日本翻訳連盟(JTF)

誰も教えてくれない翻訳チェック ~翻訳者にとっての翻訳チェックとは?~

2017年度第3回JTF関西セミナー報告
誰も教えてくれない翻訳チェック
~翻訳者にとっての翻訳チェックとは?~


齊藤 貴昭

某電子事務機メーカー入社後、製造から市場までの幅広い品質管理業務に長年従事。5年間の米国赴任後、米国企業相手の品質関連交渉担当となる。交渉業務を行う中で自ら通訳・翻訳業務を担当するとともに社内翻訳者の管理・教育を数年経験。2007年末より現在のグループ会社で翻訳コーディネーターと社内翻訳者を担当。グループ会社から依頼される様々な翻訳案件の翻訳・発注・チェック・管理の業務を行っている。製造業で学んだ品質管理の考え方をベースに、翻訳品質保証体系を構築するのが現在の自己研究テーマである。ワードマクロ「WildLight」開発者。日本翻訳連盟理事。

ブログ「翻訳横丁の裏路地」
https://terrysaito.com/



2017年度第3回JTF関西セミナー報告
日時●2018年1月26日(金)14:00 ~ 17:00
開催場所●大阪大学中之島センター
テーマ●誰も教えてくれない翻訳チェック ~翻訳者にとっての翻訳チェックとは?~
登壇者●齊藤 貴昭 Saito Takaaki  JTF理事/社内翻訳者/翻訳コーディネーター
報告者●梶本 郁美(株式会社 翻訳センター)

 


 

東京で開催された本セミナーは、満席御礼続き。関西でもぜひ、との声が多数寄せられてのこの度の関西での開講となった。今回も、翻訳者、チェッカー、翻訳会社経営者、翻訳品質管理担当者、翻訳コーディネーター、企業知財担当者、を中心とする参加者で会場は満席となった。

翻訳品質保証工程を設定する上でのアプローチ

 まず翻訳品質を左右する因子をすべて抽出する。つまり、翻訳に関わる全ての要素別に翻訳へ影響を与える因子をリストアップする。要素の分類には、一つの手法として5M(Material, Machine, Method, Measurement, Man)を使ってみるとよい。翻訳会社で考えるのであれば、Materialは、翻訳材料(翻訳原稿、参考資料、用語集など)、Machineは、情報機器・ツール・書籍(コンピュータ、ネットワーク、翻訳支援ソフト、ツール、MSオフィス、マニュアルなど)、Methodは、管理方法(工程管理、チェック手法、品質管理手法など)、Measurementは、基準(仕様、スタイルガイド、用語集、辞書、書籍など)、Manは、人(経営者、営業、コーディネーター、チェッカー、翻訳者など)である。翻訳者の場合は、上記の「人」を「知識と能力」に置き換えて考える。要素として、専門分野、翻訳力、2言語の語学力、IT知識などがある。
 抽出された因子別に翻訳品質保証マトリックスを作成する。つまり、因子別に、どの工程で何を保証しなくてはならないのかを決める。対象となる工程は複数にまたがる場合もある。これにより、工程別になすべき保証項目が明確になる。
 翻訳品質保証マトリックスを元に翻訳品質保証工程を設定する。つまり、翻訳品質保証マトリックスにある各項目を、どのような方法と基準で保証するのかを決める。もっとも効果が高いと思われる順番で工程設定をする。人間の判断レベルを考慮して、項目をグルーピングして、順序付けする。

翻訳チェックとは

 まず、齊藤氏より、5つの質問があった。①何をチェックしているか。(どういった項目をチェックしているか。)②①のチェック項目を、どんな方法でチェックしているか。(すべて同じではない。項目によって違うはず。)③なぜそのチェック方法を使っているのか。(その理由を自身で説明できるか。)④その方法を決めた時の判断基準はどこか。判断基準は何か。そのチェックする順番は決まっているか。⑤決まっているなら、なぜその順番なのか。理由を説明できるか。
 今回のセミナーは、具体的なチェック方法を教えるのではなく、チェックに対する考え方を話すことを趣旨としたものである。
 翻訳チェックとは、仕様を満足していることの確認である。翻訳チェックとは二種類に分けられる。まず「翻訳の質」に関するものであり、これは基準が曖昧である。そして、「ルールへの適合性」に関するものである。これは純然たる作業のチェックである。齊藤氏はこの両方を品質保証していないといけないと考える。
 翻訳者は、最終読者を意識して翻訳をしている。興味深いデータが紹介された。それは、2016年7月に日本翻訳連盟にてとられた翻訳品質評価に関する業界アンケートである。翻訳会社、クライアント企業がどう考えているかが判明した。回答数154件のうち4分の1がクライアント企業、残りが翻訳会社である。訳文中の評価項目のうち重要視しているのは、流暢さよりも、正確さ、用語集が正確に使用されているか、であることが結果からわかった。つまり翻訳の質も大切だが、ルールへの適合性も大切だということがこのデータからわかる。

チェック方法を考えるポイント

 まず、「注意する」「気を付ける」は対策ではない。つまり精神論では品質は担保できず必ず再発する。セルフダブルチェックは、同じフィルターをかけるだけなのでミスが流出する。Easy to Notice(集中チェック)でチェックのポイントを絞る、また他者によるダブルチェックは有効だと考える。
 チェックする内容の組合せ方が大切である。まず単純なチェック単位(単純照合、参照照合、読解が必要なチェック)に分解する。思考過程が同じチェックを組み合わせる。人間のモードを切り替える方法を盛り込む。人間は思い込む動物なのでその思い込みを断ち切る手段を考える。これは非常に有効であり、例えば、時間や場所を変える。データでのチェックから紙ベースでのチェックに切り替える、などがある。チェックツールの助けを借りる。ここで間違えてはいけないのは、あくまでもツールに人間の能力をサポートさせるのであって、ツールに勝手をさせないことである。最後に「参照照合」から「単純照合」へ変換する方法を考える。これは単純な比較でチェックできる方法を考えるということである。

チェックフロー決めのポイント

 ミスの発生率が高い項目のチェックは、前工程で行う。例えば、クライアントから以前に指摘されたミスがこれに該当する。思考過程が同じチェックを組み合わせる。つまり異質なチェックを一緒に行わない。順番を必ず決め、その順番を必ず守る。納期短縮の矛先にせず、順番が守れないのであれば、案件を断るか、納期延期の交渉をすべきである。修正で触ったら、再チェックを行う。納品直前の最終チェックを必ず入れる。(通読とスペルチェックなど)

チェック時間の考え方

 本セミナーで初めて説明する内容である。個人の中堅以上の翻訳者から情報を集め解析した結果から、翻訳品質を保証する上で飜訳とそのチェックに最低限必要となる時間を、参考情報として提供する。
 翻訳にまつわる作業工数は、①翻訳標準工数、②翻訳チェック工数、の二つである。この二つの和が、全翻訳に必要な時間である。標準工数の計算式は、標準工数=翻訳基準時間×(1+余裕率)×難度係数。ここで翻訳基準時間は、標準の熟練度と知識を持つ翻訳者が、一定の作業環境と方法により、規定された品質で翻訳を行うために、通常の努力を払って仕事を行う場合の作業時間。余裕率は、管理上(調べ物含む)の中断や個人的、生理的作業の中断による遅延時間の翻訳基準工数に対する比率。難易度係数は、自分が通常取り扱っている分野で、通常の読解で内容が把握できるものを1とする。
 標準時間をどう使うのか。翻訳品質を保証できないような短納期案件を判断する材料とする。一度のミスが命取りになる。チェックする時間は必ず確保する。品質を保証できないのならば、受託を諦めるべきである。

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