ネイティブにわかりやすい経済金融時事翻訳とは
第4回JTF翻訳セミナー報告
ネイティブにわかりやすい経済金融時事翻訳とは
2012年度第4回JTF翻訳セミナー報告
2012年10月11日(木)14:00~16:40
開催場所●剛堂会館
テーマ●「ネイティブにわかりやすい経済金融時事翻訳とは」
講師●竹内 猛 経済・金融翻訳者
報告者●津田 美貴 個人翻訳者
講師の竹内氏は、30年以上国内・海外新聞の記者として経済関連の記事を執筆されていた。今回のセミナーでは新聞記者時代の経験から、英文記事を書くときに注意すべきポイントと翻訳するときのコツを語った。
ネイティブに優しい翻訳とは
母国語の新聞記事スタイルになれている読者にとって読みやすい翻訳をすることが、ネイティブにやさしい翻訳である。ネイティブが読みやすい翻訳をするには、記事スタイルの違いの他にも、文章を書くときのコツや、日々の準備作業として日本語・英語の新聞を毎日読み続けることが必要だ。
時事経済・金融英語を翻訳する上での必須準備作業
毎日読んで欲しい新聞記事は、「日本経済新聞の一面・総合面・経済面」と、「日本の一般紙の経済面」、そして「米、英の一般紙の経済面」をとにかくかかさず読むこと。4
一面は各新聞社が気になったニュースが書かれているので、経済の記事が載ることもあるし、経済に関連する内容が書かれていることが多い。総合面は、経済、政治、科学(化学)の総合知識として読んでおく必要がある。なぜ一般紙も読む必要があるかと言うと、日本経済新聞は専門的な書き方をされているので少々難しいが、一般紙だと同じ内容の記事でもやさしい内容で書かれていることが多いので、理解を深めたり記事の書き方の参考にしたりするためだ。
英字新聞は経済面だけでかまわない。英語の経済紙は高いので一般紙だけでもよい。Web上で読めるものもあるので、そういうものを上手に活用しよう。外国の新聞を読むことで、外国から日本はどのように見られているかを知ることができるし、ロイターやブルームバーグなどは日英翻訳の参考になる。
英文記事、日本語記事の違い
読者に読みやすい翻訳をするために、日本語と英語の新聞記事スタイルの違いを知って訳す必要がある。英文記事と日本語記事の大きな違いは以下の3点だ。
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記事の書き出しスタイルの違い
日本:見出しや最初の段落に具体的事例と細かい数字が入る
英語:リード部分でニュースの核となる事実や意味を要約。具体的な数字はあまり入れず、入れてもせいぜい2つ程度。 -
ナットグラフ
米国メディアの記事では、第3、4段落付近に「ナットグラフ (nut graph)」とよばれる、ニュースの解説が入る。「なぜこの事実は「ニュース」となるのか(読者に伝える必要があるのか)」を解説している。ナットグラフの後に始めて細かい数字がでてくる。
日本の記事は事実そのものを優先させるため、解説的要素は記事の最後か別建ての記事(解説など)にすることが多い。 -
日付と主語を訳すかの問題
英語の記事は日付が多用され、また主語が絶対に必要。そのため英日翻訳ですべて訳出すると読みにくい日本文になってしまう。「同日」、「同氏」、「同社」など、削れるところは削ろう。
こうしたスタイルの違いを念頭に置いて訳さないと、ネイティブの読者に非常に読みづらくなる。ただ、翻訳の際に気をつけなければいけないことは、発注者の意向を最大限尊重しないといけない。翻訳調がいいのか、ネイティブのスタイルにあわせたほうがいいのかなど、発注者の好みによって異なるので事前にきちんと確認しよう。
基本は文法力】
記事のスタイルの違いを知ることはもちろん大切だが、よい記事の翻訳をするためには、元の記事の内容をきちんと理解していなければならない。文法は記事の内容を正しく理解するのにとても役に立つ。
まず必要なのは、英語の文法力。たとえば「Must と have to の違い」「”I leave tonight”、“I'm leaving tonight”、” I will leave tonight”の違い」「 a と the の違い」をきちんと訳し分け、使い分けがきちんとできているだろうか?
同様に日本語の文法も大切だ。例えば、「主語と動詞が離れすぎて理解しにくい文章になっていないか」「適切な助詞を使えているか」「単語の並び(コロケーション)がおかしくないか」に注意したい。
わかりやすく、ネイティブに自然に響く英語の文章
日本語の文章と同じく、英文を書くときにもちょっとしたコツがある。たとえば、以下の3点に注意してみよう。
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動詞が名詞化(nominalization)された主語を避ける
名詞化された動詞の主語が不明になるので、主体が分かりにくい英文になってしまう。 -
強調したいことはなるべく文章の最後に持ってくる
副詞句を文末ではなく、文頭にもってくる。日本語でも同じ傾向があるが、強調したいことを文章の最後に持ってきたほうが読者の印象に残りやすい。 -
長文の中に埋まった最も重要な要素は、文をいくつかに分けてやはり重要要素を最後に持っていく。
重要な内容が長文の中ほどにあると、重要な内容だとは思われずに読者の印象に残りにくい。2文にわけて、重要な内容を文章の最後にくるようにすれば、2) のテクニックとなる。
音読と暗記が文章に自然なリズムを生む
私も初めから上手に記事を書けたわけではない。新人の頃に先輩にすすめられたトレーニング方法は、「とにかく日本語記事も英語記事も記事の丸写しし、記事を音読し、そして記事の要約」を行うことだった。最低3年も続けると自分でも力がついたことがわかり、自然といい記事が書けるようになった。音読と暗記で記事の型を身につけることができたからだと思われる。
その他にも、英語の記事の場合「引用句」の中の話し言葉を気の利いたものにすることが必要なので、機知にとんだ会話の多い物語などを読むようにしていた。
経済・金融の知識はどの程度必要か?
英語力のほかにも、最低限の知識として以下の3つの経済・金融に関する知識が必要だ。
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マクロ・ミクロ経済学の入門レベル知識
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主要金融市場(外国為替、株式、債権、短期金融市場)の基礎知識
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企業決算・会計の基礎知識
たとえば、bill と bond の違いがわかるだろうか?違いがわかっていないと、誤訳につながってしまう。
翻訳予定稿の準備
特に日英翻訳の場合、時差の関係で朝夕ニュースの締め切り時間ぎりぎりに大きなニュースが入ってくることが多い。メディア各社が翻訳者に要求する翻訳スピードは1時間250語程度だが、速報時には1時間400語程度のスピードが要求されるが、いきなり倍のスピードで書けるわけがない。そこで、あらかじめ大きなニュースになりそうなものをいろいろなパターンの予備原稿を用意しておこう。そうすれば、1時間250語訳す能力のある人はすぐ400語程度の訳はできるはずだ。
予備稿をつくるために、普段から以下の3点を意識しておこう。
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今後1週間分程度の経済ニュースの予定を定期的にチェックし、自分に依頼がきそうな分野で何が起こりそうか予測する。
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予測に併せて、幾通りかの展開を予想し、その英文記事を予想して、それにあわせた翻訳文(予備稿)を用意する。
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これまでの関連記事のエッセンス部分の英語とその翻訳をデータベース化しておく。
感想
今回のセミナーは私の翻訳分野とは異なるが、音読や記事の丸写し、予備稿の用意など、私の専門分野でもすぐ使えるテクニックだなと思った。今度IT関連のプレス記事の翻訳にも挑戦してみようかと思った。