日本翻訳連盟(JTF)

CTD臨床パートのライティングと英訳 ~第2部 2.5と2.7の書き分け、訳し分け~

2014年度第1回JTF関西セミナー報告
CTD臨床パートのライティングと英訳 ~第2部 2.5と2.7の書き分け、訳し分け~

 

津村 建一郎氏
 
外資系製薬メーカー、CRO等にて30年以上にわたって医薬品等の臨床開発業務に携わっており様々なプロジェクトを成功させてきた。現在はT Questを設立し、代表をつとめる。メディカルライティングのみならず、翻訳、翻訳学校での講義、医薬品等の開発コンサルティングなど多方面で活躍中である。

 



2014年度第1回JTF関西セミナー
日時●2014年5月29日(木)14:00~17:00
開催場所●大阪大学中之島センター
テーマ●「CTD臨床パートのライティングと英訳 ~第2部 2.5と2.7の書き分け、訳し分け~」
講師●津村 建一郎(T Quest 代表、株式会社 アスカコーポレーション 顧問)
報告者●小泉 志保(株式会社 アスカコーポレーション)



本セミナーの講師はT Questの代表である津村建一郎氏。氏は長年医薬品の開発業務に携わっておりメディカルライティングやメディカル翻訳等との関わりが深い。今回は承認申請資料であるCTD内での臨床パートのライティングと英訳、その中でも重要であるが難しい第2部2.5と2.7の書き分け、訳し分けに焦点を絞りご講授いただいた。

CTDとは

CTDとは、「Common Technical Document(コモン・テクニカル・ドキュメント)」の略であり、医薬品等の製造販売承認取得のために規制当局に提出する承認申請資料である。これまで申請資料などは日本国内ですべて作成されていたが、CTDになってからは国際試験が増えているため、日米欧で同時開発・申請することが多くなっている。英語で書かれた主要な海外試験の治験総括報告書(CSR)と日本のCSRを統合して日本国内申請用CTDを作成することが今の主流である。そこで、海外のCSRやCTDを日本のCTDに再ライティングまたは翻訳する際の注意点をここで述べたい。

CTDはあくまで「様式」

CTDの章立ては日米欧で合意に達しているが、CTDの各章中に何を書くか、どこまで書くかは各地域・国でそれぞれ異なる。そのため、米国FDAで承認が取れたCTDをそのまま翻訳して日本のCTDとしてPMDAに申請しても受け付けてもらえない。米国・欧州で承認されたCTDがあったとしても、日本用に再ライティングと翻訳作業が必要になる。日本のCTDで当局が特に重視しているのは「モジュール2」である。モジュール2は他のモジュールと異なり図表以外の文言を必ず日本語で作成しなければならず、さらに、米国・欧州とは記載する内容や程度が異なるため、欧米の「モジュール2」の記載だけでは足りない。

モジュール2の重要性

CTDはモジュール2~5で構成されており、CTDの臨床パートはモジュール2.5および2.7である。モジュール1は各地域・国で必要な情報を記載する場所なので、ICHガイドラインからは除外されている。日本の申請ではモジュール2が命であり、モジュール2がどれだけ良くできているかによって承認の合否が決まるといっても過言ではない。欧米で使用されたCTDを和訳するだけなく、新たに日本用のモジュール2を作成しなければならない。翻訳だけではなくライティング作業がここで必要となる。

CTD作成時のキーポイント

申請者が提出したCTDはPMDAを通じて最終的には厚労省の薬事・食品衛生審議会に届く。ところが、この薬事・食品衛生審議会がおもに審査する資料は申請者が提出したCTDではなく、PMDAが作成した「審査報告書」である。CTDは薬事・食品衛生審議会ではほとんど評価されない。一方で、「審査報告書」はPMDAの審査官がおもにCTDを基に作成するので、審査報告書にどのような内容が書かれるかはCTDの出来次第である。審査官が審査報告書を作成する際に重視しているポイントまたは重要な情報源をCTDで十分に明記して審査官が審査報告書を作成しやすいようにCTDを作ることが速やかに承認を得る鍵となる。

モジュール2.5と2.7の違い

CTDモジュール2.5「臨床に関する概括評価」とモジュール2.7「臨床概要」は似ているようで全く違う目的の項目である。2.5の「臨床に関する概括評価」では新薬などを申請するに至った臨床的考察や解釈などの申請者の思い(申請者の主観)を述べる箇所であり、2.7の「臨床概要」では試験成績の事実(客観的データ)を簡潔に述べる箇所である。特に、CTDの中で申請者の思いを述べることができるのはこの2.5のみであり、他の項目で主観を述べることは避けるべきである。臨床的考察と解釈(申請者の思い)の例としては、「…本剤の臨床上の存在意義は大きい。」、「…These results support the choice of 50 mg as effective dose…」等の推察に基づいた主観的な文言などに代表される。

モジュール2.5作成上の留意点

モジュール2.5では申請医薬品の開発計画および試験結果の優れた点と限界(strength and limitations)を示し、目的とする疾患におけるベネフィットとリスクを分析し、試験結果が添付文書中の重要な部分をどのように裏付けているか申請者の考えるところを記述する。当局が申請理由を知るための箇所である。

リスクとベネフィットとは

リスクとベネフィットとは医薬品等に期待されているベネフィットが懸念されるリスクを上回っていることを示すことである。ベネフィットがリスクを上回っていることの評価は概ね主観的であるため、申請者は客観的に示す方法を考えなければならない。真に科学的な基準に基づいた判断かどうかは常に留意しておく必要がある。良いことと悪いことのバランスを取って書くことが重要。リスクとベネフィットを絶対値として示すことは難しいため、相対的評価を行うことになる(例:既存医薬品との比較)。つまり、改良したベネフィット/リスクが平均的対象患者に対してどのように作用しているのか臨床データから具体的に述べ、その改良したベネフィット/リスクが現在の医療に対してどのようなインパクトをもたらすのかを記述する。

添付文書中の重要な部分とは

厚労省は申請された薬物(製品)に対して承認を与えるが、具体的には添付文書に記載されるすべての文言を承認するということである。従って、添付文書の文言は承認事項であり、勝手に変更することができない公文書である。つまり、モジュール1.8「添付文書案」に対して最終的に承認を出すことになる。1.8にはおもに「効能・効果」および「効能・効果の設定根拠」ならびに「用法・用量」および「用法・用量の設定根拠」が書かれている。これらはすべてモジュール2.5および2.7の項目から参照されており、最終的には2.7.6「個々の試験のまとめ」につながる。そのため、2.7.6~1.8のすべての項目に論理の一貫性が求められる。さらに、この2.7.6は翻訳が最も多く発生するパートであるため、翻訳する際に最終的に承認時に重要な箇所となる認識をもつことが重要である。

モジュール2.5作成のポイント

申請する薬剤の臨床上の優位点、結果の解釈の限界(限界の例:適切な実薬対照比較試験がない、エンドポイントや併用療法に関する情報が少ない、無効非劣性の可能性など)、日本の臨床の場での申請する当該薬剤の位置づけについて述べる。主眼は、CSRなどの申請資料から導かれる結論と臨床上の意義を述べること(申請者の主観的な思い)。モジュール2.7「臨床結果」(試験結果)の単なる繰り返しにならないように注意する。

モジュール2.7作成上の留意点

モジュール2.7は、CTDの中で最もボリュームが大きく翻訳依頼も多いパート。モジュール2.7.4「臨床的安全性の概要」では治療変更(投与中止、用量変更、治療の追加)をもたらした有害事象について記述する。モジュール2.7.6「個々の試験のまとめ」では中止脱落例およびプロトコール逸脱例に言及し、それぞれの理由・解釈を一覧にすることにより適切なクライテリアに基づいて試験が行われおり、試験内および試験間にバイアスがないことを当局に示す。

まとめ

・事実と推察(思い)を明確に分ける。事実(臨床試験結果)に基づく議論・考察(おもにモジュール2.7)と推察に基づく議論・考察(おもにモジュール2.5)を混在させないこと。
・悪い情報を隠さない。プラスがあればマイナスもあることを審査官は心得ているので自らの主張に都合の良い情報・文献のみで議論を進めないこと。不利な情報も平等に開示し、その反論が来ることを踏まえた論理構成を目指すこと。
 

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