長尾眞先生のご逝去を悼んで
京都大学名誉教授の長尾真先生が、2021年5月23日にご逝去されました(享年84歳)。長尾先生は画像処理、機械翻訳、電子図書館等で大きな業績を挙げられ、2018年には文化勲章を受章されました。
特に、1982年から4年間の国家プロジェクトとして「論文抄録の日英機械翻訳システム」の実用化研究を統括・指揮されました(科学技術庁Muプロジェクト)。このプロジェクトには東芝、富士通、NEC、シャープ、沖電気、日本アイ・ビー・エムなど国内の大手電機メーカーから次代を担う若き研究員が派遣されると同時に、大規模な対訳辞書を作成するために複数の翻訳会社からも人員が派遣されました。プロジェクトは成功し、その後、このとき派遣された研究員を中心として各社で機械翻訳の研究が進み、実用機械翻訳システムが一斉に発表されることになります。
その当時のことは、長尾先生と、日本翻訳連盟(JTF)の創立に尽力された勝田美保子元会長との対談でも語られています(日本翻訳連盟の機関紙JTFジャーナル262号に収録)。また、2018年に京大・芝蘭会館で開催された第28回JTF翻訳祭2018の交流会では、乾杯のご発声を賜りました。勝田元会長と壇上で握手を交わされたのが印象に残ります。そして、その翌日には長尾先生の文化勲章受章が決定したとのニュースが流れ、会場は興奮に包まれました。不思議なご縁、巡り合わせを感じました。また、翌2019年には、パシフィコ横浜で開催された第29回JTF翻訳祭2019の交流会でも乾杯のご発声を賜りました。悲しいことに、これが長尾先生とお会いする最後の機会となってしまいました。
個人的にも40年近くご指導頂きました。長尾先生は当初から、機械翻訳は決して人間の翻訳と対立するものではなく、双方がうまく協調、協同してより良い翻訳を世の中に提供し、世界平和に貢献していくべきものとおっしゃっていました。今年、創立40周年という大きな節目の年に翻訳・通訳業界への提言などを頂戴できないことをとても悲しく思います。長尾先生は、お会いするといつもにこやかに「どうですか」とお声をかけてくださいます。何かお願いするといつも黒い手帳を取りだし、何か予定があったのか横線を引き「だいじょうぶ」とおっしゃってくださいました。長い間大変お世話になりました。ありがとうございました。
謹んで長尾真先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。
一般社団法人日本翻訳連盟(JTF)
代表理事・会長 安達久博