日本翻訳連盟(JTF)

特別寄稿
2022年度第3回関西セミナー
「自分の心身を自分で守ろう!フリーランス翻訳者のための健康管理術」に寄せて

寄稿者:小泉志保

第二部 池田裕美枝先生講演
女性ホルモンと女性の健康

第二部では、「女性ホルモンと女性の健康」と題し、女性が多いとされる通・翻訳者特有の健康の悩みを池田先生にご説明いただいた。本セミナーの参加者の性別内訳は、全参加者48名中女性が40名と、8割以上が女性であった。女性医療を打ち出したセミナー自体が翻訳業界では珍しいので、女性の注目を集めたのかもしれない。

事前アンケートの結果(全回答数11名)では、更年期症状を訴える方が数名いらっしゃった。アンケート回答数は少なかったものの、PMS(月経前症候群)や更年期症状等、女性特有の健康の悩みを相談する場所がないことが、セミナー参加の理由としても考えられるかもしれない。

池田先生のセミナーでは、主に2つのセクションとして、「女性ホルモンとライフサイクル」、「更年期障害」の説明がなされた。

女性ホルモンとライフサイクル

女性健康の特性は、ホルモンの波にもまれて一生を過ごしていると言っても過言ではない。女性には、思春期、成熟期、更年期、老年期とライフステージがある。

(出典:池田先生資料)

思春期では第二次性徴、月経開始、成熟期では妊娠、出産、授乳でホルモンの変動がある。妊娠、出産、授乳の経験がない女性もストレスでホルモンが変動する場合がある。

更年期では急激に女性ホルモンが減り、閉経という重要なライフイベントを迎える。

このそれぞれのライフステージに特徴的な健康の悩みに女性は直面していくことになる[思春期には月経不順や月経痛、成熟期には産後うつ、不妊、子宮内膜症、子宮筋腫、更年期には更年期障害、うつ、不安障害、(子宮頸がん、乳がん、子宮体がんを含めた)がん、生活習慣病、(膣、デリケートゾーンの乾燥を含む)閉経関連尿路生殖器症候群(GSM)、老年期には尿失禁、ロコモティブシンドローム、骨粗しょう症/骨折、認知症など]。

このように、女性に特徴的な健康の悩みが全身に及ぶのは、エストロゲンが全身に分布しているためである。そのため、エストロゲンの変動が大きいと、全身の症状として変化を感じることがある。

また、老年期には、日本女性の健康寿命(健康で要介護にならず自立できる期間)は74.8歳であるにもかかわらず、平均寿命は87.1歳であり、健康寿命から平均寿命まで12.3歳も開きがあることが日本人女性の特徴である。

現代先進国女性の特徴としてもいえるのは、閉経後の人生が極端に長くなったことのほか、出産回数が昔の女性より減ったため月経回数が増えたこと(昔の女性の5~9倍)である。そのため多くの月経不調を経験する。昔の女性は月経回数が少なく色々な月経不調を経験することがなかったために、症状別の対策といった経験則がこれまでに培われてこなかった。

さらには男女共同参画で男性と同じように働かなければならない、という意識が働き、女性特有の不調を「なかったこと」にしてきたゆえに、それぞれのライフステージでの「弱り目」(思春期、妊娠期、産後、スーパーウーマン症候群、更年期、フレイル等)が目立つようになってきたのではないだろうか。女性ホルモンが変化するタイミングが女性の「弱り目」であると考える。

(出典:池田先生資料)

このライフステージでの「弱り目」、つまりホルモンの変動期に心身ともに不調をきたしやすいことを知って、先手を打つことで、快適に生活を送ることが可能となる。

(出典:池田先生資料)
更年期障害

更年期とは閉経前後の10年間(閉経前の5年間、閉経後の5年間)を指す。閉経とは、1年間月経がない期間があって初めて閉経したといえる。日本人女性の更年期は大体45~55歳と言われている。女性ホルモンの急激な変動についていけず様々な心身の症状が出てくることを「更年期障害」という。

更年期障害の症状は様々であり、大きく分けて「血管運動性障害」と呼ばれる自律神経等による症状と、「メンタルの症状」、「その他の症状」の3つのカテゴリーに分けられる。更年期障害として有名な「血管運動神経系障害」の症状として40代後半から50歳の女性に多い「ホットフラッシュ」が挙げられるが、かならず皆ホットフラッシュを経験するわけでなはなく、むしろ、ホットフラッシュの症状はなく、メンタルのみに不調をきたす女性もいる。このように、症状が多岐にわたることを知っておいてほしい。

この3つのカテゴリーをそれぞれみていく。

まず、「血管運動性障害」について、ホットフラッシュは、顔のみ汗をかいて顔から下は寒いと感じる女性、寝ている時に全身に汗をかく女性、ずっと暑いと感じる女性など、ホットフラッシュひとつとっても症状は多岐にわたる。また動悸も特徴である。この「血管運動性障害」の症状にはホルモン(エストロゲン)補充療法が効くとされている。

次に、「メンタルに関わる女性ホルモン欠乏症状」では、いわゆる「抑うつ気分」が代表的であり、「中枢神経症状」といわれるものである。この「中枢神経症状」を有する患者さんの語りで多いのは、「普段だったら受け流せることが頭について離れない」、「ずっと気分が塞いでいる」などの症状である。これは、エストロゲンの低下によりセロトニンの活性が低下することが原因と考えられている。この「中枢神経症状」はPMS(月経前症候群)でもみられるため、更年期障害なのかPMSなのか個人では判別がつかない場合がある。その場合は外来で症状を記録してもらい、判別を行う。

最後に、「その他の症状」として非常に多い症状が「身体的諸症状」、いわゆる「倦怠感」である。例えば、「以前は外出すると3つほど用事を済ませられたが、今は1つでやっとである」などの声が聞かれる。また、「肩こり・腰痛」など、家事・育児・両親の介護等、マルチタスクによるストレスが原因とも考えられる症状がひどくなる場合もある。その他、エストロゲンの急激な減少による指の関節等の関節痛も症状として出現する。大抵は2、3カ月で軽快するものの、場合によっては閉経後にまた同じ症状が出現することがある。

(出典:池田先生資料)

更年期障害は前述の通り、期間が限定されているため、一過性のものであるが、これらの症状を我慢できない場合、ホルモン補充療法が用いられる。特にホットフラッシュに対して有効であるが、その他の症状に関しては症状の改善が見られた場合にホルモン補充を続けるのが一般的である。ホルモン補充以外には漢方薬や向精神薬などにより治療を行う場合がある。なお、このホルモン補充療法は乳がんの治療中・治療後、子宮体がんの治療中には使用できない。

実際に、更年期障害の患者さんを治療してみて思うのは、「自分の身体を労わることができる人」は症状が改善することが多いように思う。

成熟期の女性は、家事・育児・親の介護等、誰かの世話をしていることが多く、自分のことは後回しにしてしまう傾向がある。女性ホルモンに守られているうちは自分のことを後回しにしても女性ホルモンがなんとかしてくれているが、女性ホルモンが減った更年期では、やはり女性自身のケアはちゃんとしたほうがよいと感じる。

身体が不調になるのは大変なことではあるが、その不調により自分の身体に関する気づきを得て、「不調に気をつける」、「しんどい時は休む」、などができるようになった患者さんが本当にいい感じに改善されていると感じる。これからの老年期にむけて、自分をケアする習慣をつけることは重要である。

(出典:池田先生資料)

乳癌検診は、厚労省により2年1度のマンモグラフィの受診が推奨されている。マンモグラフィでのみ40~75歳の乳癌患者集団の死亡率を減少させるエビデンスが出ているためである。触診で気づく方もいるが、触診で気づくくらい大きな癌になってしまっては乳房を切除しなければならない場合が多い。

マンモグラフィは5 mm以下の極小さな癌細胞も検出することができ、手術も癌細胞部分を切除する程度で済むことが多い。また、近親者に、2名以上の乳癌患者または1名以上の若年発症の乳癌患者がいる場合は、遺伝性乳癌に関する検査が可能である。

子宮頸癌検診は画期的な検診である。なぜ画期的かというと、癌になる前の前段階を検出しているため、検出だけでなく予防も行っているからである。子宮頸癌検診は、20歳以上で2年に1回の子宮頸部細胞診が推奨されている。

「自分をケアする習慣」の話に戻る。日本人女性の健康寿命と平均寿命の差は約12年であり、その期間要介護で過ごすことになる。要介護者全体を見ると、要介護者の実に7割は女性であり、また、要介護者を介護しているのも7割が女性であることが明らかとなっている*。

要介護者になるまで家族や周りの人間のために家事・育児・介護の世話をし続けてきて自分が要介護者になる、という構図はなんともシニカルであると言えるのではないだろうか。やはり、日本人女性にとって、自分の心身も労わる時間を確保して、健康寿命を延ばしていくことが大切であるといえる。健康寿命を延ばしていくことがひいては、家族のため、社会のためになるのではないだろうか。

(出典:池田先生資料)

*厚生労働省. 2019年 国民生活基礎調査の概況.(アクセス日:2023年3月9日)

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa19/dl/05.pdf

第三部 パネルディスカッション

第三部では、事前に参加者からいただいた事前質問に答える形でパネルディスカッションを行った。

主な健康に関する質問は、「睡眠に関する悩み」が最も多い印象であった。次に、「運動不足による体重増加や食事等の健康管理」、「更年期症状等の女性医療に関する悩み」等であった。また、アンケート回答者の皆様からは「健康に気を遣っていること、勤務中の工夫、グッズ・ツール」として、たくさんのご回答をいただいた。一つ一つご紹介したいが字数の関係で難しく残念である。この場を借りて感謝したい。

さいごに

朴先生のご講演最後の「心身のコンディショニングは必要不可欠」というお言葉は、プロのスポーツ選手と同じように、健康管理も自分の仕事に含まれる認識をもつ重要性を改めて感じた。また、池田先生の、「自分自身の心身を労わる時間をもつことは社会貢献に繋がる」というメッセージは胸に響くものがあり、同じ女性として少しずつ良い方向に社会を変えていく勇気をいただいた。ご登壇いただいた朴先生、池田先生、関西セミナー委員、参加者の皆様に心から感謝いたします。

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◎登壇者プロフィール:
朴 秀賢

熊本大学大学院生命科学研究部 神経精神医学講座 准教授
1991年3月 私立灘高等学校 卒業
1998年3月 京都大学医学部 卒業
1998年4月~2002年3月
京都大学大学院医学研究科とマックス・プランク分子生理学研究所(独・ドルトムント)で基礎研究に従事
2002年4月~2009年9月
北海道大学病院精神科神経科とその関連病院で勤務
2009年10月 北海道大学病院精神科神経科 助教
2012年7月 アルバート・アインシュタイン医科大学(米・ニューヨーク)博士研究員
2014年9月 神戸大学大学院医学研究科精神医学分野 講師
2019年11月 熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学講座 准教授(現職)

池田 裕美枝
一般社団法人SRHR Japan 代表理事

京都大学医学部卒業。市立舞鶴市民病院、洛和会音羽病院にて総合内科研修後、産婦人科に転向。現在、二宮レディースクリニックでの産婦人科外来、神戸市立医療センター中央市民病院の女性外来、京都大学医学部附属病院の女性ヘルスケア外来を担当しつつ、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系健康情報学博士課程にて、女性の社会的孤立や月経前症候群による社会的インパクトなどを研究している。
2011年英国リバプール熱帯医学校にてリプロダクティブ・ヘルスディプロマ修了。
2013年米国内科学会プログラムにてメイヨークリニックで女性内科研修。
一般社団法人SRHR Japan代表
NPO法人女性医療ネットワーク副理事長

◎寄稿者プロフィール:
小泉志保

医学・医薬翻訳者。社会健康医学修士(MPH)。医学論文や治験関連文書等のメディカル翻訳を手がけるほか、医学英語教育にも力を入れており、翻訳学校等で講師活動を行う。現在、京都大学大学院 医学研究科 社会健康医学系専攻(School of Public Health:SPH)に在籍中。日本翻訳連盟(JTF)理事、日本メディカルライター協会(JMCA)評議員、金沢大学非常勤講師、奈良県立医科大学倫理審査委員。

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