日本翻訳連盟(JTF)

私の一冊『ABC殺人事件』

第33回:研究者(フランス哲学) 松葉 類さん

『ABC殺人事件』アガサ・クリスティ著、深町眞理子訳、偕成社、1990年

「ABC」を名乗る人物による、奇妙な予告連続殺人事件が起きる。事件の起きた街の名、そして被害者の名前の頭文字をつなぐと、A、B、C……とアルファベットの順をなしていた――。本書は、ミステリ愛好家たちには知らぬ者がない推理小説の古典である。深町眞理子訳をつうじて魅了された読者も少なくないだろう。

小学校高学年のころ、この本で外国文学に初めて触れたのだったと思う。作者で本を選ぶなんてほとんどしたことがなかったが、それ以来クリスティ作品にどっぷりつかることになった。何よりも私の心をつかんだのは、「灰色の脳細胞」をもつ名探偵、エルキュール・ポワロというキャラクターだ。上品だが自信たっぷり、一癖も二癖もあるキャラクターで、相棒のアーサー・ヘイスティングスとともに難事件のしっぽをつかまえていく姿が、とてもかっこよく思えた。頁をめくるのももどかしいほど、むさぼるように読んだのを思い出す。

私の読書人生において最初に道案内をしてくれたのは、あのちょっとお茶目な名探偵だったのかもしれない。

◎執筆者プロフィール

松葉 類

研究者(フランス哲学)。博士(文学)。専門はエマニュエル・レヴィナスをはじめとした、現代フランス思想、ユダヤ思想。著書に『飢えた者たちのデモクラシー レヴィナス政治哲学のために』(ナカニシヤ出版、2023)、共訳書にエマヌエーレ・コッチャ『メタモルフォーゼの哲学』(勁草書房、2022)、ミゲル・アバンスール『国家に抗するデモクラシー』(法政大学出版局、2019)ほか。
researchmap:https://researchmap.jp/ruimatsuba

★次回は、研究者(フランス哲学)の宇佐美達朗さんに「私の一冊」を紹介していただきます。

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