日本翻訳連盟(JTF)

翻訳と通訳のあいだ~思考プロセスの狭間を可視化する

2017年度JTF第5回翻訳セミナー報告
翻訳と通訳のあいだ~思考プロセスの狭間を可視化する


関根 マイク

会議通訳者、日本会議通訳者協会理事、関根アンドアソシエーツ 代表
名古屋外国語大学大学院兼任講師、元日本翻訳者協会副理事長。得意分野は政治経済、法律、ビジネスとスポーツ全般。午後2時頃からエンジンがかかってくる遅咲きタイプの通訳者。現在は主に会議通訳者として活動しているが、YouTubeを観てサボりながらのんびり翻訳をするのも結構好き。近年は若手育成のため精力的に執筆活動も。
イングリッシュ・ジャーナルに『ブースの中の懲りない面々~通訳の現場から』、
通訳翻訳WEBに『通訳者のメンタルトレーニング』、
通訳翻訳ジャーナルに『通訳の危機管理対策ドリル』を連載。

高橋 聡

個人翻訳者、JTF専務理事
CG以前の特撮と帽子と辞書をこよなく愛する実務翻訳者。
翻訳学校講師。学習塾講師と雑多翻訳の二足のわらじ生活と、ローカライズ系翻訳会社の社内翻訳者生活を経たのち、2007年にフリーランスに。現在はIT・テクニカル文書全般の翻訳を手がける。最近は、翻訳者が使う辞書環境と「辞書を読む」ことについて研究し、翻訳フォーラムなどの翻訳者グループで情報を発信している。


松丸 さとみ

ライター、フリーランス翻訳通訳者
時事ニュースや広報素材などの翻訳の他、ライティングや通訳など。著書に『泣ける犬の話』、『錦織圭物語』がある。

 



2017年度JTF第5回翻訳セミナー報告
日時●2018年2月8日(木)14:00 ~ 16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●翻訳と通訳のあいだ~思考プロセスの狭間を可視化する
登壇者●関根 マイク Sekine Mike 会議通訳者、JACI理事
   ●高橋 聡 Takahashi Akira 実務翻訳者、JTF専務理事
   ●松丸 さとみ Matsumaru Satomi 実務翻訳者、ライター
報告者●高屋敷 ゆかり(翻訳者)

 



 翻訳と通訳の思考プロセスを主題に据えて、バックグラウンドも現在の立場も違う3氏が話した(文中では敬称略)。

通訳の紹介(関根)

 通訳者の仕事の種類は主に同時通訳、逐次通訳、サイトラ(sight translation)である。前者では訳出速度が、後者では正確性がより重視される。
 同時通訳は、話者が話すのとほぼ同時に訳を話す。基本的には専用のブースに入って行うもので、複数名が10~15分交代で担当する。
 逐次通訳は、話者が話した後に訳を話す。同時通訳よりも訳が正確であることが求められる。話者の話を遮ってはいけないので、記憶力が必要になる。
 サイトラは、対象の文章を短時間で読みながら訳す通訳で、通訳に近い翻訳とも言える。会議に使う資料を開始5分前にもらって訳す場合などがある。翻訳者が通訳を目指すなら、これをまず学ぶことを推奨する。今後AIが進化して文字起こしが高速かつ正確に行われるようになると、サイトラの需要がさらに高まるのではないかと考えられる。
 通訳と翻訳のしかたは全く違うが両方の上手な例はあり、翻訳者の多くはトレーニングをすれば一定の通訳もできるようになると考えている。

通訳のプロセス(関根)

 FIFO(First In, First Out)。文章を頭の中で処理できるくらいの短さに切って訳していく。次に来る言葉が何か、話の長さがどれくらいになるのかが予測できない状況で、言葉に詰まったり意味不明な訳になったりしないようするための策である。
 サイトラでは、準備できる時間があれば、文章内の意味の単位をスラッシュで区切る。英文和訳でよく使われる方法だが、スピード重視のため、文章が成り立つ最短の区切りで訳文を作成する。サイトラの上手さは、文を意味の固まりに切ってそれを再構成する速さと、訳文の表現力で決まる。
 「諦めのアート」。諦めたところから進まないと間に合わない。100%を目指してはいるが、100%を訳すのは無理なので、切り捨てて進めることが必要。

翻訳のプロセス(高橋)

 翻訳のプロセスは「原文を読む→絵を描く→訳文で同じ(近い)絵を描く(ように努める)」であると紹介したところで、関根から、翻訳者が「絵を描く」と言うのは初めて聞いたとのコメントがあった。通訳者の中上級者では当たり前の感覚であると言う。この点は翻訳と通訳の共通する点でないかという話になった。
 そして、各ステップで調査を行う。ある記事の翻訳では、製品を開発した会社付近の風景描写があったので、その会社のサイトで住所を調べ、Googleマップでその住所を検索して地図を見、さらにストリートビューでその場所の写真を確認した。当該国での在住経験がないため、原文の感覚を追体験するために調べるのだと言う。
 原文にある言葉、訳文に使う言葉の意味やコロケーションについて何種類もの辞書やサイトを調べることもある。

翻訳と通訳のあいだ

 それぞれの説明中、3人とも「それって翻訳(通訳)ではどうなの?」と何度も問いかけ、そのつど三者三様の感想や解釈が語られた。

情報価値と訳抜け

 同時通訳では、一瞬の判断で情報価値の高い語句を選んで訳していき、情報価値の低い語は訳出しない。すべてを訳していたら、話者の話すペースに追いつかないことや、話がわかりにくくなってしまうこともあるからである。
 翻訳では、最初から文章全体を見ることができるので、冗長なところ以外ほぼすべての情報を訳文に入れる。訳されていない語が1語でもあると、エージェントから「訳抜け」と指摘されてしまうことも多い。

書かれていることを疑う(翻訳)

 原文に誤りがある場合もある。翻訳ではできるだけ調べ、依頼元に申し送りをする。
 通訳ではそのような時間はないので、そのまま伝える。わからない語があった場合には、その語を英語のままで伝える。もしそれが重要な語であれば、その語を受けた人が聞き返すので、そこで確認できる。

「網を広げる」(通訳)

 通訳では、機材トラブルなどさまざまな原因で文の一部が聞き取れない状況が発生する。そのような場合、例えば「I studied marketing in college.」という文では、marketingが聞き取れなかった場合にはbusiness、collegeが聞き取れなかった場合にはschoolといった、正解を含む上位概念に訳すことでピンチをしのぐ選択肢もある。言葉には意味の幅がそれぞれあるので、元の語の意味も含む意味の幅の広い語に置き換える。これを関根は「網を広げる」と表した。通訳では必須の技術だと言う。
 翻訳では逆に、話者の履歴などの詳しい情報を調べるほうに向かう。marketingをcollegeで学んだので間違いないかを確認するのである。

通訳と翻訳の切り替え

関根:通訳から翻訳に切り替えると、調べ物が多くてつらく感じ、翻訳から通訳に切り替えると、時間のプレッシャーがつらく感じる。翻訳の強みは自分のペースでできること。
松丸:翻訳から通訳に切り替えると、一字一句訳したくなるが、エッセンスを訳すことの重要性や、自分が翻訳中に「木を見て森を見ていない」こともあることに気づけて、翻訳に役立っている。

通訳の準備と翻訳の準備

(質疑応答から)

関根:当日までにどれだけ準備時間があるかによる。繁忙期で時間がなければ事前資料とWikipediaで調べ物を済ませることもある。理想としては、事前資料読み込み以外の調べ物もしたいし、有名人なら動画で本人の話し方を確認したい。通訳では、その人の話し方で訳の品質が変わってしまうため。
高橋:やはり納期までの時間による。時間があれば、クライアントの過去の資料や関連するドキュメントなどにも目を通す。短め(英語2000語程度)であれば、原文全体を読む。
松丸:最近はニュース翻訳の案件が多く納期が短いため、最初の1語から訳し始める。資料などは訳しながら探し、参照する。

翻訳で稼ぐ、通訳で稼ぐ

関根:先の高橋のような調査をしていてはスピードが上がらず、安定した収入にならないのではないか。
高橋:調べ物をしなくてもできる仕事で時間単価を上げる。また、入力時間を短くするように工夫している(かな入力や単語登録などの活用)。
松丸:通訳を兼業していたときのほうが収入は多かった。
関根:通訳は人材不足になる時期もあるので、翻訳者でも向いている人は挑戦してみてほしい。ただ、AIと機械翻訳の進化に伴い、営業も技能も向上が必要。

(質疑応答から)
松丸:今「稼ぐ」と言っているのは、自分ができる仕事でさらに収入を上げるという話。例えば、儲かる仕事をするために今30%できることを100%できるようにするより、今100%できることをさらにできるようにするほうが効率が良い。なので、機械翻訳に取られない分野や稼げる分野を探すのではなく、自分の好きな分野や得意な分野を伸ばしてほしい。
関根:ビジネスは人間関係。自分にはエージェントを通さずにクライアントから直接仕事をもらっているケースもある。仕事が重なっても、信頼できる人に外注することでスケジュール管理はできる。

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