日本翻訳連盟(JTF)

日本の翻訳産業の実態~第4回翻訳業界調査結果報告~

2014年度JTF定時社員総会基調講演
日本の翻訳産業の実態~第4回翻訳業界調査結果報告~

JTF翻訳業界調査委員会
廣瀬紀彦(JTF理事)

(株)インターナショナル・インターフェイス 代表取締役社長、
JTF理事・翻訳業界調査委員
1990年NTT入社。1992年ドコモ設立とともに転籍。システム開発、事業計画、新規事業企画、マーケティング、国際投資、M&A、投資先管理と幅広い分野を経験。当初メンバーとしてiモードの仕様書を作成。1999年より米国シリコンバレーにてベンチャー投資提携責任者。2003年6月ドコモを退職し、技術投資提携コンサルタントとして、数多くの日米企業間の戦略投資提携、技術調査、マーケティング、ビジネス・コミュニケーションに携わってきた。スタンフォード大学、UCバークレーをはじめ招待講演多数。上智大学大学院修了。カーネギーメロン大学経営大学院にてMBA取得。

JTF翻訳業界調査委員会
井口耕二(JTF常務理事)

技術・実務翻訳者、
JTF常務理事・翻訳業界調査委員
東京大学工学部卒、米オハイオ州立大学大学院修士課程修了。子どもの誕生をきっかけに大手石油会社を退職し、技術・実務翻訳者として独立。最近はノンフィクション書籍の翻訳者としても知られる(『スティーブ・ジョブズ I・II』(講談社)、『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』(日経BP)、『リーダーを目指す人の心得』(飛鳥新社)など)。高品質な翻訳をめざして日々、精進するかたわら、翻訳作業を支援するツールを自作・公開するなど、人とPCの最適な協力関係を模索している。翻訳者が幸せになれる業界の構築が必要だとして、日本翻訳連盟理事、翻訳フォーラム共同主宰など、業界全体を視野にいれた活動も継続している。
 



2014年度JTF定時社員総会基調講演
2014年6月10日(火)16:35~17:45
開催場所●アルカディア市ヶ谷(私学会館)
テーマ●「日本の翻訳産業の実態~第4回翻訳業界調査結果報告~」
講師●JTF翻訳業界調査委員会 廣瀬紀彦(JTF理事)、井口耕二(JTF常務理事)
報告者●目次 由美子(株式会社 シュタール ジャパン)



この度の基調講演の参加者には『2013年度翻訳白書-第4回翻訳業界調査結果報告書-』が配布された。翻訳産業の実態を解明し、翻訳業界の存在意義を内外に示し、翻訳業界の地位向上を図ることを目的として実施された日本翻訳連盟(JTF)による翻訳業界の実態調査の結果がまとめられた冊子である。基調講演は第一部が廣瀬氏による「翻訳会社の部」、第二部が井口氏による「個人翻訳者の部」から成る二部構成にて、対象ごとの調査結果が報告された。両講師による報告は白書に掲載されている調査結果が淡々と紹介されるのではなく、ときに白書には掲載されていない色鮮やかなグラフがスクリーンに映し出され、より深い詳細が解説されることもあった。調査結果の読み解き方を指南する様相も伺え、翻訳業界が目指すべき未来が示唆されるような場面もあり、定時社員総会の基調講演として実にふさわしい内容になっていた。
 

第1部:翻訳会社の部、講師:廣瀬紀彦氏

全国の翻訳関連企業771社を対象とした当該調査では192社から有効回答を得た。20年度の回収率12%に比較すると、約2倍の有効回答率25%を取得したことになる。JTFのホームページのみならず、メールや郵便で対象企業に調査協力の依頼をしてウェブ調査を実施し、回答はFAXでも受け付けた。

翻訳売上の動向

17年度、20年度、25年度と比較すると売上が「3000万円未満」~「1億円未満」の会社の割合が増えているとの指摘があった。全体の比率として売上の小さい企業が増えてきたこと、増え方は緩やかになってきているものの翻訳売上高が増えたという企業が多いこと、そして1年後も受注増が見込まれていることなどが紹介された。「翻訳事業の売上高比率」を見ると「80%以上が翻訳事業」という企業が全体の約3分の1を占めている。「翻訳業以外の事業」については「通訳」が42.2%と群を抜いており、「人材派遣」の26.0%、「印刷」の18.2%が続いているとのことであった。

単価の動向

請求基準について、日英・英日ともに20年度の調査では「原文基準」と「訳文基準」の比率がほぼ半々であったが、25年度では3分の2近くが原文基準となっていること、英日では20年度に比較すると原文基準の単価は下がっているのに訳文基準は下がっていないように見受けられることが指摘された。「英日翻訳料金の原文基準の価格帯」は「11円未満」~「35円以上」までの幅があり、20年度に52.7%であった「23円未満」は25年度に80%に増加している。「日英翻訳料金の原文基準の価格帯」は「9円未満」~「23円以上」までの幅があり、20年度に65.5%であった「19円未満」は25年度に79.1%に増加している。25年度も含み、これまでの調査においては翻訳分野が一括されているため、今後の調査においては分野ごとの細かい調査が望まれるとの発言もあった。

組織構成

翻訳企業の組織構成は企業規模にかかわらず翻訳事業専従者の約7割が「翻訳者・チェッカー」と「コーディネーター/PM」に占められているとのこと。翻訳事業専従者が50人以上の大規模企業においてはチェッカーよりもPMが多い傾向が示されていると指摘された。
また、翻訳事業専従者数50人以上の大規模企業では登録翻訳者数は平均して約1600人以上を抱えていることも指し示された。
しかしながら、登録翻訳者数の10~15%にしか翻訳案件を依頼できていない様子も伺えるとの発言もあった。また「求める翻訳者像」には、「語学力と表現力」、「正確さ」、「専門知識」の順に並んでいることも紹介された。

取扱分野

「取扱分野」については「特許」と「コンピュータ」における減少、「医薬」や「科学・工業」の微増に触れるのみではなく、数値は少ないながらも「出版」が著しく大きな伸び率を示していることが強調された。取扱言語についても「ドイツ語」、「フランス語」、「イタリア語」などの減少を示しながらも、顕著に増加している「外国語から外国語」への翻訳には欧州言語が含まれている可能性について言及された。25年度調査からの新しい項目としてベトナム語を含む「他アジア言語」が加えられたことも紹介があった。

その他

「翻訳支援ツール」については、導入状況ばかりでなく満足度の調査結果も示された。圧倒的に多く使用されているツールはSDL社の「SDL Trados」であることが紹介された。
そして「スタイルガイド」についても、「発注元から支給されたスタイルガイド」および「自社作成のスタイルガイド」の使用率が高く見られたことが指摘された。

第2部:個人翻訳者の部、講師:井口耕二氏

今回の翻訳業界実態調査アンケートではJTFとして初めて個人翻訳者も対象としたことが紹介された。JTFおよび日本翻訳者協会(JAT)の会員に対して調査アンケートの案内がメールで通知され、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアでも任意の呼びかけが実施されたことから、ウェブ調査での有効回収数は429人、JTF個人会員の回収率は33%という調査結果の信頼性に足る数字を得られたとの説明があった。
調査に協力した翻訳者の多くは3年以上の経験があり、40代が中心であると示されていた。「取扱分野」が分散していることから、万遍なく多様な分野の翻訳者から回答を得られているとの解説もあった。登録翻訳会社数は「5社くらいまで」が5割以上を占めていながらも、コンスタントに受注している翻訳会社は「1、2社から」との回答が多かった。

単価の現況

「翻訳会社向け原文基準での英日翻訳単価」については回答の選択肢に「3円未満」~「35円以上」までが設けられていた。スタートレートには8円が設定される傾向があるとの前置きと共に、回答には「3円未満」も「35円以上」も見受けられるとの紹介があった。また、ソースクライアントとの直接取引においても、翻訳会社向けと同じ価格帯が示されていると指摘されていた。
受注方法については「翻訳会社から」が86.7%であるのに対し、「ソースクライアントから直接」が38.2%と示されている(複数回答可で重複あり)。ソースクライアントとの直接取引のきっかけについては、「知人の紹介」が48%、「以前からの知り合い」が43%と圧倒的な数値を示している。「営業」が12.7%を示していることについては、翻訳会社の営業力の強みが感じられるとの指摘があった。「翻訳マッチングサイト」と「SNS経由」がそれぞれ8.6%を示していることについては、インターネット普及の効果が見られるとしながらも、意外に低い数値であるという印象をもったとの発言があった。

翻訳作業の状況

「翻訳以外の作業に対する報酬」に関してはPowerPointのテキストボックス調整や、PDF原稿に対するWordでのタイプおよびレイアウト調整作業について66%の「報酬を受け取っていない」という回答に対して、請求しない翻訳者の責であるのかと翻訳業界のあり方を問う場面もあった。
また、調査結果は「翻訳外注」の比率が低いことも明確に示していた。しかしながら2割は翻訳を外注していることを示しており、6.8%は「50%以上」を外注しているとの結果について、個人翻訳者へのアンケートであって翻訳会社の回答ではないはずだがという講師の困惑が伺えた。
平均しての翻訳者の1時間あたりの作業スピード(200~300ワード)、1ヶ月の労働日数(22、23日)、1日あたりの翻訳作業時間(5~9時間)を紹介する際には、一般的な給与所得者は平均して月に145.5時間勤務し、18.9日出勤しているという比較材料も提示された。1ヶ月の労働日数に「26日以上」が21.4%を占めていることから、死亡した際には過労死認定を受けるくらい長時間労働を実施している翻訳者が多くいること、「15日以下」が21.4%いるなど、理由は明らかではないものの仕事量を自ら制限しているように思われる翻訳者がいることが浮き彫りとなった。

収入のレベルと内訳

25年度の総収入については「100万円未満」~「2000万円以上」までの幅があり、総収入に占める翻訳収入の比率は「80%以上」が68.6%であると指し示すも、回答者によっては「通訳」や「翻訳講師」を「翻訳」ととらえられている場合があるとの指摘と共に、実態調査の難しさも紹介された。
 
さらに、「翻訳による実収入(推測値)の分布図」をスクリーンに映し出し、外注分などを省いた翻訳のみの収入が図示された。平均値(平均して得られる数値):380万円、中央値(全体の中央にくる値):340万円、最頻値(最も多く現れる値):300~400万円を示すのみならず、突出したデータが見当たらないことから信憑性のあるデータと考えられることを解説。
そして「収入分析」の解説においては、翻訳単価が5円未満または、1時間あたりの翻訳語数が200ワードでありながらも、年収600万円以上の翻訳者がいる旨も言及。収入を増やすためには作業スピードの高速化により分量をこなすべきか、品質向上により単価を上げるべきかという翻訳者の究極の質問を紹介。翻訳会社向けの英日単価および速度と収入を比較し、近似値や相関係数を示すグラフをもって、翻訳分量の多さよりも高単価が年収増加へつながる可能性が高い旨が解説された。
 
最後に、登録翻訳者に支払う翻訳代金の消費税を支払っていない企業があるとの指摘もあった。割合としては減少しているが、実数は減少してはいないことを強調されていた。

 


今回の講演内容は、2014年3月に発行した『2013年度翻訳白書 -第4回翻訳業界調査報告書-』の一部です。印刷した『2013年度翻訳白書』は、JTF会員には無料配布され、非会員の希望者の方には有料(2,100円+送料160円)でご提供いたします。ご希望の方はお早目に事務局までお問い合わせください。

 
 

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