ビジネスプランは十人十色~自分らしい翻訳“事業”を考える~(後編)
講演者: 英日・独日翻訳者、Sprachgetriebe Consulting代表 宮原健さん
●翻訳に専念して収入を上げるには
続いて、収入規模を増やすために私がしてきたことをお話ししていきます。
在宅翻訳は、前に少し触れた校正など、多岐にわたる業務に関わる機会があります。それでも翻訳だけに専念したい場合、先ほどの年収目標額を現在の年間取引件数で達成できますか。できない場合はその要因が何なのか考えてみてください。
まず単純に、現在の取引先から日々来る仕事量が少ないのであれば、取引先を増やしてみるのはどうでしょうか。仕事というのは縁もありますから、取引先の契約件数をただ増やしただけで、明日からすぐに量が増えるとは限りませんが、行動しなければ変わりません。明日明後日のために種をまけるのは自分自身です。
取引先からコンスタントに量は来るという方は、サービス単価を上げてみるのはどうでしょうか。すでに契約済みの取引先に料金値上げを相談するのはなかなか気持ちが上がらないことかもしれませんし、それを伝えたことで仕事が途絶えるのではという不安もあるでしょう。毎年交渉するのは難しいかもしれませんが、数年越しに折をみて、これまでの実績、貢献状況をまとめて、上げてもらえるか聞いてみるのも一案です。
結果ダメだった場合には、そこは据置きにし、新しいところをより上の額で開拓することにエネルギーを向けてみましょう。私も普段お付き合いのある取引先とよい関係を続けつつ、新規開拓する際に希望単価を上げていく方法をとっています。
翻訳業務に専念する方向で、年収1000万円を超えたいという方は、たいていここまで話した図6のような方法で達成できるものと思います。あとはコツコツと1時間の訳出量を増やすための工夫を地道に積み重ねていくのが堅実です。
●取引先を広げることを意識する
私はコツコツと取引先を増やし、現在は契約書件数ベースで94社と取引があります。うち10社ほどは国内で、あとはすべて海外です。また、94社のうち直取引が7社、あとはエージェントです。もちろん、94社すべてと毎月、毎年取引があるわけではありません。年間の取引先は、去年は43社、今年は10月初め時点で37社ほどですが、ほかの会社も数カ月や半年に1~2件、1年に1件、または数年に1件というところもあります。これらをスケジュール調整しながらうまくさし込み、十分な量を年間さばいています。
仕事を受けるときに重視する事項は何か、おそらくそのスタンスも検討要因かと思います。たとえば、普段2~3カ月の大型案件を受けることが多い方は、さし込みできそうな少量案件を打診してくれる取引先を見つけるのもアイデアです。
在宅翻訳者は一個人事業主です。私も主に翻訳会社からの案件に頼っているところはありますが、いつも「もし来なくなったどうしよう」と考えて仕事をしています。だからこそ、普段の仕事を通じて、何ができるようになったか、強みは何かを考えて履歴書は2~3カ月に一度は更新しています。
また、苦手分野を克服するためにその分野の勉強をするか、それとも避けるかを考えています。たとえば、医療と特許分野の仕事はもう受けていません。
もう一つ、自分が年を取るように、一緒に仕事をしている担当者も年を取りますし、(そうした相手の)異動や転職もあります。引き継ぎの程度は人それぞれですし、きちんと引き継ぎで私たちのことを紹介してくれたとしても、引き継いだ人が自分に仕事を振ってくれるかはわかりません。だからこそ常日頃、待ちの姿勢はダメだと思い、いろいろと先々を見据えて取り組んでいます。
いや、そんな時間ないから、と思うこともありますよね。そこをぜひ、今日たとえば10分何か工夫すれば昨日の自分より一歩先に進んでいる、その繰り返しを積み重ねて、長期的に変えていくことを考えてみてはいかがでしょうか。
●同業者とチームを組む
ただ、私たちフリーランス・個人事業主が一人でこなす仕事量には、どうしても物理的な限界があります。そこで、自分が仕事をしている間にも売り上げが立つ仕組みづくりを考えたいと思いつくのではと思います。会社にするのではなく、あくまで個人事業という形態ではありますが、同業者と協業するチーム翻訳は可能です。
私の年商の4分の3は自分がこなした翻訳や校正業務からの正味報酬ですが、4分の1はチーム案件の売り上げが占めています。翻訳+校正、翻訳+コンサル(文化調査)やレイアウト作業、最近は字幕翻訳者やナレーター兼翻訳者の方々とも協力して、チームで翻訳やさまざまな関連業務をこなしています。
また、通訳手配も行っています。翻訳業(個人事業)で提供できるサービスは、原文を訳文にする翻訳だけではありません。こうした関連のある業務も含めた一連のサービスをパッケージとして販売することで、対象となるお客さんの範囲も広がり、業務分担によっては自分の翻訳の仕事をとってくることにもつながります。
たとえば、パンフレット関係で、翻訳もレイアウト編集もまとめてやって欲しいとか、パワーポイント資料に動画が埋め込まれているスライドがあり、パワーポイント資料全体のテキスト翻訳に加えてその動画に日本語字幕を付けて欲しいというニーズがあります(図7参照)。
先ほど、通訳手配といいましたが、その関係資料の翻訳も必要になりました。こういう時に「翻訳しかやりません」では先方のニーズには合いませんから、お客さんとしては両方してくれる人を探しに行くことになり、一つの機会損失かと思います。
たしかに、翻訳という仕事から派生するタスクも含めて対応するとなると、仲間とのやりとりや、とりまとめに時間を割く必要がありますから、それを自分がしてみたいと思うかどうかの話だと思います。「いや、そこまでは」という場合は、翻訳案件の件数を増やすほうに熱量を向ければいいのではないでしょうか。
翻訳に加えて、DTPや動画編集などほかのサービスもとりまとめて提供していきたい方は、ぜひ仲間を見つけて協力し、手を広げてみられるといいでしょう。ただし、開業届の際に、関連する業務として通訳もするとか人の派遣もするといったことを書いておく必要があることに注意してください。
●チーム仲間の見つけ方と注意点
では、どうやって仲間を見つけたらよいでしょうか。私の場合は、もともと社内通訳で一緒に仕事をした通訳者・翻訳者の方たちとまず組み始めました。それから、JTF翻訳祭やJAT(日本翻訳者協会)のIJET(英日・日英翻訳国際会議)などの交流イベント、JACI(日本会議通訳者協会)が実施している通訳合宿などを通じて知り合った方、ソーシャルメディアでつながった同業者の方とも一緒に仕事をしています。
一緒に仕事をしたことがあるとか、パフォーマンスを知る機会があった方を除いて、相手の力量も知らずに、と思う方もいるかもしれませんが、そこはソーシャルメディアでの普段のその方の投稿やプロフィールに記載されている情報を見て、この方といつか仕事してみたいなと思って連絡をとりました。
分野によってはあまり参考にならない話で恐縮ですが、チーム翻訳は、たとえば先ほど挙げた字幕やボイスオーバーのほか、ゲーム翻訳、特許翻訳などでも取り入れられることです。特に分量が多い案件が頻繁に入ってくる分野こそ、同業者間協業を取り入れるメリットがあると思います。
注意したいのは、協業が可能な契約をしているかどうかです。フリーランスではほとんどの方が取引先と対個人の契約をしていて、自分が引き受けた仕事を外注してはならないと明記されていることが多いはずです。私も分量やタスク上、複数人で作業を分担したりチーム翻訳をしたりしているのは、外注しても構わないという一文を契約に含めてもらっている場合にのみしています。
また、同業者は自分たちの仕事もありますから、できる限り私がとってきた仕事を引き受けてもらえるようなレートや支払い条件を提示できるようにしています。
たとえば支払い条件は月2回払いで、1日~15日締めは同月25日までに、16日~末日締めは翌10日までに支払うなどです。クライアントはだいたい30~60日払いですが、クライアントと私の間の支払い条件は、仲間からしたら関係ないことなので、私がするべきは自分が遅れないようクライアントに請求するだけです。
こうした形で、チームで対応できる仕事をとっており、新規の問い合わせがあれば、必ずサービス一覧と価格体系をまとめて伝えるようにしています。
●固定給制のリテーナー契約
私はまだできていないので、こういう方法もあるという提起にとどめますが、リテーナー契約(サブスクリプション契約)を増やすのも一方法です。単語数や文字数計算による単価契約ではなく固定給制の月契約にするわけです。
たとえば月20時間の業務で契約し、規定の20時間を超えた場合は割増料金をもらうといった契約の仕方があります。固定給が入るなら、事情があって稼働できない日があっても、ある種の精神安定剤というか保険というか、月の稼ぎとしては安心材料になります。
ただ、月々固定額が支払われるということは、先方はこちらにいつでも対応できることを期待して契約を結ぶのですから、連絡があったときに希望納期の1週間先や2週間先ならと返すのは、そもそもの納期設定に無理がある場合を除いてなかなか難しいのではないかと思います。私はまだ翻訳を月契約に対応できる環境にはないので、今後の課題です。
余談ですが、振り返るとリテーナー契約のチャンスだったんだろうなという引き合いがありました。先方のニーズは、都合のよいときにSkypeなどのオンラインツールでつながってチャット経由で訳語のテキストを返して欲しいというものでした。私からすると、メールなどでテキストファイルをもらって訳して返すほうが請求しやすくてよいなと思っていて、一度ビデオチャットでも対応したものの進め方が折り合わず、結局連絡がなくなりました。当時は単価の歩合計算にこだわりすぎていて、そこは発想を変えて固定額契約を提示すればよかったんだなと今にして思います。みなさんもぜひ先方のニーズを見極めて、こうした契約提案もしてみてはいかがでしょうか。
●仕事の取り方――活動範囲を広げる
翻訳の仕事の取り方は、ソースクライアントの個人・企業から直接、または翻訳会社経由で仕事を得るなどさまざまですが、その機会づくりにはどんな方法があるでしょうか。
人の紹介、翻訳会社への登録、直接企業への売り込み、異業種交流会への参加、商工会議所の活動、居住都市の区・市・県が実施する行事への参加、オンラインでの情報公開(ソーシャルメディア、翻訳者向けポータルサイトの利用)などが考えられると思います。
人の紹介も、知り合いからの声掛けや、つながった同業者からの引き合いなどさまざまですし、どこでどんなきっかけが生まれるかわかりませんから、挨拶がてら知り合いに「翻訳者になったんです」と伝えておくのもいいでしょう。私もようやく最近、前の仕事で翻訳通訳業務でも縁があった方に、とりあえず仕事を変えた旨だけお伝えする意味で連絡をとってみました。ただし、挨拶とはいっても、個人情報の不正使用や前職の競合にあたる行為だとできないので、誰に連絡をとるかといったことには十分注意が必要です。
居住都市の都道府県や市区の行事、または自治体の協力を得て団体等が実施する行事への参加については、たとえば広島では「ひろしま国際交流サミット」というものがあります。名前のとおり、国際交流に関わる活動をしている市内の団体が集まって交流・情報交換をする場ですが、県や市の国際交流部署の方々と知り合う機会にもなります。私もそうしたご縁でお仕事をいただいたことが何度かあります。
●企業への売り込み――展示会、ウェブ利用
直接企業への売り込み方も、メール営業をする、展示会に足を運ぶなど、いろいろです。私も専業になってから時々、名刺を配りに展示会に行き始めました。
ただこういう場での“個人”の営業は、そもそもそういう趣旨の場ではないので、それなりの戦略が必要になってきます。製品を展示する出展企業側は自分たちの製品・サービスを販売しようとしていて、私みたいな訪問はその妨げにもなり得るので、彼らが少しでも耳を傾けてくれるようなニーズの提案を用意しておくとか、彼らの販売につながるサービスを提供できることを示さなければならないと考えます。
2022年9月にも足を運んではみましたが、そうした準備ができてないなぁとよくわかったのが学びでした。それでも少しは企業の方と名刺交換する機会もあったので、長期的にはまったくダメだったとは思いません。
今ご贔屓にしていただいている取引先の中にも、急遽通訳・翻訳が必要になったときに私のことを思い出してもらったことがあり、それもこういう活動があったからで、とりあえず種まきできたことは上出来かなと思います。
また、展示会は、翻訳で関わる製品などを直接目にしたり、使われる表現を確認したりする良い機会にもなります。特に大都市にお住まいで、近くでこうした展示会がある方は時々行ってみると有意義な時間を過ごせるはずです。
正直な話、仕事をとってくることだけに集中するなら、今の時代はオンラインのプレゼンスを高めることに力を入れるところから始めるのが手っ取り早い方法だと思います。たとえばLinkedInや自分のブログ・Webサイトのプロフィールを充実させる、そうしたチャネルで実のある投稿や情報発信をするなどです。
ただ、オンラインで得られるつながりとオフラインで得られるつながりは、出会えるグループが異なると私は思います。だからこそ私は両方試しています。ある程度オンラインで足場を作ることができたら、次はオフラインでまだ会ったことのない縁を作りに行くのも楽しいと思います。オフラインからはじめた人はそのまた逆も然りです。
●仕事の種をまく、先んじて網を張る
経済動向や各種産業の業況、動きを読んで、営業のターゲットを定め、種をまいておくことも、半年先や1年先の仕事獲得につながります。
最近のわかりやすい例では、新型コロナウィルス対策の時限措置関係でしょうか。2020年のパンデミックから3年目を迎えた今、海外でも日本でも企業はさまざまな工夫をこらして操業を続けています。
パンデミック発生直後、かなり苦労のあった自動車産業も、今年は回復基調が見られるところがあるようです。一方で、ロシアによるウクライナ侵攻の影響などで車の製造に必要な部品の不足が今後も長引くのかが気になるところです。人がまた外向きになってきている今、外的要因の解消でよい影響が見込まれそうな業界は、自動車産業以外にもあります。
たとえば観光産業が明らかな例です。2022年10月11日から日本への入国ビザの条件緩和も始まります。9月の展示会でも外国から出展でこられた訪問者が多くみられました。
私は2020年初め頃に、パンデミックの状況から製造関係の翻訳案件が減るだろうと予測して、ITソフトウェアや関連マーケティング系の仕事を増やし、年収の大幅減少を回避することができました。
興味のある分野であれば、盛り上がってから種まきを始めるのではなく、今から仕事が増えそうだなというところにあらかじめアプローチしておくとよいと思います。
●持ち味を生かして事業範囲を広げる
みなさんは今、自分のしたい翻訳業を展開できていますか。私自身は少しずつ自分のしたい方向を実現できているかなと思っています。今日話を聞いてくださっている同業者のみなさんも、できているという方もいれば、まだ模索中という方や、もっと手を広げてみたいと考えている方もいると思います。
先ほどの同業者とのチーム翻訳やDTPなど翻訳の仕事の関連タスクではなく、異業種の仕事と結びつけて翻訳の仕事をとってくるのも面白い試みだと思います。私の前職経験を交えて少し具体例を挙げると、たとえばこんな組み合わせがあります。
- 翻訳+公証取得サービス(教育機関、留学生)
- 翻訳+行政書士(士業)との協業(ビザ書類の相談、会計書類など)
- 翻訳+商品買い付け、日本国内での販売までのプロデュース
- 翻訳+国内旅行業務取扱管理者資格所有者とのタイアップによる国内旅行の企画提案
- 翻訳+異文化学習プログラムの提案
行政書士の資格があって語学もできて、ご自身がプラスαのサービスとして翻訳まで対応しているという方もおられますが、資格がなければ、行政書士の方と組む方法がありますよね。すべての行政書士の方が語学ができるわけではありませんから、お互い良い縁になるかもしれません。
公正証書取得サービスは、個人や法人の委託を受けて必要書類の原文と訳文、それが正しく翻訳されたものであるという宣誓書を準備して公正証書役場に持参し、認証を受けます。割とニーズのある仕事だと思います。書類の翻訳だけでなく、取得手続きまでサービスとして提供するかどうかです。
商品の買い付けや販売プロデュースは、そういう商業活動をしたいけど外国語はできないという方をサポートする形で翻訳の仕事をとってくることもできます。
このように、翻訳を介して何を実現できるか、フリーランスや個人事業主でも可能性はたくさんあります。多くの方はこれまでのご自身の経験や知識を翻訳に生かすことはしていらっしゃると思います。まだ、という方も含めて、翻訳に直接生かすだけでなく、これまでの経験で関わった事業を組み合わせて翻訳の仕事をとってくる活動を取り入れてみてはいかがでしょうか。
本日は、軌道に乗せるまでが大変なことも交えてお話しました。すぐには結果が得られないかもしれませんが、今日積み重ねたことは確実に明日の自分の糧になっています。
私たち翻訳者に共通するのは、方法や要領、かけた時間の程度こそ違いはあっても、外国語習得に膨大な努力と労力を費やした人ばかりということです。毎日コツコツと積み上げることはすでに経験済みですから、あとはアイデアを試してみるだけです。ぜひ、ご自身の持ち味を取り入れた、自分らしい翻訳業を実現してみましょう。自分自身の毎日の仕事や、業界を明るくするのは他の誰でもありません。私たち自身です。
よろしければ、みなさんと各種ソーシャルメディアでつながりましょう。Webサイトからメールを介した直接のご連絡もお待ちしています。本日はご清聴ありがとうございました。
(2022年10月7日 第31回 JTF 翻訳祭2022 講演より抄録編集)
◎講演者プロフィール
宮原 健(みやはら たけし)
個人翻訳者(英日・独日)。広島経済大学経済学部経営学科(会計専攻)卒。Sony EMCSや三菱重工業など複数の企業で社内通翻訳者の経験を積む。そして母校で留学生アドバイザーとしての専門知識を培った後、2019年に独立。前々職で同僚だった通翻訳者や同業者交流イベント等で知り合った通翻訳者とチームを組み、世界中のエージェンシーや直顧客に英独⇄日の翻訳サービスを提供している。主な受注分野:契約書、太陽光発電、精密機器取扱説明書/製造/品質管理・保証/広告、観光案内(ドイツ)。その他得意分野:経営・マーケティング、国際会計、入管手続き。2019年からJAT理事。現JAT理事長(2021-2023)。
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