日本翻訳連盟(JTF)

脱・辞書の持ち腐れ《60Hz》~どの辞書をいつ引くか~

2017年度第4回JTF関西セミナー報告
脱・辞書の持ち腐れ《60Hz》~どの辞書をいつ引くか~


深井 裕美子

上智大学外国語学部フランス語学科、JR東日本、番組制作会社を経て現職。宣伝、ファッション、アート、演劇、ニュースやエンターテインメント系の英日・日英翻訳をするほか、翻訳学校や各種セミナーで辞書や正確・迅速な原文読解について話をしている。「読めてないものは訳せない」が座右の銘。ウェブサイト「翻訳者の薦める辞書・資料」を運営。入会して20年超になる翻訳フォーラムでは、シンポジウムやセミナーの企画運営を担当している。

高橋 聡

CG以前の特撮と帽子と辞書をこよなく愛する実務翻訳者。翻訳学校講師。学習塾講師と雑多翻訳の二足のわらじ生活と、ローカライズ系翻訳会社の社内翻訳者生活を経たのち、2007年にフリーランスに。現在はIT・テクニカル文書全般の翻訳を手がける。最近は、翻訳者が使う辞書環境と「辞書を読む」ことについて研究し、翻訳フォーラムなどの翻訳者グループで情報を発信している。

2人は翻訳フォーラムのメンバーとして「できる翻訳者になるために プロフェッショナル4人が本気で教える『翻訳のレッスン』」(講談社)執筆に参加。2018年5月27日にはシンポジウムを東京で開催。詳細は後日 fhonyaku.jp にて発表。
 



2017年度第4回JTF関西セミナー報告
日時●2018年3月2日(金)14:00 ~ 17:00
開催場所●大阪大学中之島センター
テーマ●脱・辞書の持ち腐れ《60Hz》~どの辞書をいつ引くか~
登壇者●深井 裕美子 Fukai Yumiko 翻訳者、通訳者、翻訳講師
   ●高橋 聡 Takahashi Akira 個人翻訳者、JTF専務理事
報告者●持田 亜希子(株式会社 アスカコーポレーション)

 


 

翻訳者に必要な辞書

 分野を問わず、翻訳者が実務を行うためには複数の英和辞典や国語辞典、英英辞典が必要である。辞書において「大は小を兼ねる」ことはないため、英和辞典では掲載項目数が多い大辞典、語数は少ないが説明や文例、使い分けなど文法的な解説が充実している中辞典を併用する。国語辞典は中辞典(広辞苑、大辞林など)と小型辞典(三省堂、新明解など)を用意すると良い。英和辞典では対応する訳語を調べることができるが、英英辞典では説明文が読める。説明文のわかりやすさから「非ネイティブ向け」(学習英英)がお勧めである。また、子供向け、学習者向け、一般向け等、対象によって収録語彙や説明の難易度が異なることにも注意をしたい。
 以上を揃えた上で、分野ごとにスタイルガイド、コロケーション辞典、類語辞典/シソーラス、専門辞書を加えると良い。

辞書を購入する際には

 まずは出版年に着目したい。最近の事柄を訳す際に、古い辞書が役に立たないこともあるためである。
 また、安易に無料のものを選ばないようにしたい。有料辞書の製作には、用例採集、取捨選択、語釈の執筆から様々な媒体での発表、見直しを含め、膨大な手間や時間、技術が注ぎ込まれている。そして責任の所在を明らかにするために作成者が誰であるかが記載されている。一方、無料の辞書には、作成者の情報が不明なものや、誰でも編集に参加できるもの、コンテンツが機械的に作成されているものもある。したがって、使用の際には出典の記載と信頼度を見極める必要がある(「コトバンク」「The Free Dictionary」など、信頼できるソースからの用語が多く収録され、出展がはっきり明記されているものもある)。
 誰が責任を持って制作したのか明らかな辞書を使うことは翻訳者として大切な姿勢であり、出版社名、編纂者名、版(発行年)が明確なものを選ぶことが絶対条件である。

辞書の形態

 翻訳者は現在、辞書環境に悩んでいる。以前は共通規格であるEPWINGで多くの辞書を揃えることができたが、現在は衰退傾向にある。LogoVista規格は専用ブラウザでなければ使用できなくなった。PCに接続できるSIIの電子辞書は製造中止となっている。では、翻訳者が今使える辞書、また、最先端の辞書にはどのようなものがあるか。

1.    紙の辞書

検索に時間がかかる(勘を取り戻せば早く検索することも可能)、場所をとる、持ち運びが不便などのデメリットはあるが、紙でしか出版されていない辞書も多い。

2.    CD/DVD-ROM&辞書データ(辞書ブラウザ)

辞書閲覧ソフトに共通規格のデータを登録して使う。メリットとして、必要に応じてデータを増やせる、串刺し検索が可能、検索オプションが豊富であることがあげられる。現在主流なものに、Logophile(有料、開発はほぼ停止)、EBWin4(無料、開発継続中)がある・共通規格データ(EPWING、LogoVista(2013年頃までのもの))が使用でき、オンライン辞書も使えるEBWin4がお勧めである。

3.    電子辞書

EX-word(CASIO)がほとんどであるが、PCに接続できず検索語の入力が面倒。SIIの製品は、中古品を廉価に購入できることもある。

4.    辞書アプリ

現在、一番多く販売されている。検索語の入力の問題は工夫すればクリアできる(PCに接続する方法もある)。串刺し検索ができるiPad用統合アプリ「語句楽辞典」も発売されている。

5.    オンライン辞書

複数の辞書が一か所で引ける「辞書ポータル」と「読者投稿型辞書」がある。翻訳者が多く使用するものにジャパンナレッジ、KOD(有料)などがある。無料のものもあるが、上述の通り使用には注意が必要。
 今現在利用できる辞書にはそれぞれ、メリットとデメリットがある。また、ひとつの環境で全ての辞書を揃えるのは不可能である。したがって、自分の辞書環境を見直し、不足しているものについて、作業スタイルと予算とに合わせてどう揃えるかを検討すべきである。

辞書の使用法(事前課題の解説)

例1:"get (s) under the skin of…"
紙の辞書であれば、親見出し(skin)を引いた後に成句を目視で検索する。一方、電子辞書やアプリは成句検索ができて便利である。辞書ブラウザでの成句検索には慣れが必要(前方+キーワード検索、単語の間を詰める等)であるものの、紙の辞書と同じ引き方(親見出し→Ctrl+Fで全文検索)も高速で可能。

例2:"He'd even translate techno gobbledygook to people around him without a technical background."
“gobbledygook”について、「難解でわかりづらい言葉」と辞書にはあるが、これを訳語には使用しない。翻訳者の仕事は情報を正確に伝える(原文と訳文の読み手が同じ絵を思い浮かべられるようにする)ことである。文中で「変わった言葉」である“gobbledygook”は「変わった日本語」に訳したい。そのために辞書の情報を元に訳語の候補を複数あげ、その中から文脈に沿って原文の意味を正確に表すものを取捨選択する。その際には国語辞典やコーパスを使って誤用でないことを確認する。

例3:"Being British is about driving a German car to an Irish pub for a Belgian beer…"
“British”は名詞ではなく形容詞。簡単な語ほど、品詞などの情報に注目して検索する必要がある。また、”about”のように検索が面倒な語は、辞書アプリの品詞別ジャンプ機能も便利。用法と用例を確認し該当する語義を調べることも重要である。つまり、辞書は訳語を探すものではなく、読んで語義をつかんだ上で訳文に反映させるものという意識が欠かせない。

例4:"Stedman, who’s been my rock."
翻訳の前に背景(場所、目的、話し手や登場人物)を把握する。動画を見て話し手が息継ぎをした箇所や口調を確認する。その後、全文を読む、”Rock”については英和辞典に「礎」の訳語があるが、「青空WING」(青空文庫収録作品を1つのファイルにまとめたもの。大久保克彦氏作。EBwin4で全文検索が可能)や、てにをは辞典、各国語辞典、研究社新英和大辞典などを活用し、日本語で「私の礎」と言えるのかを調べることがポイントである。

言い換えの処理

 原語側の「言い換え」語については、まず意味が同じもの同士でグループに分け、訳語側ではそのグループの中で言い換えを検討する。いかに多くの訳語のバリエーションを考えられるかが、プロの翻訳者になれるかなれないかの分かれ目である。日頃からトレーニングしたり、辞書を活用したりすると良い。

訳語のアイデアを得るのに活用したい辞書

  • 日本語語感の辞典
  • デジタル類語辞典
  • 使い方の分かる類語例解辞典
  • 現代副詞・形容詞用法辞典
  • てにをは辞典

質疑応答(一部)

質問 日英でも翻訳の手順は同じであるか。
回答 基本的には同じだが、原語の理解を勘に頼り過ぎないこと、訳語では、初見の語を安易に使用しない(辞書はあくまで既知の言葉の確認に過ぎない)。そのため、日頃から自分の語彙を増やすことが大切である。

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