日本翻訳連盟(JTF)

2017年度第5回翻訳・通訳業界調査報告

2018年度総会基調講演報告
2017年度第5回翻訳・通訳業界調査報告


筆谷信昭


1966年生まれ、1990年に京都大学法学部卒業後、外資系コンサルティングファームのBain&Companyに勤務。1993年より通訳翻訳学校と通翻訳エージェントの老舗である株式会社アイ・エス・エスに入社、1994年に取締役、1998年に代表取締役就任。2010年に退任、ゲーム開発会社の株式会社ナウプロダクションの取締役を経て(現在は非常勤)、2015年より日本映像翻訳アカデミー株式会社取締役に就任(ロサンゼルス現地法人の代表取締役を兼任)、現在に至る。

齊藤貴昭


某電子事務機メーカーの品質保証部門にて社内通訳・社内翻訳を経験後、現在のグループ会社にて、翻訳コーディネーター/社内翻訳および翻訳事業運営を担当。SNSを通じて多くの個人翻訳者と交流があり、その交流を通じて感じたクライアント企業/翻訳会社と翻訳者の関係性から、翻訳者が幸せになれる業界の構築が必要であると考え、SNSやブログを通じた翻訳者視点の情報発信や、セミナー/勉強会などの活動を行っている。翻訳者/チェッカーの作業支援を目的に開発したフリーソフトウェア「WildLight」の開発者。日本翻訳連盟理事。
 



2018年度総会基調講演報告
日時●2018年6月6日(水)16:35 ~ 17:45
開催場所●アルカディア市ヶ谷(私学会館)
テーマ●2017年度第5回翻訳・通訳業界調査報告
登壇者●法人の部 筆谷 信昭 Fudetani Nobuaki  日本映像翻訳アカデミー株式会社 取締役 兼ロサンゼルス現地法人 代表取締役●個人の部 齊藤 貴昭  Saito Takaaki  日本翻訳連盟理事、社内翻訳者
報告者●橋本 立馬(株式会社 翻訳センター)

 


 

 この度の日本国際連盟(JTF)の2018年度定時社員総会基調講演において、第5回目となる翻訳・通訳業界調査結果報告が行われた。報告内容は、JTFによって翻訳・通訳産業の実態を把握するべく実施されたアンケート調査の結果をまとめた「2017年度翻訳白書」に基づくもので、二部構成の基調講演では第一部では筆谷氏によって「法人の部」、第二部では齋藤氏によって「個人の部」の調査結果がそれぞれ報告された。今回より新たに通訳も対象としたアンケートの興味深い結果もさることながら、筆谷氏と齊藤氏両名の知見に富んだ分析により、様々な角度から翻訳・通訳業界の現状を知ることが出来る意義深い講演となっていた。

第1部:法人の部、講師:筆谷 信昭氏

 全国の翻訳・通訳関連企業1,137社を対象とした当該調査では278社から有効回答を得た。有効回収率は約25%と前回とほぼ同じであるものの、回答数は前回2013年度調査時の192社より86社増加した。

翻訳・通訳事業の売上

 翻訳・通訳会社として回答した企業のうち、年商規模3億円未満の企業が約半数を占めた。翻訳事業の売上高においても5000万円未満の企業が半数であり、10億円以上の企業の比率は5%未満であることから、翻訳業界では主に中小規模の企業が多いことが見て取れた。一方、通訳事業の売上高では、回答した企業の内7割が年商1000万以下であることが示された。この結果については、定款に通訳会社を加えて間もないこともから現在JTFの加盟企業で通訳を主なサービスとする会社は少ないという背景が理由として説明された。

 また今回の調査対象企業の回答より、2017年度における翻訳の市場規模を推計2561億円と算出した。この数字について、筆谷氏は翻訳の市場規模を正確に捉えることは難しいと前置きをした上で、産業としての規模は決して小さくはないと述べた。一方通訳の市場規模については、通訳業を主なサービスとする企業の回答数が少ないため今回は見送られた。聴講者からは翻訳事業売上高の集計において派遣事業が含まれていない理由が問われたが、筆谷氏は派遣業務における翻訳作業量の把握が困難なために今回の調査に除外したと解説した。

市場の景況感

 翻訳売上高の増減の集計では、前年度より売上が増えたという企業数が減った企業を上回っており、また翻訳受注額の見通しについても回答企業の半数近くが今後一年で「増えると思う」と回答していることから、筆谷氏は全体として翻訳市場は拡大している傾向にあると解説した。一方通訳売上高の増減の項目においては、半分強の企業が「どちらともいえない」と回答したが、売上が増えたと回答した企業は減った企業を上回っていた。

翻訳・通訳料金

 料金の計算基準については、英日・日英翻訳のいずれの分野においても「原文基準」の回答比率が約70~80%であり、概ね原文基準が主流という結果が得られたが、特許日英翻訳のみ「訳文基準」の半分弱の比率を占めており、特許翻訳の料金基準の特殊性が見られた。通訳料金については、一日の平均価格帯が同時通訳では1名あたり「10万円未満」が67.3%、逐次通訳では1名あたり「6万円未満」が60.7%という結果だった。

その他

 解説の最後に筆谷氏は、今回有効回答数の少なかった通訳以外にも、分野やセグメント別などより細分化した項目での傾向の把握や、出版翻訳や映像翻訳でも同様に分析することを課題例として上げ、会員へ更に価値ある情報の提供が望まれると言及した。また、今後の調査においては、翻訳業界で存在感の高まる機械翻訳やAIについてさらなる調査方法の検討の必要性があると述べた。

第二部:個人の部 講師:齊藤貴昭氏

 今回の調査にあたっては全国の翻訳・通訳者を対象とし、有効回答者数は557名であった。その内通訳業を行っていない回答者はおよそ80%になり、通訳を専業とする回答者は15.9%と通訳を行う個人の回答比率が小さかった。この理由について齊藤氏は法人の部における回答と同じく、JTFの定款に通訳業が入って間もないために通訳業界での知名度の不足が起因していると説明した。

翻訳者・通訳者のプロフィール

 翻訳者の経験年数については、経験年数3年未満と回答する翻訳者の割合が減少しているデータが示された。齊藤氏はこれの結果に対し業界に新たに入る新人翻訳者が減少している可能性があると言及した。また通訳者の実務経験年数では経験年数が「5~10年未満」が22.8%の最多比率であり、年齢層で見れば最も活躍しているのは40~50代だった。また性別による集計では翻訳者・通訳者の内3分の1が男性、3分の2が女性であり、今回の調査によって個人で活躍する翻訳者・通訳者達のプロフィールの傾向が明示された。

翻訳者の労働時間

 翻訳者の一ヶ月の平均労働日数についての回答では「21~25日」が3分の1の割合で最多であることは前回と変わらなかったものの、20日以下と回答した割合が約50%に増加しており、翻訳者の労働日数は減少している傾向が見られた。翻訳者の一日の作業時間についても「7~9時間」の回答が前回に引き続き最多だったが、「5時間未満」を選んだ翻訳者が17.0%から24.8%に増加しており、翻訳者のワークスタイルの変化が見て取れる興味深い結果となった。

翻訳者・通訳者の収入と受注形態

 翻訳収入における景況感では、前年度との翻訳収入の増減を比較すると「どちらともいえない」の回答率が46.1%と半分弱の割合だったが、全体としては前回調査と同じく収入の増えたものが減ったものを上回る傾向となった。通訳者収入の増減についてもほぼ同様の傾向であり、翻訳者・通訳者において収入面では維持あるいは増加した者が多いという結果を示した。

 また翻訳仕事の受注形態については、2013年度と同様に翻訳会社からの受注が80%以上を占める傾向となったが、マッチングサイトやクラウド翻訳経由の仕事については「ソースクライアントからの直接受注」に該当するのかを問う声があり、それを受けて齊藤氏は今回それを明確に区別できる回答項目を設置していなかったと答えた上で、今後の調査においては意見をふまえたアンケート改善の必要性を述べた。

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