増田式! PCキーボード練習法公開/翻訳ツールの功罪を考える -SimplyTermsを中心として-
2015年度第2回JTF翻訳支援ツール説明会報告
増田 忠士
増田式!PCキーボードの学校 校長
1951年、鳥取県生まれ。中学2年からタイプライターを使っていたが、ミスタイプの多いチラ見打ちが30代半ばまで続く。漢字直接入力の必要を感じたが、歯が立たず。その際のミスタイプを材料にKJ法で研究し、タイピング時の脳と手指のメカニズムを解明。そこから開発した学習法で漢字直接入力ができるようになる。その学習法を一般化し、英文タイプ/ローマ字入力/かな入力/親指シフトを対象にした『キーボードを3時間でマスターする法』を1987年に出版。2006年から「増田式! PCキーボードの学校」を開設し、メール通信講座方式で10~70代の受講者を正確で高速なブラインドタッチに導いている。漢字直接入力と学習法の改善も続けている。
翻訳者、JTF常務理事
子どもが生まれた際、子育てに必要な時間のやりくりがつけられるようにと大手石油会社を退職し、技術・実務翻訳者として独立。最近はノンフィクション書籍の翻訳者としても知られる(『スティーブ・ジョブズ I・II』(講談社)、『沈みゆく帝国』『リーン・スタートアップ』(日経BP)など)。高品質な翻訳をめざして日々精進するかたわら、翻訳作業を支援するツールを自作・公開するなど、人とPCの最適な協力関係を模索している。
また、翻訳者が幸せになれる業界の構築が必要だとして、日本翻訳連盟常務理事、翻訳フォーラム共同主宰など、業界全体を視野にいれた活動も継続している。
2015年度第2回JTF翻訳支援ツール説明会報告
日時●2016年2月18日(木)14:00 ~ 16:30
開催場所●GMOスピード翻訳株式会社 大1会議室
テーマ●第一部:「増田式! PCキーボード練習法公開 -翻訳者の入力スピードが2倍以上アップ!-」/第二部:「翻訳ツールの功罪を考える -SimplyTermsを中心として-」
登壇者●増田 忠士 Masuda Tadashi 増田式!PCキーボードの学校 校長/井口 耕二 Inokuchi Koji 翻訳者、JTF常務理事
報告者●目次 由美子(LOGOStar)
今回の翻訳支援ツール説明会は二部構成とし、第一部ではキーボードの入力メソッドを独自に開発し、私設の学校で教示している増田忠士氏にデモを兼ねて講演していただいた。キーボード入力は翻訳者にとって作業の大きな割合を占める一つであり、翻訳作業の迅速化・効率化につながる要素として考えられる。
第二部ではベテランの翻訳者でもある井口耕二氏により、自ら開発し、公開されている翻訳支援環境「SimplyTerms」のデモと講演を行っていただいた。井口氏自身がSimplyTermsのデモをするのは、約10年ぶりとのこと。翻訳作業にツールがもたらすメリットのみでなく、デメリットにも言及された本講演は、「翻訳」という作業に対するツールの利用自体にも一石を投じる講演となった。
第一部 「増田式! PCキーボード練習法公開 -翻訳者の入力スピードが2倍以上アップ!-」(増田 忠士)
増田氏によると、ローマ字入力の入力スピードは誰でも2倍以上になる余地があり、漢字も直接入力すれば入力スピードがさらに約2倍は上がるという。
まず、パソコンユーザーを対象とした調査において、完璧なブラインドタッチをこなせるのは10%以下、「チラ見打ち」が20~30%、残りは「ガン見打ち」であると示される分布はワープロ専用機時代以降、現在まで変化が見られないという。「増田式!PCキーボードの学校」では、ローマ字入力であっても脳内にアルファベットを思い浮かべない「五十音図方式」でブラインドタッチが習得できるカリキュラムを提供している。すでにブラインドタッチであるかに関わらず、ミスタイプのない高速入力がこの方法で身につくとのこと。
そして、ローマ字入力で仮名漢字変換をしながら、漢字も直接入力できる「ローマ字漢直」を勧めている。
ローマ字入力では3段10列キーボード(30キー)の2打や3打に仮名を対応させているが、仮名を定義していない空きがあり、ここに漢字を定義すれば「ローマ字漢直」が実現する。たとえば、下図で「KI」とキーを押すとIMEの定義にしたがって画面に「き」が表示される。何も定義されていない「JK」と押すと画面には「JK」が表示されるのみだが、この「JK」に漢字の「男」を定義すれば、仮名と同じように打って「男」が画面に表示されるのだ。
増田氏の実演では、ローマ字で「だんしもじょしもにほんじん」と入力して仮名漢字変換する様子と、「男子も女子も日本人」とローマ字漢直で入力する様子が示され、その入力速度の違いに喚声が起きた。
ローマ字漢直を実現するためのIME(Input Method Editor、入力方式エディタ、文字入力を補助するソフトウェアのこと)についても言及があった。Windowsに搭載されているマイクロソフト社の「MS-IME」、ジャストシステム社の「ATOK」、そして2009年末に登場したグーグル社の「Google日本語入力」が比較された。無償のGoogle日本語入力のみはカスタマイズ自在であり、漢字直接入力のための設定が可能とのこと。ローマ字漢直の設定ファイルは増田氏にリクエストすれば入手できるそうだ。
参加者から「漢字の打ち方をどうやって記憶するのか」という質問があった。この質問への回答には増田氏の半生が絡むようだ。中学生の頃にタイプライターに出会い、日々練習を重ねるも完璧なブラインドタッチの習得には至らず、30代前半までミスタイプに悩まれたそうだ。ある日、「TUTコード」という漢字直接入力のデモに遭遇し、参加客から手渡された雑誌記事を見ながら正確に入力しつつ会話も始めたタイピストの姿に「手指と脳が分離している!」と驚いたという。そしてTUTコードを練習したが、若いタイピストたちが使用した教材では覚えられなかったそうだ。ところが、自身が練習する中でのミスタイプを材料としてKJ法で研究し、以下のようなことを把握した。
1. 右手の方が左手より動きやすい
2. 中段が打ちやすく、上段、下段と難しくなる
3. 中指が打ちやすく、人差し指、薬指、小指と難しくなる
また、練習単位により記憶力が異なることも判明した。たとえば3キー以上で練習すると、その「かたまり」で記憶してしまう。だから、「こんにち(今日)」を繰り返して練習しても、「にこちん(ニコチン)」と打つのに躊躇することもあるそうだ。
このような発見から「指がよく動く順に2打単位」で練習する方法を開発して自らTUTコードをマスターし、タイピストを教育する機会を得て、学習期間、入力速度、ミスタイプ率などを総合すると300倍以上の改善をもたらした。
その後、漢字直接入力のTUTコードに不満を覚え、自ら「超絶技巧入力」を開発すると共に、ローマ字入力など一般ユーザーが練習するための書籍やソフトウェアを開発し、現在では「増田式!PCキーボードの学校」でメール通信講座を提供している。
増田氏は1987年から練習本や練習ソフトを多数リリースしてきたが、ユーザーによる自習には限界が窺えるそうだ。増田氏が開発した練習法に加え、2006年からのメール通信講座ではサポートが充実していて、ローマ字入力であれば10~70代のほぼ100%をブラインドタッチにし、入力速度を2倍以上にしているという。ローマ字漢直もこのメール通信講座方式によって、想像よりも遥かに簡単に漢字の打ち方がマスターできるとのこと。
なお、ローマ字漢直では約500字の漢字が定義され、超絶技巧入力では約2,300字が定義されている。前者はローマ字入力の延長で使用できるが、後者は仮名部分をローマ字入力ではなく「チョイ入力」という増田氏独自の入力方式に切り替える必要がある。
ローマ字入力で仮名の入力速度が2倍になっても、仮名漢字変換をすれば入力速度は半分ほどに落ちる。仮名漢字変換を少なくする漢字直接入力を使用すれば、入力速度はほとんど落ちず、結果として約2倍になる。さらに仮名も漢字も無意識で打てるようになると脳は考えることに集中でき、タイピングとシンキングが分離するとのこと。
第二部 「翻訳ツールの功罪を考える -SimplyTermsを中心として-」(井口 耕二氏)
本セミナーの冒頭での問いかけにより、参加者には翻訳支援ツールのユーザーも、機械翻訳のユーザーも、MS Wordなどで利用するマクロなどのユーザーも含まれていることを把握した上で、翻訳メモリと連携する「翻訳支援ツール」をクライアントからの指定により使わざるを得ない翻訳者がいることにも井口氏は理解を示されていた。しかしながらツールを利用することによる効率の向上や、ミスの削減による品質の改善が期待できる一方で、翻訳者としての成長さえも阻害し得るマイナスの効果がもたらされる可能性についても指摘をされた。
そしてコンピュータを利用するべき処理と、人間がやらなければならない作業についても紹介があった。たとえば原文を読むという作業はツールに代行してもらえるものではなく、翻訳をするための精読ともなればスピードは落ちようとも翻訳者自身が遂行しなければならないとのこと。
また、訳語はなんでも統一すればいいというものではなく、あえて統一してはいけないこともあるので、判断は人間がしなければならない。翻訳メモリから100%マッチが提示されたとしても、コンテキストを考慮すると同じ訳文を使用できないこともある。とはいえ、訳例を提示されると頭から離れにくくなる。
さらに、翻訳メモリツール特有ともいえる対訳形式のテーブルでは、段落区切りが判別しにくく、翻訳者にとっては負担となるとのこと。つまり、コンピュータに出しゃばられると判断負荷が増加し、作業スピードが落ちるという結果につながる。さらには、全体的な見直しが必要であるという意識が発生し、工数が追加される。
とはいえ、コンピュータは翻訳作業を支援してくれることもある。たとえば井口氏は、タイプ数が少なくて済むという理由から「かな入力」を利用しているそうだ。さらに、「とま」とキーを押すと、「スティーブ・ジョブス」と入力されるようにIMEに登録しているとのこと(かなの[と]キーは英数の[S]キーにあたり、[ま]は[J]にあたる)。井口氏にとってツールを利用する目的は、スピードと効率を向上させることにあるという(詳細は自身のブログを参照して欲しいとのこと、参照:「ツール導入でどの程度スピードが上げられるか」)。
井口氏は、請け負う案件の基本的にすべてを「SimplyTerms」で翻訳しているそうだ。SimplyTermsは用語集による一括置換を中心とした翻訳支援ソフトであり、井口氏自身が翻訳作業中に要望した機能をマクロやDOSコマンドなど多様な方法で実現してきたツールの集大成である。
SimplyTermsを使う翻訳では、翻訳対象のMS Wordファイルから翻訳テキストを抽出し、独自タグの含まれるテキストファイルを生成する。その後、翻訳対象のMS Wordファイルから翻訳テキストを抽出し、独自のタグが混入されたテキストファイルが生成される。用語集を利用して一括置換を行い、テキストエディタで翻訳した後にはWordファイルへ訳済みテキストを反映させる。
井口氏はクライアントごとに用語集を構築しているとのことだが、地名などの用語集は別途に用意しており、マクロを活用することもあるそうだ。また、SimplyTermsにはテキスト整形の機能も装備されており、1桁の数字は全角に、2桁の数字は半角に置換するといった機能も備えられている。
長年のSimplyTerms愛用者からの質問に対して、「同梱マクロでは『用語統一』はぜひ使用して欲しい」との回答があった(参照:SimplyTermsに関するホームページ – 個別マクロの操作方法 – 翻訳作業用 – 用語統一)。
セミナー当日に資料の配付はなかったが、発言内容の要点やSimplyTermsの操作についての詳細は、井口氏のブログやSimplyTermsのホームページにて確認して欲しいと言い添えられた。