日本翻訳連盟(JTF)

第 3 回:最新 MT 情報を提供する団体としての AAMT

一般社団法人アジア・太平洋機械翻訳協会

  1. はじめに
  2. ChatGPT フィーバー
  3. ポストエディット
  4. ユーザーガイド
  5. ジャーナル
  6. セミナー
  7. 年次大会
  8. 国際会議 MT SUMMIT
  9. 長尾賞
  10. 若手育成
  11. おわりに

1.はじめに

2023 年の 9 月 30 日、「翻訳の日」のパネル討論の開催等、翻訳4団体が連携していく機運が盛り上がっているところですが、当該4団体の中で AAMT には JTF を含む 3 団体と違う特徴があります。AAMT は機械翻訳に特化しており、本稿で AAMT 特有のサービスをご紹介いたします。

AAMT は英語名称 Asia-Pacific Association for Machine Translation の略です。機械翻訳(MT)の普及促進を目的として 1990 年代初頭に任意団体として設立され、2020 年に活動を強化すべく一般社団法人に移行しました。

2.ChatGPT フィーバー

世界を激しく揺さぶっている ChatGPT(または生成 AI)は翻訳関係者も関心が高く、表 1に示したように AAMT の抱える専門家が機敏に対応しております(以下の節で詳細を補足します)。

■表 1 ChatGPT への AAMT の対応

3.ポストエディット

①ポストエディットの実態

近年、機械翻訳の精度が飛躍的に向上し、機械翻訳が出力した訳文を翻訳者が修正する「ポストエディット(または PE)」が注目されています。機械翻訳の精度が低かった時代の経験に基づいて、従来、「ポストエディット」について、「効率が悪くゼロから翻訳した方が良い」等の否定的な意見が喧伝され広く深く浸透しておりました。隅田会長が第 4 回セミナーで「ポストエディット」に対する従来の認識が必ずしも正しくないことを、大規模な「ポストエディット」案件(7000 万語強、従事者 300 人弱)に付随して行ったアンケート結果を用いて報告しました2

②ポストエディットの国際規格

標準化のため国際規格 ISO 18587:2017 が発行3され、グローバル企業のサプライヤー評価や入札にも、この認証取得が求められるケースが増加しています。一方、日本国内には認証取得の支援機関が存在しないため、国内での認証取得が難しく、国内企業の機会損失につながっています。企業や組織が自身で規格への適合性を評価し、適切であれば、自らの責任において規格への運用およびその適合を宣言する「供給者適合宣言」制度が ISO/IEC 17050(JIS Q 17050)で定められています。

そこで、当協会では、会員企業が ISO18587 の「供給者適合宣言」を行うためのガイドライン文書を制 定しました(https://aamt.info/ISO/)。本ガイドライン文書(無料)は AAMT会員にのみ公開されていてAAMT会員のみが本ガイドライン文書に基づいた自己適合宣言ができることになります。詳しくはジャーナルの記事4をご覧ください。

4.ユーザーガイド

MTは便利ですが、MT出力は誤訳を含む可能性があります。AAMTではMTを安全に使っていただくことを目的として、翻訳者、翻訳会社、クライアントのためのユーザーガイドをまとめ、無料でダウンロードできるようにしました5。 また、ユーザーガイドは全利用者が全ページを読む必要はありません。MTユーザーガイドを読む前に図 1クイックガイド6を見ていただければ、一人一人が読むべき箇所がわかるように設計されています。

■図 1 クイックガイド

5.ジャーナル

AAMT はジャーナル「機械翻訳」を 2019 年より電子的に年2回発行しています(https://aamt.info/act/journal/)。会員は一般公開に先行して閲覧できます。また、法人会員は自社製品の紹介もできます。現編集体制になる以前に発行された No. 01 1992 年 11 月から No. 70 2019年6月までのAAMTが過去に発行した会誌を2021年のAAMT創立30周年を記念して、PDF化し、公開しました7。過去の事例から学べることも多いので、まさに温故知新です。

6.セミナー

AAMT では、機械翻訳に関するリモート・セミナーを開催しています8。機械翻訳の最新技術、実用上の諸課題の解決事例~活用のベスト・プラクティス、ポストエディット、市場動向、法的な諸問題~等多彩なトピックスを扱っています(表2)。原則有料ではありますが、

AAMT の会員以外も参加可能ですので、是非ご検討ください。

■表 2 過去のセミナー一覧

第7回セミナー(図 2)の内容を簡単に述べます。機械翻訳を利用する場合にステーク・ホルダーは、関係する法律や契約を正しく理解していないと、揉め事を起こしたり、巻き添えにあったりするリスクがあります。生成AIの登場で新たな問題が生じているかも気になります。そこで、知財に強い柿沼太一弁護士に、万人が知っておくべきことを分かりやすくご講演頂きました。参加者も多かったことから良いテーマ設定だったと考えています。

■図 2 第 7 回セミナーの案内

7.年次大会

その年のMTの潮流をとらえたテーマを設定し、最新動向の情報共有などを目的として、年次大会を毎年開催しています。2023年は11月29日に都内で開催いたしました。会場だけでなく、オンラインでも同時配信する形式としました。講演資料(PDF)は公開9されていますので、是非ご覧ください。 プログラムを表3に示します。今年は、有識者による招待講演2件、公募のショートトークを6件、会議報告1件、通訳者、翻訳者、技術者によるパネルディスカッション1件です。このほか昼食の時間にプラチナスポンサーによるランチョン・セミナー2件(ロゼッタ様と凸版様)です。 本協会副会長であり、日本の生成AIの研究をリードする国立情報学研究所所長黒橋禎夫10が招待講演に登壇し、生成AIの基礎・現状・今後の見通しを分かりやすく解説しました。

■表 3 年次大会の講演一覧

コロナ禍もあけて懇親会も開催でき、ステーク・ホルダー間での交流を活性化でき、この点も好評でした。今年も年末に開催予定なので是非AAMTのサイトやJTFからのメールをご確認ください。

8.国際会議 MT SUMMIT

アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)は、国際機械翻訳協会(英: International Association for Machine Translation = IAMT)の下部組織としてアジア太平洋を担当しています。IAMTの会長は下部組織で持ち回りで、同会長がMTに関する国際会議MT Summitを主催することとなっています。2023年はAAMTの担当として 9 月に25 カ国から参加者をマカオに集め第 19 回機械翻訳サミットMT Summit 2023を開催しました11。詳細は田中英輝理事による報告12に譲りますが、下記の2人の主導的な研究者の講演が、生成AIによる翻訳に関して立場が異なり興味深いです。

基調講演: Toward better neural and big model based machine translation, Min Zhan (ハルピン工科大学)

生成 AI は単言語データで学習しているのに翻訳ができ精度が一定水準なのは驚くべきこととした。彼は精力的に生成 AI による翻訳の研究を進めており、多数の利点、文脈理解力、対話性、スタイルの多様性等を挙げていました。一方、自動評価が困難、ドメイン知識の不足、莫大な計算コスト等を課題として挙げていました。

Min Zhan

招待講演:How to progress beyond human quality? Ondřej Bojar (チャールズ大学)

生成AIの翻訳が高精度化していて従来型翻訳システムの研究が終わったような論調になりがちです。しかし生成AI の翻訳にも困難な課題があり、研究には多様性が極めて重要であり従来型の機械翻訳研究を放棄すべきではなく、むしろ、機械翻訳研究者は批判的に研究し、”Help ChatGPT fall slowly and gracefully”であるべきだと述べました。

最終日に2025年 はジュネーブで開催されることが発表されました。生成AI を使った翻訳がどのようになっているのか、次回が待ち遠しいいところです。

Ondřej Bojar

9.長尾賞

AAMTでは創設者名を冠したAAMT長尾賞13を設けています。賞の趣旨は、「機械翻訳システムの実用化の促進および実用化のための研究開発に貢献した個人あるいはグループを表彰します。いわゆる学会の論文賞や発表賞といった学術賞ではなく、たとえば、高性能の機械翻訳システムを商品化した、機械翻訳システムを使った新しいサービスを開始した、といった貢献を対象とします。もちろん学術的にも意味のある成果を除外するものではありません。」となっており、ユニークなポイントがお分かりいただけるのではないでしょうか? 第18回(2023年)の受賞は、利用者の中外製薬株式会社とMTデベロッパーの株式会社アスカコーポレーションの2社の共同受賞です。このベストプラクティスが広く多分野で広がっていくことを期待するところです。

毎年3月から4月第一週の間、賞に相応しい候補者・グループの推薦を受け付けておりますので、是非ご推薦をお願いいたします。

10.若手育成

今後の機械翻訳の開発・活用を大きく発展させるためには、次世代の研究者・開発者・利用者をコミュニティ全体で育成していくことが不可欠です。これを怠るとやがて活力を削がれ衰退してしまうおそれがあります。AAMTでは若手育成のために次の3つの施策を行っています。

①長尾賞学生奨励賞

2014年にAAMT 長尾賞学生奨励賞が創設されました14。同賞は機械翻訳の発展に長年取り組んでこられたAAMT創設者の長尾真先生の熱い思いを、次世代を担う若手に伝え、将来の機械翻訳の発展に資する研究を見出し、もって学生諸君の奮起を促すことを趣旨としています。

長尾賞と同様に3月から4月第一週の間受け付けておりますので、是非ご推薦をお願いいたします。

②国際会議オンライン参加の学生支援

国際会議へのオンライン参加が可能になり、渡航をせずに最新の動向に触れることができるようになりました。AAMT では、学生の国際会議参加を推進すべく、機械翻訳に関係する国際会議に参加を希望する学生に会議参加費の支援を行うこととしました。オンライン開催は時差があるケースでは、睡眠の調整に苦労しますが、国際会議は機械翻訳の技術やその応用についての発表、機械翻訳の研究者・開発者・利用者が共に参加しての議論に触れられる貴重な機会ですので、文系・理系を問わず、機械翻訳に興味をお持ちの学生の皆さんに積極的にご活用いただければと考えています。

MT Summit 2023 にあたっては 4 人の学生を支援させていただきました。会議後に参加報告を書いていただきましたところ、一人一人異なる着眼でしっかりした報告書であったことは、今後の機械翻訳の開発・利活用の進展に大いに期待が持てるところです。AAMT ジャーナルの No.79 の P49~54 に掲載15されていますのでご覧ください。

③AAMT 若手翻訳研究会

来る3月22日にAAMTセミナーの枠組みで、学生による短時間のプレゼンとセミナー視聴者による評価を行うイベント(図 3)を行います。これは初めての試みですが、きっと、斬新な発表をお愉しみいただけると思います。若手のモチベーションを上げていくために、是非ご参加ください。

■図 3 第 8 回セミナーの案内

11.おわりに

AAMTは機械翻訳に関する最新情報をワン・ストップで提供します。きっと、JTFの皆さまの仕事にお役に立つと思います。


1 AAMT journal (78), 1, 2023-6, https://aamt.info/wp-content/uploads/2023/06/AAMT-journal-No78.pdf
2 ポストエディットの真実, 隅田 英一郎, AAMT journal (79), 37-40, 2023-12, https://aamt.info/wp-content/uploads/2023/11/AAMT-journal-No79.pdf
3 Translation services — Post-editing of machine translation output — Requirements
4 ISO18587 供給者自己適合宣言のススメ, 森口 功造, AAMT journal (78), 21-24, 2023-6, https://aamt.info/wp-content/uploads/2023/06/AAMT-journal-No78.pdf,
5 https://aamt.info/wp-content/uploads/2022/09/MT_userguide_v1-1.pdf
6 https://aamt.info/wp-content/uploads/2022/08/MT_quickguide_v1.0.pdf
7 https://aamt.info/act/journal/
8 https://aamt.info/event/seminar
9 https://aamt.info/aamttokyo2023/handout-20231129/
10 LLM勉強会(https://llm-jp.nii.ac.jp/)を主宰
11 https://mtsummit2023.scimeeting.cn/en/web/index/15680 
12 https://aamt.info/wp-content/uploads/2023/11/AAMT-journal-No79.pdf
13 https://aamt.info/news/nagao-2/
14 https://aamt.info/news/nagao-student/
15 https://aamt.info/wp-content/uploads/2023/11/AAMT-journal-No79.pdf

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