日本翻訳連盟(JTF)

4-D 『うわっ…私の年収、低すぎ…?』にならないための営業戦略

関根マイク Sekine Mike

関根アンドアソシエーツ代表、日本会議通訳者協会理事、名古屋外国語大学大学院兼任講師、元日本翻訳者協会副理事長、全米司法通訳人・翻訳人協会員。会議通訳、法廷通訳から最近はスポーツ、ゲーム分野にも幅を広げている。

報告者:土屋えみ(フリーランス翻訳者)

 



フリーランサーの翻訳者と通訳者、そしてこれからフリーランサーを目指す人に向けて、自分をブランド化し、口コミで仕事を獲得する方法について話したい。

会社員なら年収500万で十分だったとしても、フリーランスとしては安すぎる。1000万以上の収入がなければフリーランスはペイしないのが現実である。加えて、翻訳依頼は主に企業の購買・調達部から発注されるようになってきているのが現実である。つまり、発注主の中には翻訳の質を見極められる人ほとんどいないといってもよく、翻訳者は翻訳レベルではなく価格で判断されるようになってきている。そのような市場で、相手にどう自分を売っていくかを考えてみてほしい。

多くの翻訳者はエージェントに登録して仕事を待つものだと考えているが、実力があるのであれば自分個人に直接依頼してもらえばいい。エージェントを経由するのは大きな仕事が来るというメリットもあるが、実績はエージェントのものになってしまい、自分のブランドが作れない。エージェントのコーディネーターは自分のことを知っておいてくれているかもしれないが、コーディネーターは人件費を抑えるため、通常数年で入れ替わってしまう。

エージェントと直接取引の割合をキャリアのフェーズに合わせてバランス良く配分することが重要である。エージェント経由の仕事だと、口コミで自分の仕事ぶりが広がることは基本的に無いと思っておいた方が良い。が、直接取引なら実力さえあれば口コミで自分の評判が広がる。安定した高収入はエージェントを経由しない伝手を見つけることから始まる。そのためにはアピールできる専門性があるかどうかが肝心だ。

自分のキャリアのポートフォリオプランを立て、その計画にもとづいてアクションをとっているか振り返ってみてほしい。実力とは純粋な翻訳・通訳の「技術」プラス「自分をプロモーションする力」である。自分の存在と専門性を知ってもらう能力と言ってもよい。ブログやウェブサイトは、自分の存在を知ってもらうための必須ツールだ。

同業者と自分を差別化する方法は自分のブランディングである。ブランディングとは物語を語ること。同じものでもストーリーが加わると見方が変わる。たとえば黒真珠は現在でこそ高級ジュエリーとして扱われているが、元はタヒチの海岸にゴロゴロ転がっているほとんど市場価値がないありふれた存在だった。だが、黒真珠は宝石商ハリー・ウィンストンに紹介され、彼の手によって一躍有名となる。こうした物語によって、一見目立たないモノがブランドへと変貌する。
 
物語は作ることが可能だ。翻訳者の訳出が正確なのは当然のこと。正確性で自分を差別化することは難しい。クライアントに自分を印象づけるため、真面目な人が多い翻訳業界において、許される範囲でその逆を行うこともしばしば。イメージはコントロールできる。もし自分がすごく真面目であるなら真面目さを生かした物語、ブランディングをしてみてはどうか。

物語の次は、得意分野のアピールである。例えばある翻訳者は、翻訳に加えて通訳に手を伸ばすことにした。通訳学校に通い、電力会社で社内通訳業務を数年行ったあと、原子力関連の通訳者となり、現在も書籍を翻訳しながら「原子力通訳といえば○○さん」というポジションを確立している。自分自身は、今まで法務関連の仕事を中心としていたが最近はゲーム、スポーツ分野へシフト中である。通訳は9割方女性の世界。ゲーム、スポーツ分野に強い人がもともと少ない。地道に分野拡大を続けた甲斐あって、今は業界内での知名度も少しずつ上がっている。

また、フリーランスの最大武器は価格設定の力である(書籍日本実業文化社「価格の心理学」参照)。価格はクライアントにとっての価値を基準に設定する。エージェント経由ではワード12円でも、企業に直接クライアントになってもらえるなら、ワード20円に設定してもよい。きちんと理由を説明できるのであれば、価格にばらつきが出ることを恐れない。その代わり価格は明確に提示し、価格変更するときは商品やサービスの再構築が必要である。

既存のエージェントと交渉するよりは新規のエージェントと契約するほうが、自分の希望する価格に近付けやすい。利益を拡大する際は、一時的な売上の低下も覚悟する必要がある。仕事が減ることを恐れて交渉しないのはもったいない。実力があれば必ず売上は戻る。

交渉しないフリーランスはゆっくり価値を損なっていく。タイミングを見計らって、3、4年おき程度に価格交渉することを勧めたい。交渉三原則は「交渉できる状況にあるのか」「コストを上回る利益はあるのか」「利益はリスクを上回るのか」。自分の言い分だけ言うのは悪い例である。また、交渉している間は「もし交渉がうまくいかず、相手との関係性が悪くなったらどうしよう」という心理コストも含む。それを見越したうえで、交渉する価値があるかどうかを見極める必要がある。BATNA(Best Alternative to a Negotiated Agreement)、すなわち「交渉が決裂したときの対処策として最も良い案」を考えておく必要がある。交渉の結果、人間関係が悪化したり切られることは十分ありうる。だが、繰り返すが「実力があれば必ず売上は戻る」。恐れずに試してみてほしい。

自分の技術(スキル)に関し、クライアントと同業者が持つ評価はまったく違う。クライアントから依頼が来たら、その仕事をするまでに自分の技術で対応できるようになっていればいい。「出来もしないのに仕事を受けるな」という言葉をよく聞くが、実際には真逆である。日本人が大好きなスティーブ・ジョブスやイーロン・マスクは、根拠のない自信と見切り発車の大切さを語っている。とにかくスタートを切り、努力し続ければ道は拓ける。他人と違う道を行くのは叩かれる。が、一番だめなのは八方美人で、どこにも行き着かない。

また、「誰を知っているか」は「何を知っているか」と同じくらい重要である。ネットワーキングにはできるだけしたほうがいい。プラスのことばかりである。ことさら自分をアピールする必要はなく、地道につながりを作るだけで十分である。例えばIT業界で直接仕事をとりたいなら勉強会に出たり、エンジニアの集まるところに出席したりして人脈を広げるべきだ。

「勉強」をしていても「研究」をしていない人が多いとも感じている。学んだことを発信することは全然恥ずかしくないことだ。筑波大学の落合陽一教授は「勉強と研究は違う」と言っている。「勉強は教科書を読む作業であり、研究は教科書を作る作業である」。積極的に学び、学んだ知識をブログに書けばよい。それが、ルールを守る側からルールを作る側になる第一歩である。

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