私の一冊『タイコたたきの夢』
第30回:英日翻訳者、編集者 かとうちあき さん
<ゆこう どこかにあるはずだ もっとよいくに よいくらし!>。貧富の差がある、とある町。暮らしは変わるわけがないと諦めている住民のもとへ、タイコを鳴り響かせながら冒頭のセリフが投げ込まれます。町を乱すと取り締まられますが、一人、二人と賛同する者が現れ、やがて集団となって夢とともに町の外へ飛び出します。
趣味の古書店巡りで出合った一冊です。訳は矢川澄子さん。翻訳っぽさのない、読みやすくリズミカルな言葉が並びます。私にとっての矢川さんは、文芸翻訳でも日本語を楽しめると教えてくれた最初の翻訳者。そしてこちらの一冊からチムニクを、続いてニンを、ギャリコを、野溝七生子といった日本の作家までも私の本棚へ連れてきてくれた人でもあります。翻訳者は海外作品と日本の読者をつなげる存在ですが、さらに矢川さんの目を通すと翻訳の枠を超えて読書そのものの世界が広げられ、もっと触れて知って、楽しみ方はまだまだあると言われているように感じるのです。
◎執筆者プロフィール
かとうちあき
英日翻訳者、編集者。教育、広告業界を経て、出版社や新聞社で編集者として勤務。その後、出版事業設立のために転職したものの、なぜか社外で出版企画を練っている。個人でも文芸やコミックなどの編集と翻訳をするほか、映像翻訳も始めた。1万冊の蔵書に囲まれて生活している。
サイト:https://chiaki-k.com/
X:@maruch_eesy
★次回は、海外文学同人誌を刊行する、ことばのたび社のことたびさんに「私の一冊」を紹介していただきます。