日本翻訳連盟(JTF)

私の一冊『イラクサ』

第16回:英日翻訳者 生方眞美さん

本リンクを経て得た収益は寄付されます

私が住むカナダを代表する作家でノーベル文学賞受賞者のアリス・マンロー(Alice Munro)著『イラクサ』(小竹由美子 訳)をご紹介します。

本書は、短編9編を収めた原作『Hateship, Friendship, Courtship, Loveship, Marriage』の全訳。美点も欠点もある血の通った人間の姿が立ち現れる人物描写と巧みな展開が印象的な作品集です。

表題作「イラクサ」は、短編の名手と評されるマンローの面目躍如たる作品。友達夫婦の別荘を訪ねた主人公の「わたし」は、子供の頃ひと夏を一緒に過ごした幼なじみと偶然に再会します。喜び、思慕、悲しみ、高揚感、密やかで深い愛情、他者には想像し難いほどの後悔。人が生きていくうちに経験するありとあらゆる感情が、40ページほどの短編の中で描き出されます。巧みな展開といえば、9編目の「クマが山を越えてきた」も秀逸。最後の段落の鮮やかな切り替わりに唸らされた後、じんわりと温かな気持ちが広がっていきます。

『イラクサ』は移住して間もない頃、友人が「ぜひ読んで欲しいカナダ人作家がいるから」と贈ってくれた本で、読むと当時を思い出す、そんな一冊でもあります。

◎執筆者プロフィール

生方 眞美(うぶかた まみ)
カナダ、ブリティッシュコロンビア州在住。2008年からフリーランスの英日翻訳者として、マーケティングやビジネス分野の翻訳をしています。趣味は野鳥観察、オンラインライブ鑑賞、読書、ウォーキングのほか、発酵食品、家庭菜園、薬用植物に興味あり。将来手がけたいことは、鳥に関する書籍の翻訳。

★次回は、英日・日英翻訳者の内田順子(うちだなおこ)さんに「私の一冊」を紹介していただきます。

←私の一冊『Molecular Biology of the Cell』

共有