[イベント報告]旅館も翻訳も人をつなぐ究極のサービス業

2020年度第5回JTF関西セミナー報告報告

  • テーマ:旅館も翻訳も人をつなぐ究極のサービス業(二部構成)
    • 一部(講演):老舗旅館の女将が考える業務効率化とサービスのバランス
    • 二部(座談会):インバウンド翻訳者が教えるおもてなしの心と翻訳の秘訣
  • 日時:2021年3月11日(木)14:00~16:00
  • 開催:Zoomウェビナー
  • 報告者:伊藤 祥(翻訳者/ライター)

登壇者

小野 雅世(オノ マサヨ )

京の宿 綿善旅館 若おかみ

1984年京都生まれ京都育ち。立命館大学卒業後、メガバンクへ就職し、大阪で法人営業部に配属される。退職後実家の旅館に入り、観光庁の「旅館ホテル生産性向上モデル」に選出。業務の効率化を実現。成功事例として2017年安倍首相の前で発表。また同時期より旅館の魅力を伝える活動や業務効率、コロナ禍における事例紹介として学校や同業者、他業種の経営者に向けて講演を行う。


Ian SUTTLE(サトル イアン)

翻訳者

アイルランド出身の日英翻訳者。高校時代に日本語学習を始め、古典文学など日本文化に興味を持ち、国立ダブリンシティ大学にて応用言語翻訳学を専攻、卒業後JETプログラムで岩手県庁の国際交流員となった。県庁では主に翻訳・通訳を担当。岩手の観光情報、県産品、震災からの復興に関する資料などを翻訳。2015年に大阪の英語教育の会社に入社し、趣味として古典和歌などの翻訳を続けた。2019年にアイ・ディー・エー株式会社に社内翻訳者として入社。主にインバウンド観光系、企業のHPやプレスリリースの英訳を担当している。


Jim Rion(ライオン ジム )

Rion English Support 代表

アメリカ出身。在日16年。英翻訳職・ライターを始めて6年目。主にホテルや観光地、地元酒蔵ウエブサイトの英訳をしている。その他分野でも幅広く活動中。


一部:老舗旅館の女将が考える業務効率化とサービスのバランス

綿善旅館は天保元年(1830年)創業、創業者綿屋善兵衛、年商3億円(コロナ前)、客室数27室の小規模旅館である。お客様の内訳は2019年日本人5,592名、外国人6,180名、修学旅行生16,891名。海外の方にも日本文化として喜んでいただいている。京都の旅館と言えば敷居が高いイメージかもしれないが、京都の親戚の家というイメージで旅館の売りである空間や食事や体験を通じ、お客様にとってもスタッフにとっても一生の思い出づくりのお手伝いをさせていただいている。

コロナ禍における綿善旅館

京都という街は、TRAVEL+LEISUREのTOP 10に2012年以降ランクインし続けている特別な街だ。旅行業界はゆくゆく自動車産業を超えるといわれ、市場規模は15兆円にのぼる。

しかしながら、昨年よりコロナ禍に見舞われ、綿善旅館も独自の取り組みで戦い続けてきた。パンダの着ぐるみで板前弁当を販売したり、恵方巻きを鬼が配達したり。医療現場への弁当の差し入れや、急な休校のお子さんを預かる「旅館で寺子屋」。伝統産業の方と感染予防をしてのお祭りの開催や、他の旅館と共同で捨てないお箸の開発。自社の宿泊プランの見直し、オンラインのインターンシップ、社内韓国語講座、食材の宅配事業等々。

このように、今は色々な取り組みを行う活動的な旅館だが、私が入社した時は自発的にスタッフが企画を考えるような社風ではなく慣習にとらわれ非効率だった。

旅館の課題と原因

業界の課題は人手不足であった。有効求人倍率が1.35倍といわれたときに、旅館業界は7.8倍で、採用サービスの会社に高額費用を払い採用しても入社に至らないというケースもあったと聞く。人手不足が労働環境の悪化を招き、休みがなく、労働時間が長かった。生産性の低さは、2015年の日本一の生産性ワースト5の職種、宿泊、介護、運送、飲食、小売に入っていた。これらの業種は国からコンサルが入って改善を求められたこともある。

みなおしポイント

原因は、いらない仕事が多い、全体で見たときの作業効率が悪い、慣習や思い込みがある、の3点にあったと思う。解決のポイントは限られた人・時間でパフォーマンス上げること、お客様が欲しいサービスと提供するサービスの重なりを大きくすること、その仕事はプロのあなたの仕事かという観点で見直すことだと感じた。

いらない仕事を減らすとはお客さんが求めてない仕事を削減し、お客様が欲しいサービスと提供するサービスの重なりを大きくすること。全体で見たときの作業効率改善は、各担当の仕事の時間割を全体の一覧にして、部署の効率優先で全体的に非効率になっていないか見直した。慣習や思い込みで行っていた仕事は要不要とプロの仕事かの2つの観点で洗いざらい見直した。

綿善でやってみたこと

いらない仕事削減の例としては、売店を廃止した。近所は新京極・錦市場や四条など買い物をするところが多くある。売店の利益率は低いのに、人が常にいる必要があり、作業も多かった。そこを観光案内スペースに変え、観光案内や、自社の表彰実績などを展示した。観光情報を見やすく並べたら、お客さんが資料を手に取ってくれるようになった。

次に浴衣やアメニティを部屋に置くのをやめた。人によってサイズ・ニーズが違うからだ。以前は浴衣は従来の日本人のお客さんのサイズを置いていた。袋詰めのアメニティも使わない人が多いわりに袋詰めの作業負担は大きく、抜け漏れもあった。改善後はお客様の必要なものを届けるようにすると労働時間の短縮にもつながった。

以前はドリンクメニューが表裏のカードで、日英表記は予約のお客さんに応じて表裏変えていた。片面で表示できるようにしたのち、電子化してiPadで館内のご案内が多言語で見られるようにした。

このようにヒューマンエラーの可能性と、求められるサービスとの乖離を減らした。

業務の棚卸

各部署の作業の見直しでは、会席料理は一食に対して食器の量が多く、洗い場の仕事にボリュームがあるが、全体最適で仕事の時間帯を入れ替えし、洗い場は客室係の手の空いた時間帯にやることで、人の削減につながった。

また、プロの仕事としてやめない仕事としては、朝食はビュッフェは良しとせず、一人一人へのお料理の説明は行う。やめる仕事としては、お布団敷き・お布団上げはお客様の食事でご不在時に行うのが通例だったが、朝食時に布団を上げるとホテル文化の影響で朝食後休むことも出来ないとか、何勝手に部屋に入ってるのかという受け止めにもなりかねず、そのタイミングで布団をあげる必然性が疑問となった。このように、スタッフみんなでよく考え、お部屋のお茶だしやご挨拶など、必要な仕事も明確になった。

若女将の仕事

会社全体の仕事の見直しに加え、個人の仕事の見直しも行った。若女将の仕事には、もともと経理・接客・広報・採用・人事/教育・ゲストハウス管理・総務・経営・企画運営があったが、経理・ゲストハウス管理・総務/労務管理の負担が大きく、接客の比重が小さくなってしまっていた。若女将は本来旅館の顔のはず。採用・人事・教育、接客スタッフのスキルアップやメンタル面のケアも大事だと思っていたがそこまでエネルギーがさけず、経営者なのに経営や企画運営もあまり出来ていなかった。

そのため、ゲストハウスの管理をやめ、経理も大部分をリモートに外注、総務労務も社労士と契約した。こうして本来注力するべき仕事に注力でき、家族との時間も大切にできるようになった。

何が変わったか

これらの改革により、お客様からの評価、従業員の行動の変化、休日日数増、勤務時間減、入社希望増と大きな変化があった。具体的には、じゃらんの口コミ4.2点から最高4.8点(現在4.5点)とお客様からの評価が改善、従業員の意識が変容し、今は顧客満足度向上委員会を発足させ、さらに色々変えている。従業員の行動の変化としては、受け身だったのが、今は積極的にサービスを提案、研修・企画・業務改善において一人一人が主役でやっている。休日日数は年間83日から、週休2日105日+有給休暇になった。1月2月の閑散期には10〜14連休とれるようにし、外国人スタッフは帰国できるようになった。固定残業も平均残業30時間から平時は月11時間に減った。これにより、インターンシップも20〜30名の応募、そこから本当に入社を希望する5〜10名の方に来てもらうというようになり、大手会社経由で採用募集をかけなくても低コストで募集がかけられるようになった。以前の課題は概ね解決した。

以上、私達の経験が皆様の参考になれば幸いである。これからも京都から人生を日本を世界を元気にしていきたい。皆様とまたお会いできる日を楽しみにしている。

質疑応答

Q. 新しいことを導入した時の反発は?

A. スタッフの中にも反発はあって大変だったが、本当によい旅館のサービスを考えてくれる人は一生懸命考えてくれた。一時は苦しかったが成長痛だったと思う。

Q. お客様が必要とされているのかはどのように判断しているのか?

A. 接客時のコミュニケーションから情報を得たり、アメニティは多く残るものは不要など、なるべくアンテナを張るようにした。

二部(座談会):インバウンド翻訳者が教えるおもてなしの心と翻訳の秘訣

後半の座談会では、英文翻訳者のお二人から、前半を綿善旅館の英文ホームページを参考に訳出時に間違いやすい例について、翻訳者の観点からご解説いただき、後半はインバウンド関連の翻訳でよく目にする間違いやすいポイントをご紹介いただいた。(司会はアイ・ディー・エー株式会社 寺西 澄恵氏)

宿泊費について

ライオン:ウェブサイトのナビゲーションにある宿泊費などの記載は箇条書きにして、文章は入れない。宿泊費はBasic fees、feeとchargeは母語話者にとっても微妙な違いであるが、feeはメインの料金、chargeはオプションのものの料金を指す。

会場質問:rateは使われるか?

ライオン:rateを使うと比率によってあがる単価という印象になるが、あまり使わない。

ライオン:料金のただし書きに、youを主語とした文章を使うと直接的で強すぎる印象になる。例えば、受動態を使うなどして、youを使わない間接的な言い方にするとよい。

  • 例)Reservation for Rooms and Meals cannot be discounted if the meal is later canceled.

メニューの説明について

ライオン:会席料理の説明は、「Kaiseki」という単語を見出しにそのまま使い、本文で簡潔な説明を加える。調理方法は翻訳が難しいが、外国人が気になるところ・慣れないところを先んじて説明するのがポイント。しゃぶしゃぶやすき焼きには、具体的な説明が必要だ。何も知らずに注文して、生の具材が出てきて、自分で鍋に入れなければならないとなるとびっくりするので。どんな肉やタレが出てくるかについても、説明があればお客さんは安心して注文できる。

司会:特に、自分でテーブルで料理することは注意点として書いた方がよい。

サトル:すき焼きやしゃぶしゃぶの紹介は単に原文を訳すだけでなく、英語の資料を参考に翻案する。

司会:日本独特のものはお客さんと相談しながら追記したり、相談しながら英語ページをつくりあげるとよい。

会場質問:懐石と会席の違いは?

小野:茶の湯において、正式な茶事の際、会の主催者である亭主が茶を喫する前に提供するのが懐石。一方、お酒を飲みながら食べるのが会席であり、旅館の食事の大半は会席料理である。

予約手順

サトル:箇条書きで列記するときには、文中にpleaseを入れるとくどくなるので不要。また、団体の名簿というときのmembers listはこの文脈では少し不自然。

ライオン:Members of partyがよいと思う。Memberだけでは会員という印象。

サトル:Participantsでもよい。

サトル:翻訳の際、原文の情報が古くて間違っていることがある。このようなときは、申し送りで報告すると、クライアントにとっても有益である。

司会:翻訳者は情報の間違いに加え、原文も噛み砕かないと訳せないので日本語の微妙な違いにも気が付くことがあり、お客様に報告すると喜ばれることがある。

FAQについて

サトル:料金の未就学・幼稚園・小学校・中学校は、国によって制度が違うのでそのまま訳さず年齢で記載する。

司会:お金に関わることなので明確にしたほうがよい。

サトル:部屋の備品の有無について、Do you haveで聞くと旅館が持っているかであり、宿泊客に提供されるかどうかはまた別なので、提供されるか聞くにはprovidedの方が適切である。また日本独特の単語、例えば浴衣などにはrobeやpajamaを補足したほうが親切だ。

また、英語には可算名詞と不可算名詞があり、可算名詞の単数形の前は冠詞が必要だが、備品の記載は単数か複数かわかりづらいため翻訳者泣かせの項目である。複数形にして一般化したり、「テレビは1台」など単数と思われるところは単数にしたりしている。

司会:翻訳段階で個数が不明の場合、翻訳会社の担当者なりがクライアントに確認し、最終的には実際の個数に合わせた英文にする必要はあるが。

ライオン:お風呂についてwith a bathとすると、旅館は大浴場があるからお風呂に入れる権利があるという意味にも理解できる。なので「Do rooms have a bathtub?」のほうが部屋に風呂があるかより明確になる。

サトル:綿善旅館のホームページのFAQは、日本語ページは日本人旅行者向けの情報が、英語ページは外国人旅行者向けの情報がより詳しくなっており大変素晴らしい。

観光名所の紹介

ライオン:ウェブサイトは情報を伝えるだけではなく、イメージ作りにも貢献するので、老舗旅館にふさわしいフォーマルな英語であるべき。例えば、電気屋の広告のような文体が混じってしまうと違和感があるので要注意だ。「~ is here to help guide you as you enjoy your stay」といった表現がベター。

サトル:寺の名前など固有名詞は固有名詞だけでは分からない人もいるので伝わるようtempleなどの表現を追記する。

  • 例)高台寺 Kodaiji temple

司会:観光庁のガイドラインなどを参考に、鴨川はKamogawa riverのような意味がわかる表記が伝えるためには重要である。

西暦と和暦

サトル:和暦の大正初期などは「大正」であることが重要な場合を除き、the 1910sのようにおおよその西暦の表記で表した方が自然でわかりやすい。陶器市が始められた、などという場合、was startedにすると、誰が始めたなど、より詳しい情報が続きそうな感じがするので、「This pottery festival began in the 1910s.」や「This pottery festival has its origin in the 1910s.」のようにするとよい。受け身の使いすぎは「誰かの手により」始められたという印象になるので避けたほうがよい。

歴史上の人物/史跡

サトル:例えば、源頼朝の説明で武家というときにwarriorを使うと単なる武士という意味なので、武家(powerful samurai lords)という階級であることは伝わらない。また、源頼朝がわからない人にはキャッチフレーズ的な説明が必要だ。

ライオン:史跡などの説明で、畳何畳という部屋の大きさも平米表記が必要かと思う。

この他、翻訳中によく目にする注意点について

ライオン:レストランの紹介文などでの「!」の乱発は印象がよくない。メニューの食材については好みもあるが、アレルギーや宗教、健康の観点から明示が必要だ。また日本語の「焼く」の英語は、bake、grill、roastがあるので、翻訳者はしっかり使い分けて欲しい。

ライオン:温泉の効能は効果的と宣伝したい気持ちはわかるが、「This is helpful.」と言い切ってしまうのはリスキーなので、「It is believed to offer some relief.」といった表現にとどめる。

サトル:日本語の近代と異なり、英語のmodernは最新を指すので、近代建築などの近代は「in the late 19th and early 20th centuries」などのように具体的に年代を表記するとよい。

ライオン:自然な英語で、外国人が知らないことには端的な補足がなされ、わかりやすい訳文というのが理想だ。

サトル:その通り。だが印刷物など字数の兼ね合いがあるものはいつも悩ましい。

ライオン:和製英語にもひっぱられず、きちんとした英語で訳出するよう気をつけたい。


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