私の一冊『改訂版 実例・差別表現』
第20回:韓日・日韓翻訳者 加来順子さん
古典的作品における〈不適切な表現〉の修正が議論を呼んでいるが、過去に限らず、未知の事柄には往々にして思いがけない要素が含まれている。それらとどのように向き合うかは、異文化の橋渡し役たる翻訳者にとって悩ましい課題ではないだろうか。
本書は、いわゆる〈炎上〉を防ぐための必読書として、出版社の校閲部主催の公開講座で薦められたもの。メディアにおける差別表現の定義と実際に起きた係争の事例が、体系的かつ具体的に紹介されている。改訂版で追加されたのは〈ウェブ上の実態と対応〉だが、SNSで世論が瞬時に大きく揺れ動く現在では、発刊当時より細心の注意が求められるだろう。
興味深いのは、通読すると、この国で〈ポリコレ〉と呼ばれるものを誰が何のために行っているかが浮かび上がってくることだ。生まれたそばから新たな、あるいは異なる意味を孕んで変質してゆく、言葉。その本質的な暴力性を引き受ける覚悟を問われている気がする。
◎執筆者プロフィール
加来順子(かく じゅんこ)
実務翻訳のかたわら文芸書の出版翻訳を手がける。チョ・チャンイン『この世の果てまで』(ソニー・マガジンズ)、パク・ワンソ『慟哭』(かんよう出版)、キム・オンス『キャビネット』(論創社)など。https://note.com/junko_i_kaku
★次回は、英日翻訳者のまえだようこさんに「私の一冊」を紹介していただきます。