日本翻訳連盟(JTF)

4-F 機械翻訳は翻訳業界を壊すのか?

パネリスト:

稲垣 美貴 Inagaki Miki

ライオンブリッジジャパン(株)代表取締役。言語学専攻。米国コンピュータ会社のフィールドSEを経験後、在宅の産業翻訳者となる。1997年にシニアエディターとして同社に入社後、ランゲージ部門、PM部門など複数の職種を経て2012年より現職。

佐藤 弦 Sato Gen

SDLジャパン(株)トランスレーション プロダクティビティ部門 セールス ディレクター。1999年にローカリゼーション業界に入り、翻訳者、校閲者、翻訳リソース管理、翻訳チーム管理などの業務を経験。国内・海外両方の多種多様なプロジェクトに関わる。2009年、翻訳ソフトウェアの営業としてSDLジャパン入社。翻訳会社への営業活動、SDL Trados Studioの機能を伝えるブログ執筆や講演を行う。2016年より営業マネージャー業務の傍ら、ローカリゼーション業界の展望などをテーマに講演。

三笠 綱郎 Mikasa Tsunao

(株)十印 クオリティマネジメント・MT戦略部マネージャー。大手電機メーカーでのシステム開発の後、1990年代半ばローカリゼーション業界に入り、ベルリッツ、ITP、SDLにて翻訳サービスのプロセス標準化や品質管理、翻訳チームのマネジメントに従事。フリーランス翻訳者も経験し、ITを中心に多様な分野を翻訳。現在は(株)十印にて品質管理プロセスの強化・改善とともに最新MT技術導入に取り組む。


モデレーター:

渡邊 麻呂 Watanabe Maro

JTF理事、(株)ワードスパン代表取締役。大手翻訳会社の代表取締役を10年間務めた後、2016年に株式会社ワードスパンを設立。同社代表取締役就任。翻訳コンサルタントとして、翻訳会社やクライアントの業務改善に携わる。また、日本企業の中東市場への進出サポートを行っている。翻訳業界その他で講演多数。
 
報告者:笠原 亘子((株)十印)
 



 昨年、ニューラルMT(機械翻訳)の出現が話題をさらい、現在も多くの関心を集めている。機械翻訳は、翻訳業界に、翻訳者にどのような影響をもたらすのか。「機械翻訳は翻訳業界を壊すのか?」という刺激的なタイトルを掲げてセッションは進められた。

渡邊:パネリストの方々に、本日のテーマをどう考えるか、聞きたい。
稲垣:私は、当座は変わるかもしれないが、壊さないという意見を持っている。
三笠:私は一応、壊すという立場をとる。業界を壊すというより、翻訳者の翻訳ビジネスへの関わり方、活躍の仕方が今後数年間に根本的に変わっていくと思っている。
佐藤:私は壊さないと思う。
渡邊:ヨーロッパでは、かなり以前から、MTが当たり前に使われているが、ヨーロッパの翻訳業界は壊れたのか。
佐藤:変わった面はある。ポストエディットのプロジェクトが増えた。人間の作業が機械に置き換わっている部分はあるが、ゆっくりと進行しているという印象だ。
稲垣:Lionbridgeでは2002年くらいからMTを導入しているが、すべてのプロジェクトで導入しているのではないし、翻訳ワード数も減ってはいない。
三笠:ヨーロッパ言語では、統計機械翻訳の頃から品質が上がり、ポストエディティングのガイドライン作りなども10年以上前から進められたが、人手翻訳を置き換えるのではなく、ライトポストエディットでのコスト削減が主体で、翻訳業界を構造的に変える形ではなかった。
渡邊:知った顔がいるので聞いてみたい。伊藤さんはアメリカ在住だが、日本でニューラルに人が集まるのをどう思うか。
伊藤:十印の伊藤です。海外では、ニューラルが使えるかどうかではなく、どう使うかという話が主流になっている。ニューラルはとても流暢だが、カスタマイズできない。TAUSの会合で、GoogleとMicrosoftが6か月後をめどにカスタマイズできるようにすると言っていたので、9か月から1年後にはカスタマイズできるニューラルが出て、爆発的に進んでいくのかなと思う。私は、MTが業界を壊すのではなく、膨大に増える量をこなすには、一度業界が壊れなくてはいけない。そのためにうまくMTを使っていかなくてはいけないという意見だ。
渡邊:日本の現状はどうか。
稲垣:Lionbridge日本オフィスでは、日本のお客様ではそれほど導入が進んでいない。欧米のお客様ではだいぶ進んでいる。お客様の要請ではなく、自社の生産性向上として使っている面もある。
佐藤:英日と日英で少し事情が違うと思う。私の部門は翻訳サービスとは異なるが、SDLでは、英日は稲垣さんの言うほどには進んでいないと想像する。日英では、お客さんにはニーズがある。今行われているマニュアルの翻訳を置き換えるというより、新しいサービス形態として、今の構造ではうまく処理できない案件に対応する形かと思う。
三笠:お客様がMTを使いたいと要望されることはある。並行して、MTを社内の生産性向上の道具として使うことに取り組み始めている。割合は半分に満たないが、ある程度の案件でMTを利用し始めている。
渡邊:まったく同じ条件で、同じものを訳すと、機械は100%間違える。正しい時には100%正しい。この特性を利用すれば、品質を担保するところにMTの活躍の場があるのではないか。
稲垣:チェックに同じ言語でMTを使うやり方が出てきている。
伊藤:私の経験をご紹介したい。私はアメリカでローカリゼーションのコンサルティング会社を持っている。ポストエディターにエンジンの品質を聞いたら、1人が、MTは間違えるとき、同じように間違えるので、3~4人のエディットより楽だ。エンジンの特性さえ覚えてしまえば、どう間違うかがわかっているから、エディティングがすごく早くなったと言っていた。MTで品質を担保するというのは、実際にもう進んでいることだと思う。
佐藤:でも最終的に目的はコストではないか。品質を目的にMTを導入するケースはあるのだろうか。
伊藤:この案件では、とにかく量を出す必要があるので、品質の基準を設けた。単語は不一致があっても分かればいいというような約束事だ。全員が合意できていれば問題がない。
稲垣:それはMTを使うにあたってのベストケースだと思う。お客様と品質の合意を形成してから始めるのが大事だ。

渡邊:では、未来に向けて話をしたい。Googleのニューラル翻訳が話題になったが、Googleは翻訳会社ではない。コンペティターだと思っていなかったところがコンペティターになり、テクノロジーで品質を高めていく。そのとき、翻訳会社にはどんな選択肢があるのか。
稲垣:今も翻訳会社と謳っているところだけが翻訳しているわけではない。経営者としては、サービスの幅を広げていくことが大事だと思う。
佐藤:大きい会社には、翻訳関連のアウトソース需要はこれからも存在し続けるはずだ。そこをきちっと拾っていけるように、サービサーとして、優秀で気の利いたサービスを提供していけばいいのではないか。
三笠:MTエンジンを提供している側に翻訳業界を侵食する意図はないと思う。我々が提供するものが侵食されるというのは、違うと思う。MTを使ってどのように拡大していくかととらえるべきだ。
佐藤:たとえば、うまくいかないポストエディットのプロジェクトに巻き込まれて、だからMTが嫌いというのは短絡的だ。もっと大きな立場で考えて、その中で自分は翻訳者、翻訳会社としてどこにポジションするかを考えるべきだ。
渡邊:個人翻訳者にはどんな選択肢があるか。
佐藤:ひとつはポストエディットを受け入れるかどうか。特にマニュアルの翻訳をやっている人にはそういう話が出てくる可能性が十分にある。
三笠:ポストエディット作業の内容、質が変わると思う。もっとクリエイティブな、面白いものになる。単なる言葉の置き換えは機械に取って代わられ、もっと意味のある仕事を人間がやっていく。
稲垣:テクノロジーの進化によって、単純作業は機械がやって、翻訳者は本来の仕事に時間を割けるようになるという面はあると思う。
渡邊:未来を考えたときに質問は。
会場:今日の議論を聞いていて、読解力が軽く扱われていると思った。文章を読んで、意味が伝わるかどうかを読解する役目は決してなくならないと思う。翻訳会社が将来に向かって備えるなら、そういう道もあると思う。
佐藤:それが、人間が機械に置き換えられないと考える理由だ。文章を読んで、どれが正しくてどれが間違っているかを判別するのは人間の仕事なので、そこはなくならないと思う。
三笠:まさに、そこが今後人間の翻訳者がやっていく場所だと思う。
稲垣:サービスとして翻訳を提供している限り、お客様が品質に満足する必要がある。それにかなっているかどうかを最終的に判断する部分には、人間が入る必要がある。

渡邊:人間の役割は変わっていくかもしれない。そのときに、何が選択できるか、何を指針にすべきかを最後に話したい。
佐藤:いろんな情報が流れて、ヒートアップしすぎているので、まずは落ち着いてくださいと言いたい(笑)。
稲垣:求められているものをポジティブにとらえて進めていくしかないと思う。
三笠:翻訳者視点で話すと、MTに関しては、翻訳者サイドに否定的な先入観がある。まずは自分で最新のものを使ってみるのがよいと思う。
渡邊:機械翻訳は翻訳業界を壊すと思うか。
佐藤:今回のセッションの流れではそれなりに変わるという話になった感じはするが、壊れはしないと思う。それぞれ立場でアダプトしていけば、「壊れる」というほどのインパクトではないと思う。
稲垣:変わるけれど壊さないと思う。
三笠:私は壊すと言ってきた。翻訳者の仕事の内容はかなり変わっていくと思う。業界は壊れないと思うが、大きな変革は起きる。
渡邊:壊すと答えてくれた伊藤さんはどうか。
伊藤:私は壊れると思う。いつかはわからないが、翻訳がいらなくなる日が来る。だから、今、翻訳されている方は、翻訳をしない部分で、翻訳会社は翻訳をコーディネートするという仕事がない状態で、何をして食べていくのかが大事だ。
渡邊:結果、わからないということだ。壊れると思って活動している人がいる、壊れないと思って活動している人がいる。先のことはわからない。でも、その中で、みなさんがどうするのかを決めていこう。

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