日本翻訳連盟(JTF)

特別寄稿
2022年度第3回関西セミナー
「自分の心身を自分で守ろう!フリーランス翻訳者のための健康管理術」に寄せて

寄稿者:小泉志保

2023年1月12日に「自分の心身を自分で守ろう!フリーランス翻訳者のための健康管理術」と題し、朴秀賢先生と池田裕美枝先生のご講演およびパネルディスカッションの構成でJTF関西セミナーを行った。主な対象は在宅・デスクワークの多いフリーランス翻訳者、特に女性フリーランス翻訳者であったが、セミナー内容がフリーランス女性翻訳者のみならず、デスクワークの多い会社員等、幅広い対象に向けても参考になる内容であるため、ここに寄稿する。

はじめに

フリーランスは長く働き続けるために、「健康」も自分自身で管理することが求められる、過酷な職業といえるかもしれない。40 代の筆者も、つい最近初めて胃と大腸の内視鏡検査を受け、胃に逆流性食道炎と大腸にポリープがひとつ見つかった。自覚症状は胃のむかつき程度でほとんどなかった。

身体がSOSを発していてもフリーランスであれば、ついつい忙しさにかまけて検診を怠ってしまう方も多いのではないだろうか。症状を自覚した時点ですでに進行している疾患もあるため、予防医療は重大な疾患を未然に防ぐうえで極めて有用であり、健康的に長く働き続けることを可能とする。

会社員には会社から提供されているが、組織に所属しないフリーランスには提供されない福利厚生を、健康情報の発信という形でJTFが担うことができれば、という思いでこのセミナーを企画した。本セミナーは三部構成であった。

第一部は、大学准教授・産業医である朴秀賢先生に、産業医としての視点から在宅ワークを長く続けるための秘訣をお話いただいた。

第二部では、女性が多く活躍する翻訳業界のために、女性医療の視点から一般社団法人SRHR Japan代表理事・産婦人科医の池田裕美枝先生に、更年期など女性特有の医療についてお話いただいた。

第三部では、セミナー前のアンケートやセミナー中に頂いた参加者からのご質問に答える形で朴先生と池田先生によるパネルディスカッションを行った。

本寄稿では、主に第一部と第二部で両先生からお話いただいた情報を共有したい。

本セミナーの参加申し込み者に事前に、健康の悩みに関するアンケートと質問を募った。回答数は11名と少数であったが、主な健康の悩み(複数回答)として、「運動不足」(8名)、「肩こり」(7名)、「腰痛」(5名)、「不規則な生活」(5名)、「慢性疲労」(4名)、「眼精疲労」(4名)など、在宅ワークやPCを用いたデスクワークによる心身の不調が挙げられた。このことから、これらのアンケート結果に答える形で、第一部をご講演いただいた。

第一部 朴秀賢先生講演
フリーランス翻訳者と翻訳会社社員のための健康管理術

第一部では、「フリーランス翻訳者と翻訳会社社員のための健康管理術」と題し、在宅・デスクワークの多いフリーランス翻訳者と翻訳会社社員が気をつけるべき健康管理事項を朴先生にご説明いただいた。

主なセクションは、「外出せず運動量が少ないことに起因する問題~メタボリック症候群、不眠」、「同じ姿勢でモニターを長時間見続けることに起因する問題~情報機器作業の影響」、「がん検診の必要性~早期発見・治療が不可欠であるがんを放置しないために」の3つに分かれる。順を追って説明する。

外出せず運動量が少ないことに起因する問題~メタボリック症候群、不眠

まず、事前アンケートから最もお悩みの多かった、「運動不足」に起因する問題(特にメタボリック症候群と不眠)とその対策をご説明いただいた。

メタボリック症候群は、「運動不足と肥満が主な原因である生活習慣病の前段階」であり、基本的に自覚症状はなく、健診で指摘されても放置されることが非常に多い。メタボリック症候群の定義は「腹囲が男性≧85 cm、女性≧90 cm」かつ、以下の3つの項目のうち2つが当てはまる場合とされる。

  • 高血圧:130/85 mmHg以上
  • 高血糖:空腹時血糖が110 mg/dL以上
  • 脂質異常:中性脂肪が150 mg/dL以上 および/または HDLが40 mg/dL未満

メタボリック症候群を放置してはいけない理由としては、高血圧症・脂質異常症・糖尿病など、重大な症状を引き起こす疾患を罹患する可能性が高くなるためである。

メタボリック症候群になってしまった場合、「減量」が必要である。1カ月に1 kg減量したい場合、1日あたり、230 kcal減らせばよい計算になる(スナック菓子などを我慢すればよい)。

(出典:朴先生資料)
(出典:朴先生資料)
(出典:朴先生資料)

また、改善のポイントとしては、「食事」と「運動」の二本立てを挙げられ、無理のない程度で楽しみながら減量を行うことを提案したい。具体的な例を、朴先生からご提供いただいた以下の図に示す。

次に、外出せず運動量が少ないことに起因する問題として挙げられたのが「不眠」である。翻訳者は、在宅・デスクワークを長時間行うことから、運動不足、日光を浴びる時間が少ないこと、不規則な生活になりがちであることなどの理由により、不眠になりやすい傾向があると考えられる。

良質な睡眠が必要である理由として、判断能力・記憶力を向上させるための「脳の休息」、傷の自然治癒を促進し丈夫な骨や若々しい肌を維持するための「体の老化の抑制」、免疫力を向上させるための「病気の治癒・予防」、1日の記憶を整理するための「日中の活動の準備」、がん・動脈硬化・認知症の予防のための「老廃物の排除」が挙げられる。良質な睡眠は、脳と体の健康を守り、仕事において能力を十分に発揮するために、必要不可欠なものである。

体内時計を司る重要なホルモンであるメラトニンについて、夜は起床後15~16時間経過すると松果体からメラトニンが分泌され自然と眠くなるが、朝日を浴びることでメラトニン分泌が止まり、目が覚める。このため、体内時計の機能を保つためには、朝に光を浴びることが必要不可欠であると言える。夜にブルーライトを浴びるとメラトニン分泌が抑制され、不眠となる。良質な睡眠を得るためにすぐできることとして、以下のポイントを挙げられた。

(出典:朴先生資料)

不眠が続く場合、うつ病などの精神疾患、睡眠時無呼吸症候群などの睡眠障害が背景に存在する可能性があるので、精神科または睡眠専門外来を受診するべきである。

意欲低下や抑うつ気分、食欲低下、朝の不調、思考力・注意力・集中力の低下などを伴う場合は、うつ病の可能性がある。いびきがうるさいと家族に言われる場合や日中の眠気が強い場合は、睡眠時無呼吸症候群の可能性がある。これらの疾患に該当しなくても、不眠が続く場合は一度薬物治療で改善させた方が良い場合が少なくない。

同じ姿勢でモニターを長時間見続けることに起因する問題~情報機器作業の影響

次のトピックは、情報機器作業関連のお話であった。

デスクワークがほとんどの翻訳者は、PCを使用した長時間の作業により、PCのモニター画面を凝視し続けることで眼は乾きやすくなり、長時間同じ姿勢を続けるために肩こり首こり・腰痛になり、会話をしないことでイライラしたりすることを経験したことはないだろうか。

対策として、デスク周りの環境を整える「作業環境管理」、実際に作業を行うときの「時間管理」、「姿勢管理」の3つを挙げられた。

  • デスク周りの環境を整える「作業環境管理」……PCのディスプレイは照度500ルクス以下に努める、机の上の照明は照度300ルクス以上に努める
  • 実際に作業を行うときの「時間管理」……1回の連続作業時間が1時間を超えないようにする、次の連続作業までの間に10~15分間の休憩時間を持つ、1回の連続作業時間の中で1~2回程度の小休止を持つ
  • 「姿勢管理」……「目とキーボードの距離」と「目と画面の距離」はなるべく同じ距離にする

また、体操やストレッチ、ウォーキングなどの軽い運動を休憩時間や小休止時などに行うとよい。

がん検診の必要性~早期発見・治療が不可欠であるがんを放置しないために

「検診」と「健診」の言葉の定義は異なる。「検診」は「特定の病気にかかっているかを調べるために検査を行うこと」(例:肝炎ウイルス検診)であるのに対し、「健診」とは、「健康診断」の略であり、「病気の危険因子があるかを確かめるもの」(例:定期健康診断)である。この「検診」と「健診」であるが、誤って用いられることがあるため、気をつけたい。がんの「けんしん」は、この場合、特定の病気であるため「検診」の語を用いる。

がん検診による早期発見・治療は重要である。がんは早期発見・治療すれば完治可能であるものの、早期には自覚症状がないため、放置して自覚症状が出現した頃には、進行して手遅れであることが多い。また、進行してからの治療は侵襲的なものになる傾向があるため、治療できても生活の質が低下しかねない。そのため、自覚症状がない時から検診でがんを早期発見することが、寿命を延ばし生活の質を保つために、極めて重要である。

罹患率・死亡率が高いが、早期発見・治療やしやすいがんとして、国は5つのがん検診(胃がん、肺がん、乳がん、子宮頸がん、大腸がん)の受診を奨励している。これらのがん検診が受診できる場所は、「市区町村でのがん検診」(市区町村の広報誌でチェックする)、「職域検診」、「人間ドック」(フリーランスにはお勧め)である。

プロとして自らの能力を十分に発揮するために、また自らの心身を最良の状態に保つためには、「コンディショニング=健康管理」することが必要不可欠である。コンディショニングの重要性はスポーツ界では理解されているものの、他の世界では軽視されており、無理をして仕事を優先する根性論や精神論がはびこっているのが現状である。また、身体だけでなく、脳も適切にコンディショニングを行わないとよい状態に保てない。プロとして、自分の心身をよい状態に保つためにコンディショニングを行っていただきたい。

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