法務日英翻訳 プレイン・イングリッシュの薦め
2014年度第2回JTF関西セミナー報告
法務日英翻訳 プレイン・イングリッシュの薦め
リサ・ヒュー (Lisa Hew)
リーガル翻訳者、株式会社ベルトランスレーション 代表取締役
カナダ出身。トロント大学で東アジア研究を専攻。日本在住は18年。日米会話学院で日本語を学び、上智大学に留学。 仙台市にてJETプログラム国際交流員として勤務後、企画販売を担う総合衣料メーカーである株式会社ワールド、TMI総合法律事務所勤務を経て2011年1月に翻訳者として独立。本年4月14日、株式会社ベルトランスレーション代表取締役に就任。法務、マーケティング分野を中心に翻訳業を展開している。
2014年度第2回JTF関西セミナー
日時●2014年9月9日(火) 14:00 ~ 17:00
開催場所●大阪大学中之島センター
テーマ●法務日英翻訳 プレイン・イングリッシュの薦め
“Sesquipedalianism”と“Legalese”を排除し、簡潔に英訳する
講師●リサ・ヒュー(Lisa Hew)氏 (リーガル翻訳者、株式会社ベルトランスレーション 代表取締役)
報告者●寺沢 芳子(株式会社 翻訳センター)
法務文書といえば独特の用語や難解な文体を思い浮かべる人も多いだろう。今回のセミナーは、法務文の英訳にありがちな長々しい単語(sesquipedalianism)を排除し、難解な言い回し(legalese)を使わずに、読者が理解しやすい翻訳文にすることに焦点を絞りPlain Englishに向けて改善すべき点をあげ、レクチャーとワークショップを交互に展開しながら進められた。
まずPlain English writing ---
・ is clear and simple.
・ is appropriate to your audience.
・ draws on common, everyday language.
・ is accessible to a wide audience.
・ relies heavily on simple sentence structures.
・ generally avoids passive voice.
・ is respectful of the reader.
ということである。
最も重要なことは一度読むだけで理解ができる、読者が正確に意味をつかめること=Readabilityを念頭において訳文を作成することである。
そのために改善すべきポイントとして5点(Wordiness、Legalese、Nominalisation、Redundancy、Translationisms)があげられた。
以下各ポイントについての説明を追ってゆく。
1 Wordiness くどい言い回し
- 例えば according to より per、for a period of より for を使う。同じことを表現するのに単語数が多くないか?冗長表現は使わないこと。
- ofの多用を避ける。
- 他の前置詞やフレーズの妥当性、アポストロフィsの代用などでofを減らせないか考える。
- AA to BB以外は削除すべき、となる。を”during the period from AA to BB”とした場合の、例えば、「AAからBBの期間」に対する訳追加すべき意味を持たない言葉のゴミ(clutter)を捨てる。
- 能動態にできないかを考えてみる。
Wordinessからの脱却には上記項目に注意して余計なものを排除し、簡潔な文章を心がけること。
2 Legalese 法律用語
Hereinafter、thereof、herewithなどは契約書ではお馴染みの用語であるが果たしてこれらは本当に必要なものなのか?なければ文意が変わるのか?講師曰く「それらが意味を追加するものでないなら要らない」(!!!)ので削除する。意味があるものだけで文を構成すること!また助動詞では当たり前のようにshallが使われているが、誤用や乱用が大多数を占めているようで、これも「義務がある(has a duty to)」の意味の時にはmustを使い、意味のないshallは使わない。
3 Nominalisation 動詞の名詞化
例えばmake a decision とdecide、give a proposal とpropose ―これらは前者と後者で意味が違うのか? 違わなければ簡潔に動詞の方を使うようにする。
4 Redundancy 重量的表現
これも契約書などで頻出する「同じことを二重、三重に表現する文言。」これらは法務文書が何語で書かれるかの変遷(ラテン語→仏語→英語)を経た際に筆記者がすべての意味を落とさないようにすべくこのような形で残るようになったものだが、結果として冗長になってしまった。現在米国やオーストラリアの政府機関等では使わなくてよいガイドラインになっているという。例としてはany and all、sole and exclusive、terms and conditions など。これらもいずれかひとつでよい。
5 Translationisms 直訳調の表現
原文に沿おうとするあまり直訳になり、その結果、不自然な表現になってしまうことがある。日英翻訳で、原文と同じ意味をもたせつつ、より自然な表現の訳文にするために注意すべきこととは?
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関係要素は近くに配置する
(特にonlyは位置により係りが変わるので注意) -
シリアルコンマを使う
(コンマありなしで係り関係が変わる) -
there isやit isはできるだけ使わない
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big wordsや日常会話で使わない言葉・表現等は使わず簡単な言葉を使う。
例えば、aggregate なら total、commence なら beginや startを使う。 -
その他、単複の妥当性、定冠詞(the Buyer, the Productsなど)を使う場合の一貫性、長文は2文に分けられないか(15~20単語で1文にする)
などにも注意して翻訳する。
冗長性の排除を視野に入れつつ翻訳文の最終チェックとして以下を確認する。
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短く簡単にできないか
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文章の構造を変えて、不必要な“to be ”動詞を削除できないか
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of の削除・置き換えは可能か
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主体が明確なものは能動態になっているか
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法律用語は適切か?
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thereやit はより直截的な表現に書き換えられないか
時間を空けて何度か読み直し、簡潔にできるところはないか、不要な単語等がないかをチェックする。
忘れてはいけないのは読者の側に立って、読みやすく、理解しやすい訳文にすること。
セミナー中、何度となく繰り返された”Readability”の重要性が誰を尊重した翻訳文であるべきかを示している。当たり前といえば当たり前だが法務文書といえども読んで分からなければ意味がないのだ。翻訳会社のチェッカーとして、契約書の英訳では法律用語や重量的表現など当たり前、2回読んでやっと原文との整合性を確認できるような長文にも遭遇する。講師にも経験があるように「法務文書らしい要素」、今回のセミナーでいうところの排除すべきものが訳文に一切なければクライアントから「この訳文は大丈夫なのか?」との確認が入るであろうことは想像に難くない。本来の意義からすれば分かりやすく書かれるべきであろう法務文書が現在はまだ厚い壁の向こう側にあるようだ。このセミナーで明らかにされたことが広く世間の常識となれば、法務文書は翻訳者、チェッカー、また最も重視されるべき読者にとっても非常に理解し易いものになるだろう。