェネラリスト」が指揮してプロジェクト全体を管理する「社内分業制」に取り組んでいるところもあるようである。「社内分業制」が唯一無二の方法ではないが高度化するコーディネータ業務に対応する一つの手段と言える。

将来的なコーディネータの育成

 もし前述の通り「社内分業制」を進めていくのであれば翻訳会社は各作業工程に対しての「スペシャリスト」的な能力を持ったコーディネータの育成と同時に全体的視点を持ち合わせた「ジェネラリスト」のコーディネータも育成していくことになる。「ジェネラリスト」は育成し難いものではあるが、おそらく複数いる「スペシャリスト」の中から適正を考慮して「ジェネラリスト」に育てることになるのではないかと思われる。そうであれば翻訳会社はコーディネータの体系的な評価基準や組織体制などを整備していく必要がある。特にコーディネータの力量評価としては難しい「適切なプロジェクト管理能力」については「ジェネラリスト」育成における今後の課題になるものと思われる。また分業を進めていくと「社員の歯車化=仕事がつまらない」についても懸念事項にあがるが、実際のコーディネータ業務では勉強すべきことは山ほどある。クライアントの情報(ニーズ、動向)、ツールやITリテラシーなど、どの工程をとっても業務の深耕はいくらでも可能である。したがって「歯車化」を防ぐには力量評価において多様性を認めることも重要だと思われる。

AIとの関わり合い

 AIの進歩から人間の仕事の幾つかはAIに取って代わられるという声もある。考えずに進められる仕事はいずれ機械化されていくであろう。コーディネータ業務にもそういったものもあるかもしれないが、AI脅威論とばかりにネガティブに捉えるのではなくAIの特性を活かし共存していくことで、より生産性の高い仕事ができると考えていきたい。現在AIは自発的に考える事や自分の意見を持つ、感情を持つことなどができない。翻訳者と機械翻訳の違いも同じである。筆者の意図を汲み取った翻訳、状況に応じて文体や表現を選択するなど機械翻訳にできないことはまだまだたくさんある。そういった観点から今後コーディネータは「創造性のある仕事」「(社外向けとして)おもてなし・コンサル的な仕事」「(社内向けとして)自分の意向をきちんと伝達しつつ関わる人の気持ちを勘案し、チーム/組織としてのパフォーマンスを上げられる仕事」ができることが望ましい。

 最後の質疑応答では入社3年目の参加者から「コーディネータとして今勉強するのであれば何に注力すべきか?」という質問がでた。多岐にわたる業務の中でどうスキルアップしてくかは悩ましい問題である。登壇者からは「クライアントの品質管理方法を学ぶ」「興味を持ってクライアントの声を聞き、その先にあるニーズを理解する」「組織内では上司が求めるスペシャリスト能力を磨く」などの回答があった。このことからもコーディネータは「人間力」を大事にしていく仕事であると窺い知れる。
 

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