「私の翻訳者デビュー」遠田和子さん編
第3回:納得の翻訳に見合う原文ベースになり、講師としても踏み出す
日英翻訳者としてさまざまなジャンルの実務・出版翻訳を手がけ、翻訳学校講師、企業研修講師、英語学習書の執筆等でも活躍されている遠田和子さんの「私の翻訳者デビュー」を、松本佳月さんが主宰するYou Tube「Kazuki Channel」からインタビュー記事にまとめて、5回連載で紹介します。今回は、訳文カウントと原文カウントのこと、講師を始めたきっかけ、翻訳者が勉強を続けることの大切さなどをめぐって話が広がります。
(インタビュアー:松本佳月さん・齊藤貴昭さん)
訳文カウントと原文カウント
松本:アメリカでフリーランスの翻訳者として仕事していたときは、ずっと一つの翻訳会社と仕事をしていたんですか。いくつも登録していたわけではなくて?
遠田:その当時はそうですね。最初に東芝に派遣された会社を含めて2社に登録してましたが、ほとんど1社との取引でした。
松本:ちなみに、そこに登録されていた間、翻訳レートは上がりましたか。
遠田:少しだけ上がったかな。
松本:今と比べると、昔のほうがだいぶレートがよかったですよね。そうでもなかったですか。
遠田:私は今のほうがいいです。なぜかというと、原文カウントになったので。
齊藤:ああ、なるほど。
松本:訳文ベースから、原文ベースで算定されるようになったんですね。
遠田:訳文ワードカウントと原文カウントでは全然違います。私は原文カウントになったときが本当に嬉しかったです。
松本:英訳者としては特に大きいですよね。言葉を最後の校正のときに削っていくじゃないですか。それで訳文ベースだと悲しくなっちゃうんですよね。モチベーションが下がります。
遠田:そうそう。私はけっこう長いこと、仕上がり訳文のワードカウントだったんです。
仕上げる際、自分で校正をかけて、多い時には1割くらい言葉を削るんです。これって自ら身を切って、入るお金を10%少なくしているのと同じですけど、いくらもらうお金が減るとわかっていても、やらないと気持ち悪いし、プライドもあってやらずにはいられないです。
自分としては納得して、ベストだと思える簡潔で明快な訳文を出したいから、長いこと我慢して、身を切るしかないという感じでやっていました。ですから世の中が原文カウントになってきて、嬉しいなと思いました。
松本:翻訳会社のほうから、これからは原文カウントでやりますと言ってくれたんですか。
遠田:はい。
松本:なるほど。今も私は1社だけ訳文ベースの会社があって、半年くらい前から原文カウントにしていただけませんかとお願いしていて、検討中ですという状態がずっと続いています。そこはメインが特許なんです。特許翻訳は、いまだに訳文ベースのところが多いじゃないですか。
遠田:そうですか。
松本:そうみたいです。だから技術系だけ原文ベースというのは難しいのかなと思って半ば諦めています。そんなにたくさん仕事をいただいていない翻訳会社なので、今のところものすごくストレスというわけではないんですけど、もしそこの仕事量が増えてきた場合はちょっと考えなきゃいけないなとは思っています。
原文ベースは三方よし
遠田:テリーさんに伺いたいんですけど、コーディネータとしては、原文ベースのほうが見積もりをきっちり出せますよね。
齊藤:そうなんですよ。翻訳会社側から見ても、原文ベースのほうが絶対いいんです。
訳文ベースでやっていた頃の話をすると、訳文で見積もろうとすると、まず原文の文字数をカウントして、それから英文に翻訳するとどれくらいのワード数になるかを比率計算します。原文の難易度や分野を見て、この場合はこれくらいの係数をかけましょうという形で見積もるんです。
翻訳に必要になる日数もそれをベースに見積もるわけですが、結局、原文の質と翻訳者の質によって、その見積もりが結果的にずいぶん違ってくることが少なくない。お客さんから見ると、「見積もりがこの金額なのに、なぜ請求金額がこうなっちゃうの」となる。ものすごく不信感を持たれるわけです。また、不信感を持たれないために大きなマージンを載せて見積もりを出すわけですが、そうすると、「なんでこんなに高いんだ」という話になるわけですよ。
ここにジレンマがあって、なんとかならないかなと思っているところに、業界的にもやっぱり原文ベースにするべきだという話になってきて、翻訳者さんからもそうするべきだという意見をもらっていたので、私のいた翻訳会社では原文ベースにしたんです。すると当たり前ですけど、見積もり金額と請求書の金額がぴったり合うわけです。
松本:そうですね。
齊藤:そしてさっきの遠田さんみたいな、校正をかけて言葉をどんどんコンパクトにして、意味をぐっと凝縮していくような翻訳者さんからすると、原文ベースなので心おきなくやっていただける。お金(報酬)が削られることはないわけですからね。だから翻訳者さんにとっても嬉しい、翻訳会社にとっても嬉しい、お客さんにとっても見積もり通りの請求をされるので嬉しい。三方よしなんです。
松本:みんな幸せなんですよね。
齊藤:だから絶対に原文ベースにするべきだと思うんですよ。この間、ちょっとツイートしましたが、訳文ベースにこだわっている翻訳会社は単なる業務怠慢だと思います。
松本:原文書類がPDFだったりして、カウントするのが大変だったりする案件もあるでしょう。
齊藤:イメージPDFで80枚、100枚以上あるものは、カウントが難しいので諦めます。そうでない限りはOCRで整えて原文ベースでカウントしています。ですから遠田さんの考え方に、僕は大いに同意します。
松本:私は遠田先生の講座を取り始めて2年か3年になるんですけど、訳文の量が3分の2くらいになりました。どんどん削っていって最後の訳文を磨き上げていく過程が一番楽しいのに、訳文ベースだとそこがストレスになる。悲しいなあと思いながら削っていかなきゃいけないから。ですから世の中の翻訳会社さんは、できれば原文ベースにしていただきたいですね。
遠田:そうですね。なぜ訳文ワードベースだったのか理解できません。
松本:特許翻訳はなぜ訳文ベースなんですか。
齊藤:事務所の影響でしょうね。力の関係だと思いますよ。昔のやり方をずっと踏襲していっているだけだと思います。今回、JTFが業界調査(2022年度翻訳通訳白書)をしましたけど、前回(2020年度)の調査結果を見ると、一般的な翻訳の場合、7~8割はもう原文ベースなのかな。ただ特許だけは、まだ半分なんですよ。
松本:半分?
齊藤:はい。今回の調査でどういう結果が出るかまだわかりませんけど、時代は間違いなく原文ベースのほうに動いていますね。
松本:そうですよね。
遠田:よかったです。
英語講師の仕事もスタート
松本:遠田先生はご主人の転勤でカリフォルニアに行かれて、何年いらっしゃったんですか。
遠田:1年半くらいです。
松本:戻っていらして、そこからどうやって教える仕事を始めたんですか。
遠田:戻ってきて、何か新しいことを始めたかったんですよ。
松本:それまでずっと翻訳者として在宅で仕事されていて……
遠田:いつも日本語から英語への変換に格闘する日々を送っている中で、「あ、日英の言語的な違いってこれだ」とか気づきがいっぱいあって、自分の中にある程度の知識と経験が詰まってきたと感じる瞬間があったんです。そしてある時、すごく若い女性が英語の講師になっている新聞広告を見て、長年蓄えた知識で私も講師になれるんじゃないかと思ったのがきっかけで、サン・フレアアカデミーで英訳を教えるようになりました。
松本:サン・フレアが募集していたんですね。
遠田:はい。翻訳講座そのものが始まったばかりの頃で、本当に揺籃期のときに雇ってもらったということですね。
松本:当時からサン・フレアさんは日英のクラスがあったんですね。
日本人の英語・日本語の翻訳者は和訳の方が多いじゃないですか。ネイティブ言語が日本語なので、私たちみたいな英訳者はなかなかいなくて、日英の講座も圧倒的に少ないですよね。その当時から日英のクラスがあったのは珍しいですね。
遠田:言われてみればそうですね。
松本:そこでずっと継続して講座を持っていらっしゃったんですね。
遠田:そうです。テキストもなかったので、ずいぶんテキストも書かせてもらいました。
松本:今のサンフレアさんの「英訳の基本I、II」のテキストは遠田先生がお書きになったんですよね。
遠田:その前にあったコンピュータ講座のテキストも書きました。今はもうその講座はありませんけど。
松本:じゃあ、「英訳の基本」の前に、コンピュータ講座のクラスがあったんですね。
遠田:はい。
常に勉強を続けて
松本:私は昔、社内翻訳者をやっていた時代に、翻訳者同士の横のつながりも全然なかったし、当時SNSもなかったし、遠田先生のことは知りませんでした。縁があってテリーさんと知り合ったんですが、一度リーマンショックの時に仕事がなくなって、別の仕事に転職したんです。それで翻訳の仕事を6年間していなかった時期があって、翻訳者として戻ってくるときに、登録していたところはみんな切れてしまっていたので、もう一回トライアルを受け直さなければなりませんでした。
でも全然受からなくて、たまたまテリーさんと話をする機会があったときに「トライアルに全然受からないんですよね」と相談したら、「リハビリしたほうがいいよ」って言ってくださって。それで翻訳フォーラムや翻訳祭のイベントなどいろいろ教えてもらって参加し、短期のいろいろな講座にも出てみたんですけど、やっぱりトライアルに受からない。そういうやりとりをテリーさんとメールでしたら、「佳月さんの翻訳は世間では通用しないんだよ」ってはっきり言われたんです。
すごいショックで、地の果てに落ちたみたいな感じで、「私、英訳者としてダメなんだ。じゃあ和訳の勉強を一からやろうかな」と思ったんです。ちょっと話がそれますけど、その時にたまたま翻訳フォーラムで帽子屋さんが、辞書講座だったと思いますけど、「翻訳学校、悪くないよ」という話をされていたんです。それで、「今まで行ったことないけど行ってみようかな」と思って、とりあえず和訳のコースを取ってみました。技術の講座だったかな、半年行って、いかに自分が和訳に向いてないかということを思い知りました。
遠田:何が嫌だったんですか。
松本:英訳は楽しいけど、和訳が楽しくなかったんです。なぜか理由はわからないんですけど、やっていて全然楽しくなくて、「じゃあ、世間で通用する英語を書けるようになってやろうじゃないか」と力が湧いてきたとき、もう一回テリーさんに話をしたら「英訳をやるんだったら、遠田先生の英訳がいいんじゃないの」と言われて、そのとき初めて遠田先生のお名前を聞きました。これもたまたまなんですけど、その年の翻訳祭で遠田先生が登壇されて、英訳の話をされたときに見に行って、「これだ!」と思ったんです。
もう雷に打たれたような感じでした。「この先生の英訳をやりたい」「授業を受けたい」と思ったのが出会いです。そこから翻訳学校に入って日英の勉強をして、自分の書く英文が変わってきて今に至ります。先生がよくおっしゃる省エネ英語にも常に気をつけながら。
遠田:佳月さんはずっと勉強を続けていて素晴らしいですよね。
松本:いえ、私はいまだに自分が書く英文に自信がないんです。だから勉強するしかないじゃないですか。勉強すると、ダメだなと思う反面、時々先生が「この英文いいね」とか「こういう考え方すごくいいね」とかほめてくださったりするとすごく嬉しくなっちゃって、自分が書いている英文がいいんだと確認できる。だから私はずっと勉強していくんだろうなと思います。たぶん精神安定剤みたいな感じです。
遠田:私も自分の英語に満足しているわけでは全然ないし、自分が人様に教えていいのかとたまに思う時もあるし、ずっと勉強を続けていかないといけないなといつも思っています。仕事そのものが勉強の機会を与えてくれるのは、翻訳者の特権でもありますよね。
松本:遠田先生はすごく英語の知識があって、それを惜しみなく私たちに与えてくれるんですけど、それを上から教えてくれるんじゃなくて、一緒に勉強しましょうみたいな雰囲気じゃないですか。
遠田:そうですか?
松本:わからないことがあったら、「じゃあ一緒に辞書を調べてみましょうか」と言って、その場で、みんなで画面をシェアして、調べる様子も私たちは見られるので、こうやって調べればいいんだってこともすごくよくわかるんです。今は何でもオンラインで受けられるので、すごく勉強になっています。
遠田:わあ、嬉しいなあ。
松本:インタラクティブなのがすごく楽しくて。だから英訳を目指している方にはどんどんお勧めしたいです。私は遠田先生、遠田先生って、すごく宣伝しちゃってます。
遠田:クラスに来て「松本佳月さんに推薦されました」という人が増えているんですよ。
松本:私も嬉しいです。みんなにぜひぜひ受けてもらって、もっと日本人の英訳者が増えるといいなと思っているし、今すでにプロとして活躍されている人もおそらく勉強が必要だとみんなが思っていると思います。特にネイティブじゃないのに英訳をやっていることを考えると。だからやっぱり、一緒に勉強していきましょうというのがとっても楽しいです。
遠田:ありがとうございます。私も力をもらいました。
(つづく)
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◎プロフィール 遠田和子(えんだ・かずこ) 日英翻訳者、ライター 青山学院大学文学部英米文学科卒業。在学中、文部省派遣留学生としてカリフォルニア州パシフィック大学に留学。電機機器メーカーに入社し翻訳業務に従事した後、フリーランス日英翻訳者として独立。カリフォルニア州フットヒル・カレッジに留学、スピーチ・コミュニケーション課程修了。現在は、実務分野での日英翻訳の傍ら、翻訳学校講師、企業研修講師(技術英語プレゼン指導)を務め、講演活動にも取り組む。著書に『日英翻訳のプロが使うラクラク!省エネ英単語』『英語「なるほど!」ライティング』『究極の英語ライティング』『英語でロジカル・シンキング』『フローチャートでわかる英語の冠詞』ほか。英訳書『ルドルフとイッパイアッテナRudolf and Ippai Attena』『Love from the depths―The story of Tomihiro Hoshino』『Traditional Cuisine of the Ryukyu Islands: A History of Health and Healing』(以上共訳)など。趣味は読書・映画鑑賞・バレエ・旅行。 ◎インタビュアープロフィール 松本佳月(まつもと・かづき) 日英翻訳者/JTF ジャーナル編集委員 インハウス英訳者として大手メーカー数社にて13 年勤務した後、現在まで約20 年間、フリーランスで日英翻訳を手がける。主に工業、IR、SDGs、その他ビジネス文書を英訳。著書に『好きな英語を追求していたら、日本人の私が日→英専門の翻訳者になっていた』(Kindle 版、2021 年)『翻訳者・松本佳月の「自分をゴキゲンにする」方法: パワフルに生きるためのヒント』(Kindle 版、2022 年)。 齊藤貴昭(さいとう・たかあき)Terry Saito 実務翻訳者 電子機器メーカーで5 年間のアメリカ赴任を経験後、社内通訳翻訳に5 年間従事。その後、翻訳会社にて翻訳事業運営をする傍ら、翻訳コーディネータ、翻訳チェッカー、翻訳者を10 年経験。現在は、翻訳者としても活動。過去の翻訳祭では、製造業でつちかった品質保証の考え方を導入した「翻訳チェック」の講演など多数登壇。 |