日本翻訳連盟(JTF)

プロの翻訳技術を学ぶコツとテクニック「翻訳学習者」が「プロ翻訳者」になるためのスキルアップ

2018年度第2回JTF関西セミナー報告
プロの翻訳技術を学ぶコツとテクニック
「翻訳学習者」が「プロ翻訳者」になるためのスキルアップ


駒宮 俊友


翻訳者。テンプル大学ジャパンキャンパス生涯教育プログラム翻訳講座講師。インペリアル・カレッジ・ロンドンにて翻訳研究を行う(理学修士)。ビジネス、法律、旅行、アートなどさまざまな分野の翻訳・校正業務に従事する一方、大学を中心に翻訳・語学教育にも携わっている。テンプル大学では社会人学生を対象に、翻訳入門コース、法律翻訳コース、ビジネス翻訳コースなどのクラスを担当している。日本翻訳連盟(JTF)およびEuropean Society for Translation Studies(翻訳学ヨーロッパ学会)会員。著書に『翻訳スキルハンドブック』(アルク)。
 



2018年度第2回JTF関西セミナー報告
日時●2019年1月18日(金)14:00~17:00
開催場所●大阪大学中之島センター
テーマ●プロの翻訳技術を学ぶコツとテクニック
「翻訳学習者」が「プロ翻訳者」になるためのスキルアップ
登壇者●駒宮 俊友 翻訳者/講師
報告者●大野 里奈(株式会社ウィズウィグ)

 


 

 今回の参加者はプロ翻訳者が半分ほどで、テーマの通り「翻訳学習者」が「プロ翻訳者」になるためのスキルアップを目指す方が多いようであった。ワークショップもあるということで、講話の前にまずは参加者同士が作業グループで自己紹介というイレギュラーな入り。これで場も温まり、終始和やかにセミナーが進んだ。

翻訳者に必要な能力

 一般には、プロの翻訳者になるために、生まれ持っての高い語学力や海外生活経験などが必要と考えられているが、はたしてそうであろうか。登壇者自身は英語を苦手としていた時期が長く続いていた。ただし、翻訳者になりたいという気持ちがあり、語学力の不足を、それ以外のスキルや経験で補える方法はないだろうか?と模索していた。
 セミナーでは、炭酸飲料の「清涼飲料水の缶」、「犬」そして「ダウンジャケット」という一見関連性のない画像がスライドで提示され、これら3つの共通点は何か?という問いかけが登壇者から投げかけられた。一つの答えは「どれも、『商品』としての側面を持っていること」。これは客観的に事物の別の側面を捉え、抽象度を上げた見方をしている。
 語学のスキルに加え、翻訳にはこのようにロジカルに考えるスキルが大事で、原文分析や作業プロセスの効率化の際に役に立つ。これは才能というよりむしろ習慣といえよう。習慣を身に着けることが大切である。翻訳時のテキスト分析においては先入観を抱かずフラットな視点を持つことが重要であるが、語彙や知識が少ないと先入観を持ちやすく、それがミスへとつながる。
 翻訳作業に必要な知識として、文法と用語の知識のみならず原文内容や背景情報も挙げられる。また、翻訳スキルに加え、専門分野を持つことがプロ翻訳者には不可欠である。

翻訳・英語学習のヒント

 翻訳学習はどのように進めればよいか。それは「好きなもの」を介することである。英語を使って自分の好きなものに関する情報を得るという道筋を自分で作るのが重要である。翻訳の仕事は実務に関するものが主であり、ニーズのある分野で好きなものを専門分野にするとよい。「物事を好きになる努力」も怠ってはならない。元から興味のある分野でなくても、自ら好きになっていくことで専門分野を増やすことができる。また、学習はかける時間ではなく具体的な成果を目標にすべきであり、継続する方法も含めロジカルに現実的な計画を立てたい。

翻訳に必要な5つの基本スキル

 翻訳に必要な基本的なスキルは原文分析、リサーチ、ストラテジー、翻訳、校正の5つに分けられるが、このように作業段階を分けて進度を掴むことで生産性が上がる。原文分析は、翻訳するテキストがどういったものであるのかを考えるフェーズである。想定される読者が変われば翻訳も変わるように、原文分析はストラテジーにも関わる。漫然と読むのではなく、細かい部分も丁寧にかつ時間はかけずに読み込みたい。また、リサーチスキルを会得することで、知りたい情報を短時間で見つけられるようになるので、翻訳作業を効率化し、ひいては翻訳の品質向上が期待できる。

ワークショップを通じて

 フィーリングで訳さず、徹底的に調べることが翻訳という仕事である。つまり翻訳者は自らの翻訳を説明できなければならない。例えば、童謡「七つの子」の「七つ」が七羽なのか七歳なのか調査し、結論の出ないものは納品時に申し送りをすることになる。また、翻訳は商品であり、その価値を高めるにはもう一つ上の日本語力が不可欠である。不自然な日本語や直訳調は避け、訳文が翻訳かどうか分からないレベルを目指すべきである。
 スキルアップのためにもロジカルに考えることが重要で、自らの訳し方の癖や習慣を客観的に見つめよう。自分がよく使う単語を検索で洗い出し、換わる表現を書き出し、それらをリスト化するのも一つの方法である。関連して、チェックリストやQAツールも作業の負荷を減らすものとして活用したい。こうしたツールを毛嫌いする前に、まずは試してみて、採用の是非を判断すれば良いのである。
 また、日本語の運用力を上げることを努力の方向性として持っていたい。知っていても使えない言葉は多い。語彙は外から吸収するというより、元々自分の中にあるものを、一生懸命に見つけて引っ張り上げるというイメージを持つことを勧めたい。

「良い翻訳」とは何か?

 「良い翻訳」をイメージする場合、まずは(1)誤訳がない、(2)読みやすい、(3)クライアントや翻訳会社の指示に従う、という3つを意識すると良い。(1)に関し、トランスクリエーション(translation+creation)という言葉があるが、これは誤訳の定義を考えさせるものである。旅行関係など集客を目的とした文章では、多少意訳していても翻訳先の言語として自然で、魅力的であることが求められる。この場合、翻訳が原文と(単語レベルで)忠実でなくても、誤訳とはみなされない。このように、良い翻訳の定義は条件によって変わる。翻訳者の仕事とは、どういった翻訳を求められているかを見極め、そのニーズに応えられるものを作り上げていくことが重要である。(2)の読みやすさについては、現時点の機械翻訳やポストエディットでは実現できないレベルの、質の高い日本語を目指すとよい。「読みやすい」訳文をつくれるというのは、それだけで翻訳者にとって大きな武器になる。
 また、言葉は変化するものであり、「良い翻訳」の定義も時代や分野によって変わる。専門分野を決めたうえで、そのジャンルの最新の情報を常に把握していかなくてはならない。

翻訳学習者のエラー傾向

 実際のエラー傾向として、まずは「一文が長くなる」ことが挙げられる。一文中の情報が多すぎて焦点がぼやけると読みにくくなる。この場合、文を二つに分けることが有効である。次は「Major errorにつながる誤訳」であり、専門知識の不足によって生じ得る。最後に「直訳/読みやすさの問題」がある。直訳調では日本語が不自然になり、読みやすさが失われる場合が多い。翻訳のコツとして、読者が知りたい情報を文の前の方に持ってくることで、すんなり内容が入ってくる文章になる。こうしたミスの原因も、ロジカルに考え対策を練りたい。

作業プロセスの効率化

 「sustainableな翻訳者」になるため、作業プロセスを効率化することが重要だ。時間をかけることは品質向上の担保にはならず、効率的な作業を心掛けるべきである。各作業段階に適切な時間を割り当てるために、自分の作業を分けて考える癖をつけよう。まずは一日の作業時間を定め、無理のないスケジュールを立てる。そして各段階で要した時間を記録することで、原文のジャンルや難易度により作業時間は大きく変わることを知る。自分の作業時間が掴めたら、それをスケジューリングに反映することで、全体のプロセスを効率よく進められるようになっていく。QAツールの使用や検索スキルの向上などにより、作業を効率化していく工夫をしたい。

<Q&Aより抜粋>

Q. 日本語から英語に翻訳する場合、名詞の単数・複数など、原文に欠けている情報の処理はどうしたらよいか。
A. ターゲット言語(日英翻訳の場合は、ターゲット言語は英語)のネイティブ話者が実際に使っている英文例を調べる。そのためには検索スキルの向上が有効になる。例えば、「ドメイン指定」などの検索方法を使うことで、英国やカナダなどのウェブサイトのみを、検索対象にして調べ物を行う。こうした方法を積極的に活用することで、リサーチの効率化を図るとよい。

 


 

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