[翻訳祭30報告]海外の翻訳会社の選び方・つきあい方

第30回JTF翻訳祭2021 セッション報告

  • テーマ:海外の翻訳会社の選び方・つきあい方
  • 日時:2021年10月16日(土)16:30~18:00
  • 開催:Zoomウェビナー
  • 報告者:三浦 ユキ(ペンネーム、翻訳者)

登壇者

原 真理恵

株式会社RWSグループ 代表取締役社長

1998年RWS日本法人の設立月に採用面接を受け、翌4月にアシスタントプロジェクトマネージャとして入社。国内特許事務所・企業知財部へ特許出願用翻訳を提供し、各国登録翻訳者の新規開拓を同時に行う。プロジェクトマネージャ、プロダクションマネージャ、オペレーションマネージャを経て、2008年同社COO就任。2011年より現職。2021年7月、特許翻訳では最高レベルのクオリティを誇るホアン・打田特許翻訳の株式譲渡を受け、現在同社社長を兼任する。世界における特許翻訳において、老舗として甘んじることなく、どこまでも品質を追究することがモットー。42歳。3児(6才・4才・2才)の母。

Kaori Myatt(かおり マイアット)

Word Connection sarl Managing Director

Word Connection sarl(France)代表および株式会社Word Connection JAPAN代表取締役。WordFinder Japan代表取締役。米どころ新潟出身。フランスバスク地方在住。ニュージーランドで保険会社の通訳を務め、社内翻訳者、記者を経て20年近くフリーで翻訳、ローカライゼーション、校正、インターネットメディアライターなど文筆業を営んだ後、2015年にフランスで起業。現在フランスと日本で翻訳会社を2社経営。2020年11月に辞書アプリのWordFinder Japan株式会社を立ち上げる。(本社スウェーデン)翻訳出版権を獲得するエージェントとしても活動。

松田 浩一

英日翻訳工房 代表

横須賀市在住の特許翻訳者。VTR、TV、高周波デバイス、通信システムなど四半世紀にわたりSONYのエンジニアとして研究開発畑を渡り歩き、2004年春に早期退職して手探りで翻訳の道を歩み始める。後に生涯の師となる大先輩の厳しい翻訳トレーニングに耐え、2005年秋にフリーランスとして独立して今日に至る。担当分野は、電子/電気、通信/ネットワーク、機械装置の要素技術やハードウェア、システム。特許翻訳者としての仕事を軸足に、2008年からは翻訳学校の講師を務め、2019年からはZoom翻訳塾を主宰して特許翻訳講座に携わるかたわら、翻訳のコミュニティや勉強会などに精力的に関わる。ニックネームはマット。


講演概要

講演では、フリーランス翻訳者が海外の翻訳会社と取引をする際の注意点について、3名の講演者の方々による活発な意見交換がなされた。複数のポイントについて発表と議論をされた後、事前質問に対して準備された回答の発表、そして視聴者からの質疑への応答という流れである。

ポイント1:海外での日本語翻訳者需要の実態

【マイアット】世界のローカライゼーション業界全体の成長予測のデータを見ると、ローカライゼーションという業種は大変成長が見込まれる業界にあり、需要は大幅な増加が見込まれる。日本の翻訳市場の規模の2019年のデータ(JTF白書2019による)と比較すると2025年に予測される世界全体でのローカライゼーション業界の規模はその80倍にもなり、日本の翻訳会社もまだまだ発展の余地があるとも考えられる。

【原】自身の所属している翻訳会社RWSの特許分野で最も伸びているのは英日の言語ペアである。日英も増加傾向にある。

【マイアット】英国で最も求められている翻訳者の言語という統計では、日本語は第4位にランクイン。自身もフランスを拠点に英日のフリーランス翻訳者として長年働いていたが、仕事が途切れたことはなく、仕事量はずっと増えて続けてきた。

ポイント2:海外の翻訳会社と取り引きするメリット/デメリット

【マイアット】

  • メリット
    • 海外の翻訳会社は単価が高いことがある。
    • 世界的な有名企業の翻訳案件が入ることもあり、また成果主義なので交渉次第で責任ある仕事を任せてもらえるなど、刺激的な仕事をすることができる可能性が高い。
    • 翻訳会社とは英語で対話ややりとりをすることが多いので英語が好きで英語を使ったコミュニケーションをとりたい人にはこの点もメリットになるのでは。(ベンダーポータルや支払いシステムを使い支払いがスムーズなことが多い)
    • さらに海外では、トライアルがなく経歴さえよければ登録してくれる会社もある。最初は小さい仕事でスタートになるが、力があると認められれば早々に大きな仕事をどんどん回してくれる可能性もあるのは海外ならではの大きなメリットだろう。
  • デメリット
    • 支払いが長めに設定されていることがある。長いところでは納品から90日などもあるので、収支の観点からも契約時には注意する必要があるだろう。
    • 評価が日本と比較して厳しく、定期的にチェックしている会社もある。
    • 英語で対話ややりとり、お願いや交渉をしなければならないことは人によってはハードルが高いと感じるかもしれない。
    • 成果主義であることから、成果が出せないと仕事が来ない、失敗したら切られるという可能性もある。

【松田】国内、海外を問わずなかなか最初の仕事が来ないと聞くことがあるが会社の方から見たらどうか?

【原】会社の規模や状況によって違ってくると思う。日本語のできる翻訳者の希少価値は高く、登録をしたら覚えられている可能性は高い。覚えられている限りは仕事が回ってくる可能性があるのではないか。

【マイアット】依頼者側でちょうど探している内容にフィットした翻訳者であれば、登録後すぐにでも依頼が来ることはある。逆に、登録しても仕事が来ない場合には、その人に頼むメリットが感じられない、CVでうまくアピールできていない等の理由があるかもしれない。(日本人の翻訳者は優れた経歴があってもCVの書き方が下手な人が多い)

ポイント3:海外の翻訳会社が翻訳者を選ぶポイント

【マイアット】ISO17100:2015では以下の要件が定められている。

  • a) 翻訳関連の高等教育機関の卒業資格:翻訳修士
  • b) 翻訳以外の高等教育機関の卒業資格+2年以上の翻訳実務経験
  • c) 5年以上の翻訳実務経験

専門的力量、すなわち専門分野を持ちそれをCVでアピールできている人々は、トライアルなしで即採用になる可能性もある。ISO認証取得会社では、これらの要件を満たす翻訳者を採用しているという記録をとらなければならないという面がある。Word ConnectionはISOの取得準備段階にあり要件を守っている。ISOの要件を満たすことは必須としておらずトライアルを受けることで代用することもできるシステムにしている一方で、MLVに対して翻訳提供をする際、取引先企業から5年以上の翻訳経験が必須と言われたプロジェクトに関してはその要件を満たす翻訳者を割り当てている。

【原】RWSの日本法人はISO17100の条件を必須とはしていない。しかし募集要項には5年以上の経験必須と書かざるを得ない。ただし、要件を満たさなくても実績や経験があり力になれることをしっかりとアピールできれば採用の可能性はある。日本人はアピールが遠慮がちになる人が多いが、海外翻訳会社へアピールするために少し角度を変えてCVを作成してみたらいいと思う。

【マイアット】ISOの要件は、満たしていないから拒否されるというものではなくあくまで基準である。逆に考えれば要件を満たしているならCVの中でそれをアピールすればよく、アピールの要点であるとも言える。

【原】(多くの要素の中でも)英語で交渉できる力、自分の翻訳を説明できる力のある人が好ましい。日本の翻訳会社とはこの点が異なると思う。具体的には、翻訳会社からフィードバックを受けた際に、ただ「分かりました」と返事をするだけではなく、反対意見になってもいいので「なぜ最初にそう翻訳したか」についてきちんとした説明をできることが望ましいのではないか。

ポイント4:翻訳者が海外の翻訳会社を選ぶ際のポイント

その会社が本物であるかどうか。ネット上には実在しない会社や虚偽の情報が出ていることもある。本物の会社のなりすましもある。

時差や取扱言語についても注意が必要。

ポイント5:日本の翻訳会社に求められる翻訳者像

【原】特に大きいのは柔軟性だと思う。要望や修正を受けたときに、それを鵜呑みにするのではなく発注先の真の要望をくみ取ったうえで第三の案を出したりできるのは、数ある翻訳者のスキルの中でも大切な力のひとつ。言い換えると、依頼ごとに求められる本質に対してきちんと答えられる能力といえる。

【マイアット】海外の翻訳会社ではCATツールを使用する案件が多い。使えない、使いたくないという人もいるが、使ってみると効率化も図れるし、取り入れたほうが畑が広がると思う。

事前質問

※ 原氏の回答は「(H)」、マイアット氏の回答は「(My)」、松田氏の回答は「(Ma)」で示す。

Q. 海外の翻訳プロジェクトマネージャー、コーディネーターとのやりとりは日本語と英語のどちらで行われるか。

A (Ma). 登壇者のマイアットさん、原さんの会社はどちらもやりとりは日本語でも可能である。

A (H).(日本法人や日本人が経営する会社ではなく)純粋に海外の会社ならやりとりはもちろん英語となる。いずれにしてもCVなどは英語で作成できたほうがよいだろう。

Q. 日本の翻訳会社と海外の翻訳会社で翻訳者に求められるものは違うか?

A (Ma). 大きく異なることはないと言えるだろう。

Q. 料金の交渉方法を教えてほしい。

A (Ma). 初心者、中堅、ベテランで異なってくる。ベテランになれば少し背伸びした数字を出すことも可能になってくる。

A (My). 今取引をしている会社に単価を上げてほしいというのは難しいと思う。自分がその料金に見合う価値があることをどれだけアピールできるかの問題であり、新規開拓して少し高い単価を提示してみるのが現実的な方法ではないかと思う。

当日の視聴者からの質疑応答

Q. クライアント企業の方より、海外の翻訳会社に対して、同じ翻訳者を指名し続けることは可能か?

A (H). 会社によると思う。翻訳者のIDコード等があり、過去に担当してくれたこの人にお願いしたい、とリクエストできる会社は相当数ある。

Q. 海外の翻訳会社と取引をするにあたって必要な海外法務の知識は具体的にはどのようなものか?

A (My). 契約書を読みこなす力。海外ではNDA(機密保持契約書)もセットでついてくることがほとんど。例えばEUにはGDPRという法律があり、欧州の会社ではこれに沿って翻訳者を管理しなければならないことから、複雑な契約書が何通も送付される。それらをすべて読み、承諾できるかを決めて署名をする必要がある。日本の翻訳者はほとんど読まないでサインをする人も多い。また海外の一部の企業では不当な契約を押しつける会社もある。賛成できないものについて意見を述べたり主張したりするのも大切なことである。自分が契約をする内容はよく読んで理解をしたうえでサインをしよう。

Q. 時差が影響して、翻訳開始時間が遅れて納期が短くなり、対応が難しくなることがあるが、どのように対処をしたらよいだろうか。

A (My). 日本時間の夜に発注しても受けていただけることは多い。個人的には翻訳会社側で発注の仕方を工夫することも大切と思う。自分の会社はフランスから日本の翻訳者に発注する際、会社の業務時間外であってもすぐに発注書を送付し、「受注できるなら翻訳を開始してください」と依頼してしまう。会社によっては早い者勝ちのツール(ビディングツール)を使っているところもある。

A (Ma). 翻訳会社とのコミュニケーションは大切である。自分のスケジュールを前もって知らせるなど翻訳者も工夫をするとよい。

A (H). レスポンスの早さは大切。それに加えて結論がパッと分かるようなメールを送るように心がけると翻訳の受発注のプロセスもスムーズになる。

報告者から

講演を聴き終えて、海外の翻訳会社との取引を軽い気持ちで考えてはいけないと思った。

海外との取引は、会社対会社の関係でもNDAを法務担当の人が一字一句チェックするくらい細かい注意が必要なものだ。フリーランス翻訳者として会社と直接取引をするということは、そのようなことを一人でしなければならないということ。

また、健康管理も自分の仕事になると思う。会社員なら決まった時間に働けばよいし、残業が多すぎると会社に責任が問われることもある。従業員の健康管理は会社も責任の一端がある。でも、フリーランスだとそれをしてくれる存在はない。無理に引き受けて体調を崩しても自分の責任になる。

気になる条件があるけれど、こういうことは起こらないだろうと考えて契約書にサインをしてしまうのは間違いだという原さんからのアドバイスも忘れないようにしたい。マイアットさんも、契約書はよく読み、分からないことは質問したり、受け入れられない点については意見を述べたりするのはよいことだとおっしゃった。日本人はどうしてもそのような傾向が強いのではないだろうか。何より、登録をしてほしいという気持ちがあると、少々条件が悪くても、という下手にでるような気持ちは出てくるかもしれない。レート等について初心者であれば最初はとにかく与えられるものをこなしていくという姿勢もあるとは思うけれど、契約書の内容には許容できるものとできないものがあるはずだ。会社側も資産や耐性など様々な事情で翻訳者に対して悪い条件を提示せざるをえない会社もあると思うので、その点は見極め、取引をしないという選択もありえる。

フリーランスで働くことには大きな責任がつきまとい、発注者とは対等に交渉をして自分の権利や健康を守らなければならない。その点は、国内も海外も変わりはないが、そのハードルがかなり高くなるかもしれないということを、講演を聞き終えて強く感じている。安易に手を出すのは危険である。それでもよく見極め、意見をはっきりと伝えることができるなら良好な関係を保つことができるかもしれない。

講演のテーマである「海外の翻訳会社の選び方・つきあい方」は難しいからこそ今回の講演を設けられた意義があると思うし、3名の登壇者の方々の知恵と温かいアドバイスが満載の講演であった。海外の翻訳会社について考えることは、すでにフリーランス翻訳者の方なら新たな挑戦になるし、学習中の方なら今後の可能性を見据えることになる。SNS等で質問をすることもできるとしても、会社をけなすような内容を公にコメントすることの難しさもあり、できれば仲間や先輩にオフレコで聞くことができると一番よいのだろう。

フリーランス翻訳者は、平素は一人で仕事をすることが多い反面、ビジネスという意識を持ち起業家として会社とやり取りをすることや、仲間や先輩からの情報を得ることがとても大切になる。会社に属して割り当てられた責任や業務の範囲内で仕事をする人よりもアンテナを張って知識を得ていかなければならないと思う。3名の登壇者は皆、ご自身の経験に基づく見識をお持ちであった。例えば、フリーランス翻訳者としての経験を持ちながら翻訳会社を経営されているマイアットさんの業界等についての勉強量、情報量は非常に豊富で、雑誌の話やデータの話など、できる限り参考にしたい。実際、もっと伝えたい、話しきれないといった雰囲気があった。それは3名の皆様がそうだったと思う。一人一人話す時間には限度がある一方、3名が交互に話すことでより核心に迫るお話が次々に展開され、目が離せない内容となっていた。

以前、インハウスからフリーランス翻訳者への転身をされる段階の方から、単価の安さの驚きや戸惑いがあるとお聞きしたことがあった。キャリアが豊富で実力のある方だったので、そのような方であれば海外の会社も視野に入れて探したら望むような取引のできる会社が早く見つかったかもしれないと今になって思う。当時はまだ海外の会社についての情報や認識も少なく、そのような発想がなかったことを残念に思っている。報告者は、海外ならではのリスクや懸念、ハードルの高さを感じてしまったが、どちらかというと海外の会社と取引をすることで活躍できるようになる方々もいらっしゃるのではないかと考え直した。選択肢を広げるために、このような情報は不可欠で、講演は有難いものだ。

会社による営利活動などではなく皆で集まって情報提供をしてくれる翻訳祭のような貴重な場は、他にはなかなかないのではないだろうか。フリーランス翻訳者の皆様には、よい翻訳会社を選び、長くよい関係を築いていっていただきたい。

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