日本翻訳連盟(JTF)

日本伝統文化を英語で表現するなら

講演者:翻訳者、Catlingual 代表 中道キャサリンさん

本特集では、日本翻訳連盟主催の翻訳祭やセミナーから選りすぐった講演の抄録をお届けします。今回は、25 年以上にわたって日本で暮らし、日本文化への造詣が深い翻訳者の中道キャサリンさんに、日本の伝統文化やしきたりについての著書執筆を通して直面した、翻訳のチャレンジについてお話しいただきます。

日本語と日本文化への関わり

私は、オーストラリアのモナッシュ大学を卒業した時にはまったく日本語に触れていなかったのですが、1996 年に日本に来てから日本語を勉強し、2003 年には英国シェフィールド大学の日本語学修士号を取得しました。それから5年ほど翻訳の仕事に携わり、2006 年に個人事業の翻訳会社を設立しました。その後、JAT(日本翻訳者協会)理事を経て、現在はFEW 関西の理事を務めています。

翻訳を始めた時には技術翻訳が中心でした。やがて医療系の翻訳も手がけるようになり、この数年は日本文化に深入りさせていただいています。

日本文化の翻訳の仕事に関わるようになったのは、クライアントのご紹介で、丸善出版から『日本伝統文化の英語表現事典』(2018 年)の執筆者の一人として依頼がきたのが最初でした。この本はシリーズ化され、毎年のように依頼をいただくようになりました。現在も京都に関する本を手がけていて、2022 年 7 月に出版される予定です。

日本文化は非常に独特で、他の言葉で表現するのがたいへん悩ましいんですね。

そこで、本日は、『日本伝統文化の英語表現事典』シリーズの執筆で、悩みに悩んだ翻訳の課題についてお話したいと思います。

本の趣旨や読者ターゲットに沿った翻訳上の条件

この事典をつくるにあたって、出版社から以下のような要望がありました。

第一に、1 ページの 3 分の 1 を英語にすること。この本の基本的な構成は、1 ページごとに、まず日本語と英語の見出し語、その下に「つくり方と職人技」「日本文化との関わり」の日本語解説があり、私が担当する英語の解説が続きます。日本語解説の部分が各ページの約 3分の 2 を占めるため、英語の解説はそのままの翻訳というより、日本語解説を要約して英語にするという形の執筆作業でした。

第二に、中学校卒業レベルの英語で書いてほしいということで、だいたい英検 2 級、準 2 級レベルの語彙、やさしい表現の短い文章で書く必要がありました。

そして第三に、メインターゲットは日本人であること。日本人が、たとえ英語があまりできない日本人でも、日本のことを英語で伝えられるような内容にしてほしいという依頼でした。出版社としては、海外市場はあまり考えていなくて、出版後に、海外でかなり売れたことに編集長も驚いたらしいです。

外国人がイメージする「着物」「冠」とは

この条件の中で直面した翻訳のチャレンジがたくさんありました。まず、「有形文化」について、いくつか例をあげながらご紹介します。

一つは、英語で知られているけれども、考え方に問題がある言葉です。

たとえば「着物」。多くの外国人は、日本の着物の形や構造、どういう時に着るものかなどはよく知りません。多くの外国人はお風呂上がりのローブのようなものを「kimono」と呼んでいるんですね。「kimono」というと、実際の日本の着物とはずいぶんイメージが違うんです。

「帯」は、辞書によって「obi sash」とか「obi belt」。「帯締め」は「obi string」としている辞書もありますが、着物をよく着る私には、これがどうもしっくりこない。そこで、私はこんなふうに言葉を選びました。

「着物」はそのまま「kimono」。「帯」は「obi belt」。「帯揚げ」は「obi sash」。

帯は obi sash と訳されることが多いのですが、英語の sashというのは柔らかいものなんです。長いスカーフのような形で肩から下げて使うもので、形は帯揚げに似ていますが、使い方はちょっと違います。そこで、帯は締め付けるものなので obi belt、帯揚げは柔らかいものなので obi sashにしました。

また、「帯締め」は string ではなく「obi cord」としました。一般の辞書とは違うかもしれませんが、cord のほうが実際の帯締めのイメージが伝わりやすいかなと考え、他の共同執筆者と相談しながら決めていったものです。

それから「冠」も、イメージが異なるものの一つです。

日本の伝統的な「冠」は、よく「crown」と訳されます。それは間違いではないんです。身分の高い人が着ける豪華なかぶり物という意味で、使い方も一緒なのですが、英語圏の人や英語を勉強している人が考える crownは、たとえばエリザベス女王の戴冠式に使われた冠です。日本の伝統的な「冠」とはずいぶんイメージが違うので、英語ではその違いをきちんと説明する必要がありました。

このように日本語と英語で意味は同じでも、イメージの違いを共有する難しさを痛感することが多くありました。

「鋳金」「鍛金」「彫金」と「Metal working」

次に、一つの言葉でいろいろなものを表す日本語です。

たとえば伝統工芸の「鉢」を英語でどう表現するか。「鉢」という言葉をグーグル検索にかけると植木鉢ばかりが出てきて、伝統工芸の「鉢」の英訳には使えません。

Platter、Soup bowl、Serving bowl、Dog bowl…などいろいろ考え、共同執筆者と相談してもなかなか答えが出ずに悩んだ末、多くの用途を含むものと考えて「Deep bowls」にしました。

逆に、日本語では別々の言葉になるけれど、英語では一つの言葉で表すものもあります。

「鋳金(ちゅうきん)」「鍛金(たんきん)」「彫金(ちょうきん)」は辞書を引くと、すべて「Metal working」と出てくるのですが、『日本伝統文化の英語表現事典』では三つの別々の見出し語に分けなければなりませんでした。そこで YouTube の動画で技術内容を見たり、実際に金工をやっている人に相談したり、いろいろと調べて考えた結果、「鋳金」を「Metalcasting」、鍛金を「Metal working」、彫金を「Chokin metal engraving」としました。

特に鍛金は納得のいくわけではなかったけれど、ほかに言い表す言葉が出てこなかったのです。もっと難しいテクニカルタームもあるにはあるのですが、この本では中学生レベルの簡単な英語を使わなければならなかったので、engraving でもぎりぎりのところかなと考えて決定しました。

茶道具の「薄茶器」と「茶入(ちゃいれ)」も悩みました。

英語でお茶を保存するための入れ物は「Tea caddy」と言います。茶の湯の薄茶器は薄茶を保存しておく容器、茶入は濃茶(こいちゃ)の容器ですが、辞書で調べると、薄茶器も茶入も Tea caddy が出てきます。この二つを別の英語でどう表すか、一週間くらい考えまして、結局、薄茶器も茶入もローマ字表記にして、それぞれどんな形をしているのか、何からできているのか、どのようにして作られているのかということを説明し、薄茶と濃茶の解説もしました。

「神棚」と「仏壇」を訳し分ける

「神棚」と「仏壇」に相当する英語として「altar」という言葉があります。しかし altar だけでは、神道の神棚と仏教の仏壇の違いを説明できません。これを仏教や神道になじみのない外国人にもわかるようにどう表現したらよいか。またいろいろな人に相談したりして、「神棚」は「Home altar」、「仏壇」は「Household altar」にしました。神棚はだいたい家の高いところ、台所や台所の近くの部屋にあるという説明も加えました。仏壇は家族や祖先のために手を合わせて祈るためのものということで、仏教の考え方を合わせて説明しました。

この二つの言葉を収録した『日本伝統文化の英語表現辞典』を京都・上賀茂神社の禰宜さんに読んでいただいたところ、「神棚:Home altar」「仏壇:Household altar」と訳し分けたことをたいへん褒めてくださいました。「合っているんだ」という気持ちで嬉しかったのですが、こういう宗教的なものを簡単に説明するのはなかなかうまくいかないところがあります。

私は日本人の農家の長男と結婚していまして、神棚や仏壇、お墓の世話などをさせていただき、やり方は知っていましたが、なぜやっているのかということは、この本に関わるまではわからなかったのが正直なところです。

次は、英語ではまったく表現がないものです。

「三方(さんぼう)」は、日本では宗教的な用途や一般家庭の年中行事でも使われますが、海外ではまったく使いませんし、似たような形のものもなく、三方を見たことがない人に説明するのがすごく難しかったです。

まず、英語の見出し語をどうするか、非常に悩みました。グーグル検索で「sambo」を検索しても、すごく長くスクロールダウンしないと「三方」が出てこないんですね。結局、説明するしかないということで、「三方:Small Offering Stand」とし、その形や用途などを解説しました。

日本の時代名か西暦の年号か

次に、「無形文化」の翻訳にあたってのチャレンジを紹介します。これは有形文化よりさらに難しかったです。

まず、時代の名前の扱いに悩みました。

共同執筆者の日本人が書く日本語の解説には、室町時代、江戸時代、明治時代など和暦の時代名がよく出てきます。それは日本人にとってはわかりやすいかもしれませんが、外国人にはまったく伝わらないんですね。私もこの本に携わってわかってきましたが、それ以前は、室町時代は何年から何年であるとか、どれだけ前なのかということがまるで想像がつかない状態でした。

この本では、和暦の時代名を使うのか西暦の年号を使うのか、それとも両方を使うのか悩みましたが、紙面スペースが限られている中で、両方使うと他の内容を削除しなければならず、その分、情報量が減ってしまいます。それで、場合によっては両方を併記したり、西暦の年号だけを使ったりと書き分けることにしました。

日本の神社やお寺を訪ねていくと、案内板などの説明が和暦の年号だけで、西暦○○年と書かれていないところも多くあります。

また、江戸時代はかなり長い時代で、その何百年かの間のいつ頃なのか、なかなかイメージできません。そこで、このシリーズでは、もう少し外国人にもわかりやすいように、Early1800s とか Mid 17th century などの表現を使うようになりました。でもこういう表現は、逆に日本人にとっては和暦の時代名よりイメージしにくくなってくるかもしれません。

言葉の意味よりも重視したこと

出版社からは「簡単な英語で」という依頼でしたが、それがなかなかうまくいかないこともありました。

たとえば「彼岸」は、「Equinox」という言葉を使ったのですが、英語での普通の会話で「Today is the equinox」とは言わないんですね。「the shortest day, the longest day」という表現はありますが、equinox はわかりにくいのでは、と悩みました。でも結局、equinox を使うことにしました。なぜなら、調べられることだからです。本の中で説明する紙面のゆとりはないけれど、equinox という言葉を調べればすぐ、わりと簡単な言葉で説明が出てきます。

それよりも、日本人にとってお彼岸はどういう意味を持ち、どれだけ大事なものなのかということや、お彼岸に伴うしきたりや食べ物などの解説のほうが、equinox という言葉自体の説明より大事だと考えました。英語の equinox は一日だけを指す言葉ですが、日本のお彼岸は春と秋にそれぞれ一週間ありますね。そういう解説に、限られた紙面の多くを割きました。

次は、英語にはまったく概念がないものです。

『日本のしきたり英語表現事典』に収録した「初午」と、帯祝いの項に出てくる「戌の日」。これらをどう英語にするか悩みましたが、そのまま「First day of the horse」「Day of the dog」として、どんなしきたりがあり、何をするのかという説明に集中しました。

このように英語の概念のないものには、必要以上に時間を費やしました。『日本のしきたり英語表現事典』に取り上げた「五臓六腑」もその一つです。

五臓は「心臓、肺、腎臓、肝臓、膵臓」、六腑は「胃、小腸、大腸、膀胱、胆嚢、三焦」。このうち「三焦(さんしょう):San Jiao」は、中国文化や中国漢方からきている概念ですが、欧米の概念にも医療にもないもので、私も聞いたことがありませんでした。やはり中国の考え方で書いてあるとおりに説明するしかありませんでした。中学生にはちょっと難しすぎるかもしれません。今でもたまに寝る前に考えたり、悩んだりすることがあります。他の考え方があればどなたかに教えてほしいところです。

日本人もよく知らないしきたりも

日本のしきたりで、日本人でもよく知らないこと、あるいは知っているかもしれないけれど、あまりやらないことがあります。

たとえば、神社にお参りする時に、鳥居の真ん中をくぐったり、参道の真ん中を歩いてはいけない。日本の考え方では、鳥居や参道の真ん中を通るのは神様だけなんですね。外国人はもちろん、日本人でも真ん中を歩いている人はたくさんいますが、それを嫌がる人も多くて、私は神社のお手伝いにいったりした時によく怒られました。

「二礼二拍手一礼」も、神社のお参りのエチケットとして取り上げました。

まず鈴を鳴らして、お辞儀を2回、拍手を2回。これはコンサートの時みたいな拍手ではなく、ゆっくり、しっかりとした拍手をする。そしてお祈りをして、最後に深いお辞儀を1回。この作法を私はけっこううるさく言われましたが、きちんとやっていない人もよく見かけます。教わっていないのか、忘れてしまったのか、意味を真剣に考えていない人なのかわかりませんけれども。もちろん、宗教と地域によって違いがあります。

この説明を外国人にきちんと伝わるように書かなければいけないので、共同執筆者にお願いして、ここは通常のページよりも英文のスペースを多めに取っていただきました。

「通夜」「八百万神」――異文化を翻訳する難しさ

日本の文化やしきたりを、他の言葉で表現するのに悩みは尽きません。

日本にある程度長くいると、お葬式の場面に出合うことがあります。この説明が難しいです。なかでも一番難しいのが「通夜」です。

辞書を引くと、通夜は「wake」と訳されていて、私も見出し語に使いましたが、中身は簡単な説明に留まってしまいました。

日本のお通夜は、お葬式の前に厳粛に行う儀式ですが、英語の「Wake」は、お葬式の後、故人の人生を祝うためのもので、泣いたり寂しい顔をするのではなく、歌ったり踊ったり笑ったりする集まりです。ですから外国人が日本のお通夜に行くと、お葬式の前に行われることにまずびっくりします。やり方も全然違います。こうした背景を踏まえて、もう少し掘り下げられたらよかったと思うところです。

「土用」は、辞書で引くと「midsummer」と出てくるものがあります。しかし、実は土用は、立春、立夏、立秋、立冬の前にそれぞれ 18 日間あるんですね。それで、「年に 4 回あり、よく使われるのは立夏の時」という説明が必要で、しきたりや意味についての解説が減ってしまったのは残念でした。

「神」に関する表現も、自分では納得できていないところです。

日本人がイメージする「神」と、英米の「Gods」「Deities」「Spirits」という概念は必ずしも一致しないんですね。特に日本の「八百万神(やおよろずのかみ)」は、直訳で「Yaoyorozunokami:Eight million gods」としたのですが、外国人には考え方がなかなか伝わりにくいところだと思います。

最後に、このシリーズの表記について。共同執筆者と話し合って、日本語をそのままローマ字表記にしたところは、外国人がうまく発音できるように、長母音には「雑煮:Zōni」のように macron(マクロン:母音の上につける長音記号)を使わせていただきました。また「内祝い:Uchi’iwai」のように二つの母音が続く場合に apostrophe(アポストロフィー)を使ったり、たとえば「いなりずし」は、zushi=sushi という意識がない外国人にもわかりやすいように「Inarizushi, Inari-sushi」としたりしています。

以上で私の話を終わります。たくさんの方々にお聞きいただき、ありがとうございました。

(2021 年 10 月 9 日 第 30 回 JTF 翻訳祭 2021 講演より抄録編集)

◎講演者プロフィール

中道(なかみち)キャサリン

オーストラリアのモナシュ大学でドイツ語、言語学、心理学を専攻し、卒業後、新しい言語を勉強するために来日。25 年以上大阪在住。さらにスキルアップのためイギリス国立シェフィールド大学の日本語学修士学位を取得。2006 年に個人翻訳会社 Catlingual を設立以来、技術、医療、観光、日本文化等、多岐にわたる分野の翻訳をこなす。共著書『日本伝統文化の英語表現事典』『日本のしきたり英語表現事典』他 2 冊(いずれも丸善出版)。

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