[翻訳祭30報告]この3人だから話せる!「ビジネス」としての翻訳業

第30回JTF翻訳祭2021 セッション報告

  • テーマ:この3人だから話せる!「ビジネス」としての翻訳業 ~「好き」で始めた翻訳を長く続けるための現実的なお話~
  • 日時:2021年10月11日(月)10:00~11:30
  • 開催:Zoomウェビナー
  • 報告者:伊藤 祥(翻訳者/ライター)

登壇者

齊藤 貴昭

翻訳者/JTF理事

電子機器メーカーで5年間のアメリカ赴任を経験後、社内通訳翻訳に5年間従事。その後、翻訳会社にて翻訳事業運営をする傍ら、翻訳コーディネータ、翻訳チェッカー、社内翻訳者を10年経験。現在、副業で、翻訳者として稼働している。過去の翻訳祭では、製造業で培った品質保証の考え方を導入した「翻訳チェック」の講演など多数登壇。その翻訳チェックの考え方に基づいて開発されたマイクロソフトワードのアドインソフト「WildLight」(https://wildlight.blog)の開発者でもある。現在、JTF理事。

松本 佳月

フリーランス技術英訳者

1964年、和歌山県 紀の川市生まれ。大阪女子大学 学芸学部英文学科卒。大学在学中、2年間アメリカに留学。帰国後大学を卒業し、外資系損害保険会社の通訳・翻訳者として勤務。出産を機に退職。長女が3歳、次女が1歳半のとき、某大手通信会社にて英文マニュアルライターの仕事に従事。その後、派遣社員として様々な企業にて英訳専門の技術翻訳者として活躍。社内翻訳者歴は10年。2005年からフリーランス翻訳者として活動。2021年6月に電子書籍「好きな英語を追求していたら、日本人の私が日→英専門の翻訳者になっていた」を出版。

酒井 秀介

通翻訳者のコミュニティ『カセツウ』主宰

通訳翻訳エージェントに11年勤めた後、2015年11月に『カセツウ®』を立ち上げ。サポートしてきた通訳者・翻訳者の人数は数百名を優に超える。翻訳者・通訳者それぞれのステージと状況にあわせたサポートを提供。2021年現在、カセツウを500人規模の通翻訳者コミュニティにすべく、翻訳者/通訳者のオンライン交流会「ふらっとカセツウ」を開催。詳細はTwitter @Kase2_Sakai を参照


改めて「あなたにとって翻訳は『ビジネス』になっているか?」と問われたら、ドキッとする翻訳者は意外に多いかもしれない。「好き」ではじめた翻訳という仕事は「好きなだけ」ではうまくいかない。長く続けるためにはしっかり収入を「得続ける」必要がある。「ビジネス」として成立させる必要があるのだ。

「良い、売れる翻訳をするスキル」と「翻訳者としてのビジネススキル」はまったく別モノ、翻訳スキルを磨いてもビジネススキルは磨かれないため、翻訳というお店をピカピカに磨いたら、次にお客さんを呼ぶ努力が必要なのだ。しかし、翻訳スキルアップの情報はあっても、ビジネスとしてやっていくための情報は少ない。

このセッションでは翻訳者や学習者を対象に、現役翻訳者と翻訳コーディネーター経験を持つ2名による、仕事を始めたら一番聞きたい話、「翻訳をビジネスにするために必要なこと」について、ゆるいようで鋭い鼎談が繰り広げられた。

1. 自己実現としての翻訳かビジネスとしての翻訳か、翻訳を長く続けるために必要なマインドセットとは

【酒井】翻訳・通訳の仕事は好きから始める人が多いが、続けていくなら、ビジネスや事業主としての意識が必要だと感じる。多くの翻訳者はフリーランスだが、その人の意識が下請けなのか事業主なのかでビジネスの対応も変わってくると思う。まずは、齊藤さんに元コーディネーターからみた認識で口火を切っていただきたい。

【齊藤】過去様々な翻訳者と話したなかでは、意識面でフリーランスから事業主への壁を越えられていない人が多いと感じる。事業主、つまり会社の社長として事業を運営する責任者なのか、単なるスキルの延長で仕事をやってるだけなのか…。大切なのは客先とビジネス上は対等であるという意識だ。

【酒井】ここで「事業主」というのは、法人か個人かという実体の話ではなく、意識のことだ。どちらがいいかではなく、自分で立場を選んでいるかどうかがポイント。

下請け意識の一例としては、よく聞かれる「レートって交渉してよいのか?」という質問である。「クライアント様にもの申してよいのだろうか」的な姿勢を感じる。事業主ならば、言うべきことは言うはず。ビジネスの主導権を人任せにする社長はいない。

次に、松本さんからレートについてのご自分の意識の変遷を語っていただきたい。

【松本】私ももともと英語が好きで、通訳者を経て翻訳者になった。今も翻訳が好きでやっている。駆け出しの頃はトライアルになかなか受からず、受かってもなかなか仕事が来なかったが、そのうち、ある大手の翻訳会社さんからたくさん仕事が来るようになった。しかし、たくさん仕事をしても収入が増えないので、レートが低いのではないかと思い始めた。希望レートは「1時間で訳せる文字数×レート=時給」で計算して、「自分が時給いくらほしいのか」をベースに決めることができる。最初は価値が分からないから先方の言い値だったが、レートをあげたいと思った。同じ会社でレートアップするのは大変難しく、たとえ上げてもらっても仕事が減ることもある。その危機管理として、たくさんの会社に登録し始めた。

【酒井】そのように意識が変化するきっかけはあったのか?

【松本】5年前のあるイベントに参加したことだ。それまで、トライアル前にレートの話をしてはいけないと思い込んでいて、結果合格後に条件で決裂することがあり、ジレンマを感じていた。そのイベントで先にレートを聞いてもいいか3人のコーディネーターに質問したら、3人ともOKという返事だったので、認識を新たにした。

【酒井】ふつう、転職するときには給料を聞くのに、なぜレートは聞かないのか(笑)転職は仕事ありきだが、翻訳は好きだから安くてもいい?

【松本】まだ成果物に自信ないから安くても仕方がないという人もいるかもしれない。もちろん質が良い訳文を提供することが大前提、自分の訳文の質をあげていく努力は当然で、それなしにレート交渉やビジネスというのは本末転倒だ。

【酒井】このセッションは、別に翻訳者に翻訳会社と交渉をせよとあおっているわけではない。ビジネスだから、駆け出しの翻訳者であっても、意識は事業主として、最初は選択肢が限られていても、それぞれのステージでの戦略を持ってほしい。その意識が早いほど後が楽になると思う。

【松本】その通り、経歴が長ければいいというわけではない。私も社内翻訳者時代を含む、最初の十数年は受け身だった。

2. 翻訳者のマーケティング術について、実践や実体験から

【酒井】次にマーケティングについて、お二人に「セールス」をやっているかどうかお聞きしたい。仕事を増やすための行動をやっているか。「いい翻訳をやっていれば仕事が増える」とよく聞くがそれはセールスではない。新規開拓がなければ新しい仕事は増えない。

【松本】私は新規開拓はずっと続けていて、今登録は20社、コンスタントな受注は4社ぐらい。

【酒井】クライアント間の入れ替わりはあるか?

【松本】それはある。案件は少なくなることがあるので、今後来なくなるのではないかという危機感は常に持っており、多く登録し、取捨選択する。
この歳でトライアルに落ちるとショックを受けるが受けないと受からない。レベルの問題だけでなく、先方のニーズと分野が合わないとか、経歴が長い人はいらないなどということもある。

【齊藤】そうそう、お見合いと同じだ。

【松本】横のつながりからの紹介もある。最初の大手と続いている技術系の仕事は面白い仕事だがレートが高くない。ただ慣れていて早くできるので食べていける 。それが、全体の3割程度。近年IRの仕事もやり始めた。技術の会社のもので技術の要素が入っている。文章が長く、レートがよいので、これを増やしながらバランス取りつつ様子を見ている。

【齊藤】翻訳者としてのセールスはやっていない。副業なのでキャパが小さいため、手を広げすぎて処理しきれないと迷惑になるからだ。登録3社でメインは1社だ。

【酒井】翻訳者から積極的なセールスを受けることはあるか?

【齊藤】ないと思う。

【酒井】ほぼないものなので、やれば他の人と差がつくんじゃないかと常々思う。

【松本】翻訳者はセールスが得意な人は少ない印象。

【齊藤】季節の挨拶状や、訪問での挨拶もセールスのひとつと言えるかもしれない。いま手が空いてますというメールをいただくこともたまにある。

【酒井】そういう人すら多くはない。

【松本】私も翻訳会社を訪問したことはある。営業目的ではなくて、かつてご迷惑をかけた時のお礼を言うためだった。そのときは、お正月に体調不良で大きなプロジェクトの翻訳の7割のところで入院してしまい、病床から進捗の記録とともにコーディネーターに引き継いでもらった。もうその翻訳会社から仕事はもらえないものと覚悟していたが、意外なことに先方に引き継ぎがしっかりしていると評価され、退院一週間後から仕事を再開してくれた。業界の繁忙期を過ぎた7月に、お礼を言いに訪問した。その際は、付き合いのある他のコーディネーターも入れ替わり立ち替わり挨拶に来てくれて、結果的にいいコミュニケーションの機会となった。来社を嫌う翻訳会社もあるので、そこは気を付ける必要はあると思うが。

3. 翻訳者のための正しい情報収集術、SNS活用術

【酒井】次は、TwitterをはじめとするSNSの意義についてディスカッションしたい。各種SNSがある中で、翻訳者はTwitterを使っている人が多い印象。私が翻訳者にSNSをおすすめすると消極的な反応があるが、お二人のご意見は?

【齊藤】私はTwitterのアカウントを10年以上前から持っているものの、発信はちょっと尻つぼみかもしれない(笑)今日の参加者は駆け出しの人が多いと思うが、Twitterはそういう人が広く情報収集するのによいと思う。

【酒井】今は情報があふれている。かつて、みんなで自分がどのような経緯で翻訳者になったかも投稿しあった時期があった。

【松本】#どうやって翻訳者になったか #実績ゼロから翻訳者に などのハッシュタグで今も検索できる。

【酒井】SNSの情報は玉石混交かもしれないが、JTFのようなしっかりした団体の情報を本丸として集めていけば、正しいものが見つかると思う。

【松本】他の人がリツイートしてくれる情報も参考になる。私がブログを書きはじめたのは、英訳者に関する情報が少ないと思ったから。読者を増やすのに、Facebookで宣伝しても届く範囲が限られたので、Twitterにブログのアップ情報を載せたところ、読者が大幅に増えた。本名を出す決心をし、プロフィール通りの翻訳者になるようにと心がけている。

【酒井】本名を出すことに抵抗はあったか?

【松本】炎上したらどうしようと思ったが、特に問題はなかった(笑)

【酒井】今のオンライン時代には、知り合った人がSNSをやっていないと、その後どうしようもない。距離感が縮まるSNSをやっていないと横のつながりや情報収集を放棄しているようでもったいないと思う。

【松本】たまには書き込みにカッとなることもあるが流すようにしている。世の中、いろんな人がいるので。

【齊藤】不快なもののスルー力も大切だ。SNSから自分の知らない情報を得られるなら、それは既に利益となっている。

【松本】ただ、本名は別に出さなくてもいいが、SNSのプロフィールにその人の情報が何にも載っていないとちょっと怖い。

【齊藤】SNSは使い方にステージがあると思う。入り口は情報収集でも、次に自己実現のツールやセールスのツールに使うのであれば、使い方が変わってくる。

【酒井】目的次第。SNSから仕事が入ることはあるか?

【齊藤】あることはあるが期待するほどではない

【松本】私もそうだ。仕事につなげようと思っていないので。ただ、案件がキャンセルになったとつぶやいたところ仕事をもらったことはある(笑)

【酒井】コーディネーターが仕事中にTwitterを見ているほうがおかしいわけで、そこは期待しないにしても、これだけ情報があるのに、仕事に直結しないからやらないというのはもったいない。

【松本】とはいっても、関係者が見てる場合もあるのであまりネガティブなことを書くのはNGだと思う。

【齊藤】私もよく「いつもTwitter見てますよ」と言われる。

【酒井】そういうふうに言われたときに、「ありがとうございます」なのか、「わ、ヤバい」になるのかは、その人の発信の内容次第。友達づくりのためのSNSが健全な使い方かもしれない。

【松本】今リアルでお会いできないのでSNS発でお知り合いになれるのはありがたい。

【酒井】知り合いを増やしたいなら行動したほうがよいと思う

【齊藤】ゆるいつながりは有用だと思う。人となりが分かることで、横から仕事が来ることもある。

4. 質疑応答

Q. 映像翻訳や周辺業務で仕事が途切れないのに月収が低い。翻訳で収入アップは可能なのか?

【酒井】我々はこの方や映像翻訳業界の詳細の背景がわからないので、後半の「翻訳で収入アップするのは可能か」について、お二人のご経験からコメントいただきたい。

【齊藤】エージェントを変えるしかないのではないか?

【松本】確かに分野によってはレートを上げられないこともある。例えば、私は新たにIRの翻訳を始めたが、翻訳者同士の知り合いからレートを知ることが出来た。新規開拓にあたってはネットワークを広げ、知り合いから紹介をもらえるとよい。

【齊藤】映像翻訳で、この方以上のレートの人がいるなら、やりようがあるということだ。

【酒井】業界の相場を把握して今後どうするか見極める。なりたい姿の人がいるなら聞いてみるのもよい。

【松本】周辺業務とあったが、例えば私はスキルが異なるチェックやMTPEはやらないことにしている。仕事が多くてもレートが低ければ収入はあがらない。また、新規開拓するなら時間の余裕が必要だ。

【酒井】私に相談をくれる人には、いっぱいいっぱいの人が多い。いっぱいいっぱいのときに新しいことをやるのは厳しいので、一旦スペースを空け立ち止まる必要がある。優先順位から、人生の時間の使い方を考えるべき。

【松本】いっぱいいっぱいといえば、子育て中のお母さん。子育て当時、私はインハウスだったのでよかったが、フリーだと役所に保育園の優先度を下げられたりする。ただ、この状態がいつまでも続くわけではないので、そういうものだと割り切るしかない。私も遠距離介護になったときは、鬱になりかけた。人生のステージごとにプランを変えていくのがいいのではないか。言うは易し、行うは難しだけれども。

Q. 時間の捻出の工夫を教えてほしい。

【酒井】時間はないもの。大事な目標は何かが大切だと思う。やることなんていくらでもある。何につながることに忙しいか。忙しさが目標につながるなら頑張るべきかもしれないが、つながっていないなら手放す割り切りがどこかで必要になる。優先して何に時間を使いたいかを立ち止まって考えるべき。二足の草鞋の齊藤さんの時間をねん出する工夫を教えていただきたい。

【齊藤】工夫はない。普通はできないと思われる隙間時間を使う。納期に追われ、通勤電車の中でスマホを使って翻訳することだってある。24時間あると思わないで、2時間翻訳するなら、残りは22時間だと思って予定を組んでいる。

【松本】子育て中は突発事項が起こるのが困りものだ。

【酒井】しかし子育て中の人は往々にして、そういう自分の負担を踏まえずに、負担がなかった時と比較して目標を立てる人が少なくない。

【松本】まずはがんばっている自分を自分で褒めてあげる。仕事は締め切りの二日前には終わるスケジュールを組む。割り込み案件入れられる余裕を持たせる。

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