[翻訳祭30報告]翻訳・通訳業界の未来 ~翻訳・通訳の持続可能な発展を目指して~

第30回JTF翻訳祭2021プレイベント報告

  • テーマ:翻訳・通訳業界の未来 ~翻訳・通訳の持続可能な発展を目指して~
  • 日時:2021年9月30日(木)14:00~15:00
  • 開催:Zoomウェビナー
  • 報告者:三浦ユキ(ペンネーム、翻訳者)

登壇者

司会

  • 石川 弘美 (JTF理事、広報委員長)

パネリスト

  • 安達久博(JTF会長)
  • 高橋聡(JTF副会長)
  • 村下義男(JTF理事、第30回JTF翻訳祭2021実行委員長)
左から高橋、安達、村下の各氏

今回の翻訳祭は、「翻訳の日」記念であるとともに、日本翻訳連盟(JTF)創立40周年、翻訳祭は第30回という様々な意味での節目にあたるものであった。

その節目の年に9月30日の「翻訳の日」を記念して、誰でも参加できる約一時間のオンラインイベントが行われた。(なお、コロナの感染拡大および緊急事態宣言を受けて、プレイベントも翻訳祭本体の各セッションも昨年同様にオンライン開催となっている)

SNSも用いて広く宣伝し、「翻訳の日」を記念したプレゼントが当たるキャンペーンも開催されるなど、工夫と意欲が感じられる。

翻訳通訳業界調査の概要報告

最初に、JTF安達会長より、JTFが定期的に実施している翻訳通訳業界調査の最新の結果の概要報告が行われた。調査は4年ぶりに昨年末に行われ、第6回にあたる。

調査では、翻訳業界および通訳業界の両方に対して、売上高や景況感を調べた。前回の2017年のデータとの比較も示され、やはり2020年はじめからのコロナ禍の影響が反映されている。景況感については、翻訳、通訳ともに2020年は減収報告が増えている。翻訳の分野別の統計を見ると、分野による有意の差は特にみられなかった(例えば、不況に強いと思われていた医薬分野も影響を受けており、コロナ下の影響が少なくむしろ増収していると言われているIT関連でも、翻訳業界では増収は確認できなかった)。事業規模別にみていくと、翻訳については、事業規模の小さい企業群のほうがコロナによる減収影響は大きい。逆に通訳では、規模の大きい企業のほうが減収影響は大きかった(詳細はJTF「2020年度翻訳通訳白書(第6回業界調査報告書)」を参照。JTF会員は無料で閲覧することができ、非会員には有料で頒布されている)。

なお、今回の業界調査は昨年度上半期の調査のため、コロナの影響を色濃く反映した内容となっているが、下半期は徐々に回復し、前年度並みの業績となった。とのことで、翻訳通訳業界の需要の底堅さがあるとのことである。以下で、詳細に報告する。

通訳、翻訳の現場で感じたコロナによる影響

村下理事(翻訳者および通訳者の派遣業を営む)

通訳業界では、2020年前半は全てストップしたという印象。イベント関連は軒並みキャンセルか延期となった。法人関係の顧客へのイベント時の同時通訳派遣等もほとんどなくなった(村下理事の会社では同分野は6~7割減)。

2020年後半になると、リアルな会場参加型会議が縮小し、会場参加型とオンラインとの併用でという融合型(ハイブリッド型)の会議運営が大半となり、通訳者は自宅からリモート参加で通訳を行うことが徐々に増えていった。2020年の前半は通訳関連の売り上げが半分くらい落ち、後半に徐々に回復した企業が多い。

高橋副会長(個人翻訳者)

通訳者と翻訳者の両方を見てきた印象を、自身の状況を含めて述べる。

通訳者には、(村下理事のお話通り)2020年前半に通訳の仕事がほとんどなくなった時期があったが、もともと翻訳を兼業している人も多く、その時期は翻訳の仕事を受けることでリカバリを図ったものの、全体として減収は避けられなかったと聞いている。

翻訳者の状況は分野により異なる。ビジネス系、イベント系の翻訳は少し厳しかったが、それ以外はあまり変わっていないかむしろ増えているという印象がある。特に増えているのが、従来の映画やドラマではない、産業系の字幕案件である。オンラインイベントを日本で配信するときに字幕を付ける需要が増えたためである。今後翻訳の需要全体が増えるとは言い切れないが、少なくとも今は持ち直してきているのを翻訳者として感じている。

9月30日は何の日? 翻訳祭の起源は?

9月30日はもともと世界翻訳の日(International Translation Day)である(国際翻訳家連盟が制定したもの)。2017年の5月に国連総会で「国どうしを結び、平和と理解、発展を育むうえで専門の翻訳者が果たす役割」を重視する決議が採択され、9月30日を国連国際翻訳デーと定める決定がなされた。2018年、JTFが安達会長を中心に動き、一般社団法人日本記念日協会に申請し、認可され、日本で9月30日は翻訳の日として正式に登録された(登録は2019年5月)。

約30年前の9月30日に第一回翻訳の日記念行事が行われ、これがJTF翻訳祭のはじまりとなった。すなわち、JTF翻訳祭とは、もともと、世界翻訳の日を祝うために始まったものである! 日本での翻訳の日登録後初の翻訳祭は、2019年にパシフィコ横浜で開催され、「翻訳の日」を記念するイベントであることを新聞一面カラー広告での広報を展開するなどかなりアピールした。2020年は、コロナ禍で急遽オンライン開催となり、なかなか翻訳の日をアピールする機会がなかったが、今年2021年はJTF創立40周年でもある。この節目の年に、翻訳の日のことを業界関係者はもちろん、皆様にも広く知っていただきたいと思う。

翻訳について考える(初期の翻訳祭広報記事から)

『ここでわたしたちは、単なる「ことば」や「こと」の翻訳から、「こころ」を正しく自然に翻訳するように努め、それによって日本国や日本人がほんとうに外国人から同じ地球上の同胞として愛されるようにならなければなりません』

登壇者らは、こころを翻訳という点に注視していた。

今は機械翻訳なども進んでいるが、「こころを翻訳する」ということは人間にしかできない。(安達会長)

「こころを翻訳する」という言葉は骨身に沁みる。グローバル化が進み、翻訳通訳は今後も重要度が高くなっていく。今後、翻訳の日を世界中の人、日本の人に「今日は翻訳の日だ」と振り返ってもらえるような日にしていけたら。(石川理事)

今回の翻訳祭の特色(お勧めセッション)

高橋副会長

翻訳祭プログラム委員のひとりとして、バラエティ豊かな内容にするべく頭をしぼった。おすすめは以下のとおり。

  • 4月末に開催されたJTF翻訳セミナー「機械翻訳とは何か。どこから来て、どこへいくのか?」の好評を受けて、翻訳祭でも東京大学の中澤敏明先生と高橋副会長で機械翻訳についてのセッションをバージョンアップした内容で開催する。
  • もうひとつの機械翻訳についてのセッション、柿沼太一氏(弁護士法人STORIA(ストーリア)による「機械翻訳サービスの提供及び利用に際しての法的留意点」は、機械翻訳を法律の面から考えるもので、著作権等ユニークな内容となっており、これまでJTFで取り上げられたことのない内容である。
  • 川添愛氏(セッションタイトル:「日本語を見つめる、分析する―理論言語学の視点と方法―」)は、言語学についての話を一般の人にも分かりやすく話される。言語学の知見をベースに、私たちがふだんどのように言葉に気をつけるべきなのか、ちゃんとした言葉、日本語とはどういうものなのかという内容の著作があり、翻訳・通訳にも役立つ内容である。(村下理事からも、約30年前に書かれた翻訳の原点に回帰する内容と推奨あり)
  • 個人翻訳者向けの内容のセッションはほかにもたくさんある。
  • 今回のJTF翻訳祭には、翻訳業界全体を考えていくという視点をもったセッションが多い。

報告者から

JTF翻訳祭の開催前に誰でも視聴できる形でプレイベントが行われるのは興味深かった。そして、聞けば聞くほど、翻訳の日のことをはじめ、自分の知らなかったことがどんどんわかってきて、今、このタイミングが翻訳にとってとても大切な日だ、節目だということが恐ろしいくらい身に染みている。そして、今回のJTF翻訳祭の報告をすることの重大さも感じている。

実は、9月30日の翻訳の日については、一度によく理解できず後で調べ直したくらいだった。繰り返しになるが、国際的な翻訳家の団体(国際翻訳家連盟International Federation of Translators: FIT)が世界翻訳の日としてもともと定めたもので、国連が2017年に総会決議で国連国際翻訳デーを制定し、2019年に日本でも翻訳の日をナショナルデーとするまで長い年月がかかっている。

30年前に永田町で第一回翻訳の日記念行事が開催されたことがいかに意義深いこと、また(早い遅いという視点で見るものではないと思うが)進んだことだったかと思う。翻訳者や通訳者の団体はほかにも存在するし、JTFは翻訳会社が多数所属する少し珍しい存在かもしれないし当時の様子は分からないが、いち早く世界翻訳の日を記念する行事がJTFによって開催され、それが30年継続されていることは本当に意義深い。貴重な一回目、二回目の広報記事の一部が公開されたが、二回目の記事に、よい翻訳をすれば外国に製品を売るときに魅力が伝わるといった事柄(当時は工業製品の輸出のための翻訳が多かったのではないかと想像させられる)とともに、上記に引用された、「こころを翻訳する」という内容の記載があった。こころを翻訳するのは簡単なことではない。全く感情の伴わない事実のみの内容の翻訳も多いし、時間に追われるとそこまで考えていられないこともあると思う。でも、難しいからこそ30年後の私たちにもこれは必要なことだと感じられる。安達会長もおっしゃっていたが、機械翻訳なら研究者の方々の努力で少しずつ進歩してきたし、さらにデータの蓄積や使い方によってよりよい訳を出力することができる可能性もある。しかし、こころが伝わるような翻訳はそうではない。時代とともに進歩したりはしないし、一人の翻訳者が経験とともに上達してできるようになる、というわけでもなさそうだ。でも、目指していきたいものである。

今回のプレイベントでは、JTFの活動がどのような気持ちや志をもった人々によって運営されているか、登壇者の理事の方たちのご発言や会話、表情から伝わってくるようであった。登壇者のJTF理事の方々は、個人翻訳者と、翻訳および通訳の関連会社の責任ある立場の方々からなっていて、特に同業他社の場合は互いにライバルにもなりえる。それでも、翻訳の日についての話になると、言葉や思いが一致してくる。業界調査を行ったり、情報交換をしたりすることで、コロナの影響を考えるときにも、同業者として皆が同じ問題や同じ傾向を抱えていることに気づいたというお話もあった。なぜ翻訳・通訳業界の人たちが集まって協働する場が必要なのか、あらためて身につまされる思いがした。

個人翻訳者、通訳者の皆さんもまた同じようである。仕事を一緒にすることはほとんどないかもしれないが、同じ立場であり、情報交換をしたり救われたりもするのだろう。高橋副会長のお話から、ご自身の仕事のことだけではなく、同じ立場の皆さんの様子もよく伝わってきたのが印象的だった。

高橋副会長によってコロナ禍の状況として述べられた二点が特に重要に思われた。

(1)通訳者が翻訳業務も受けることでリカバリをした話

大変な感銘を受けた。通訳者の方がコロナ禍で厳しい状況だろうということは想像できたが、翻訳も兼務されている方が多いということは驚きだった。もともと通訳業務はイベントなどの機会があるときに声がかかるのでコンスタントな需要がないからかもしれないが、翻訳もできるようにしておくという準備のよさや、どちらにも対応できる能力の高さがあるということである。翻訳も通訳も、仕事とするには、英語が少し分かればできるというものではないと思うので、通訳者の方々の日ごろの努力や研鑽を思うと頭が下がる思いがした。家計の状態(例えば自分以外の収入があるか)や雇用形態、勤務形態は様々だとしても、通訳や翻訳を専門にして生計を立てていくには、それくらい様々なリスクを視野に入れていかなければいけないということだと思う。他の業界の人にも、またあらゆる個人事業主はもちろん、あらゆる形態で働いている人にとって学ぶところがある。良くも悪くも、コロナ禍は多くの人が働くことについて考え直すきっかけとなっていると思う。

(2)産業字幕翻訳の需要の増加

コロナの影響で新たな需要が生まれたということは非常に興味深い。産業字幕翻訳については翻訳会社の方によるセッションとして、菊地大悟氏(株式会社十印)による「動画時代の翻訳―産業字幕翻訳は怖くない!」も行われており、セッション報告のレポートもぜひご覧いただきたい。

また、プログラム委員でもある高橋副会長が紹介されている機械翻訳についてのセッションは、報告者も、JTF関西セミナーで参加者として聴講しているが、大変に面白く時間が足りないと感じるくらいであった。日本の機械翻訳研究の第一人者でいらっしゃる東京大学の中澤先生が生き生きと示される機械翻訳の仕組みや動きは、まるでオンラインではなく生の講義を受けているかのようで、個人的にも中澤先生と高橋副会長の共同セッションを再び聴講できることは大変な喜びだった。内容については、関西セミナーの報告記事として翻訳者でありライターの伊藤祥さんが読みやすく報告されているので、ぜひそちらをお読みいただきたい(リンク)。

今回のJTF翻訳祭は、リアル配信のチケットの販売終了後も、見逃し配信の動画を視聴できるチケットも購入可能で、オンライン開催のメリットが最大限に活用されている。多くの方が視聴されることを願うとともに、報告者の能力と誌面に限りがあるが、JTF翻訳祭全体やできるだけ多くのセッションの魅力を記事でお伝えできれば幸いである。

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